6月24日(月) 反省文

「くそ……何でこんなことに……」


 放課後、生徒指導室。

 椅子に座らされた俺はシャーペンを握りしめ、目の前に広げられた四百字詰め原稿用紙に文字を書き綴っていた。


 タイトルは『反省文』。小学校で習った原稿用紙の書き方に従い、次の行には自分のクラスと氏名を記載し、三行目からはその内容へと入っていく。


「仕方ないですよ。喧嘩をしたそらくんが悪いです」


 そう語るのは、目の前で俺が逃げないように監視をしている担任の三枝先生。

 だがしかし、俺はその学校にバレた理由というものに納得がいかないのであった。


「だいたい誰だよ……動画に撮ってネットに拡散しやがったアホは……!」


 金曜日に俺が起こした大立ち回りを酔狂な誰かさんが盗撮していたようで、それが喧嘩動画としてネットにアップロードされ拡散。

 土日という期間を経て教師の目にまで止まるようになり、こうして指導を受けているというわけだ。


「最初見た時は驚きましたよ。ゆうく――二葉先生が見つけてくれたのですが、本当にそらくんかどうか疑いました」


 同じことを今朝、翔真にも言われた。

 確かに乱暴キャラではない俺であるが、そんなに意外な行動だっただろうか……?


 やられたらやり返す。当たり前の精神だと思うが。


「…………取り敢えず、二葉先生のことを『ゆうくん』って呼んでも別にいいですよ。二人が同棲していることは知っているわけですし」


 いちいち言い直されるのが煩わしかった。故にそう言えば、先生は僅かに頬を染める。


「は、恥ずかしいですから……。生徒に自分のプライベートを見せるって」


「それこそ今更でしょう。そもそも二葉先生のことなんて俺とかなたにしか通じないんですし、そんな俺らは二人が『ゆうくん、ゆうちゃん』で呼びあってる仲だと理解してるわけですし、取り繕うだけ無駄ですよ」


「そうですか……? なら――って、違います。今は私の話なんてどうでもよくて、そらくんのことですよ」


 …………ちっ、バレたか。

 まぁでも、普段の温厚な先生からは見られないような慌てっぷりなどを目の当たりにできて面白かった。当分はネタとして使っていけるかもしれない。


 などと、碌でもないことを考えていれば、話はこの度の事件へと舞い戻る。


「それより、ゆうくんから指摘されて驚いたのですが、骨を折ろうとしてた――というのは本当なのですか?」


 さすがは、保健の教育実習をしていた人だ。

 あの画質もアングルも悪い動画から、よく分かったな。


 …………というよりも。


「知らないんですか、相手の容態? 向こうの学校にも事実確認はしたんですよね?」


「えぇ、しましたよ。事実確認のみ。けれどそれだけで、相手の方も警察沙汰にするつもりはなかったそうですから、こうして内々に処罰しているのです」


 ……なるほど。何にせよ、こっちにとってもそれはありがたい。

 が、それはそれとして解せない点がもう一つ。


「俺の言うことじゃないとは思うんですけど、その処罰が反省文を書くだけ……って、ちょっと軽くないですか?」


 正直な話、俺としてもバレたら停学くらいの覚悟していたのだ。

 なのに、蓋を開けてみれば厳重注意と反省文の提出のみなのだから、大丈夫なのかと逆にこっちが心配していまう。


「それはですね……私が頑張りました♪」


「……………………は?」


 頑張ったって何?

 この先生、そんなすごい権力持ってたっけ?


「中学から虐められたってことは知っていましたし、この前の文化祭でも一方的にやられていましたので、今回のことは正当防衛だと私が主張しておいたのです」


「あー……なるほど、そういう…………」


 確かに、正当防衛かそうでないかで色々と話は変わってきそうだ。


「それにですね、クラスの皆さんも証人として名乗り出てくれましたよ。畔上くんはもちろんのこと、あの現場にいた他の子たちも」


「……………………そう、ですか」


「だから、感謝してくださいね……? 私とみんなに」


 確約はできない。その意図や理由が分からないから。

 でも、俺の処罰が軽くなった理由の一端であるのかもしれない――と認められるだけの許容は俺にもあった。


 だから――。


「ありがとうございます、先生」


 一番お礼が言いやすく、そして功労者でもある人に頭を下げておく。


「はい。それを皆にも言ってあげられると先生は嬉しいです」


「…………………………………………」


「先生は嬉しいです」


「…………ノーコメントで」


 いつもの笑み、かかる圧に俺は目を逸らした。

 刺さる視線が痛い……。


「そ、そろそろこれを書き終えないとなー。先生もずっと残り続けるのは大変でしょうし」


 早く帰りたかった。自由になりたかった。

 そのために、他人を理由に目の前のプリントに従事しようとすれば、しかし報いはくる。


「私は構いませんよ? そらくんと話すのは歓迎です。いつまでもここに居ていいと思えるくらいには」


 くそ……やっぱりこの先生、手強い。

 けれど、こちらにも最近手に入れた強力な手札があることをお忘れなきよう。


「いやぁー、美人な先生にそんなこと言われるなんて男冥利に尽きますね! ……けど、そんなこと言って、ゆうくん先生はいいんですか?」


 これ以上ないと思われる煽りと返し。

 おまけに、告げ口という下劣な手にまで出た俺の返答に先生はどうするのか。


「……………………そらくん」


「何ですか?」


 負けてばかりの俺ではない。

 どんな手でも返して、目に物を見せてやる。


 ――そう思っていた。


「セクハラですよ、それ」


 だけども、その手は強すぎた。

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