6月17日(月) 対峙する生徒指導室

 週の明けた月曜日から早々に、俺たちは三枝先生の指示で生徒指導室に呼び出されていた。


 ここを訪れるのは実に約二ヶ月ぶり。

 四月の下旬に一度呼ばれたため、今年度で二回目となっている。


 そんな教室に常備された、古びた椅子に腰かけて待っているとドア一つで繋がっている隣の特別教員室から先生が現れた。

 優雅に対面へと腰を下ろすと、いつも通りの頬笑みを浮かべて軽く小首を傾げる。


「――さて……なぜ呼び出されたのか、お二人は分かりますか?」


 開口一番に聞かれたのはそんなこと。

 とはいえ、心当たりなんて一つしか思い浮かばなかった。


「土曜日にサボったこと……ですか?」

「それ以外、ない気が……」


 二人して行き着く結論は同じであり、結果、一致した解答を先生に投げかけみる。


 てっきり頷かれて、そのまま説教でも始まるのだろう――と覚悟していれば、しかし待っていたのは曖昧に浮かべられた苦笑であった。


「えぇ……まぁ、そういう名目で呼び出したのですが、私が話したい用件としては違います」


『……………………?』


 ならば、どんな話というのか?

 皆目見当もつかず、今度はこちらが首を傾けるようになれば、焦らすことなくすぐにその用件を語り始める。


「…………文化祭でのことです。私も話は聞いていましたけど、なかなかクラスの皆と上手くいってないみたいですね」


 そして、零れるのは落胆のため息。

 その話か……という思いで、俺もかなたもいっぱいだ。


「…………それで、先生は私たちに何を伝えたいんですか?」


 返すかなたの言葉には棘があった。

 まぁ、元々かなたは先生のことを若干嫌っている節があったし、今回の無遠慮な突っ込みとも相まっているのだろう。


 ……てか、ストレス解消が必要なのはコイツだったんじゃねーの?


「えっ……と…………」


 ほら、先生も困ってんじゃん。

 と、そう思っていたのだけど……。


「何か勘違いをしているようですけど、違いますよ? 特に咎めるつもりも、諭すつもりもありません。貴方たちが入学する以前から、その話は知っていましたし」


「マジかよ…………」

「入学前から……?」


 学校の先生はその生徒の生活状況や長所短所を書き綴って、その子の受験する学校へ送らなければならないという話を聞いたことがあるけど……そんなことまで書いたのか?

 対外の目を気にして、ひた隠しにしてきたあの学校が……?


 とてもじゃないが、考えられない。


 困惑する俺らをよそに、先生はマイペースにも話を続ける。


「それにそもそも、この話を挙げたのは前振りです。本題は今から、二人に会わせたい人がいるんですよ」


『…………は?』


 いや、もう意味が分からない……。

 どう繋がれば人に会わせることになるんだよ。それも、先生の知り合いと。


 いよいよ理解が追いつかず、もうなるようになれと身を投げ出す俺とかなた。

 一方で一度、特別教員室へと戻った先生はその会わせたい人とやらを連れて再び戻ってきた。どうやら、向こうで待機させていたらしい。


「やぁ、二人とも息災なようで何よりだ」


 そうして現れたのは、眼鏡を携えた若い男性。

 それは意外にも、俺たちの見知った人で――。


『二葉……先生……?』


 暗黒期だった中学時代に俺たちの仲を取り持ってくれた、恩師とも呼ぶべきその人だった。


「あぁ、その通り。『二つの葉は優れている』と書いて二葉ふたばすぐる、久しぶりだね」


 懐かしい……なんてものではない。

 かれこれ二年ぶりだろうか? 当時は教育実習生として短い期間を勤務していただけなので、こうして会えるとは思ってもいなかった。


「…………でも、何で先生がここに?」


 驚愕から立ち直るのが俺よりも早かったかなたは、冷静にそう問う。


「僕とゆうちゃん――あー、三枝先生とは従姉弟どうしでね。昔は僕が彼女に、今は彼女が僕に、君たちの様子を話していたんだよ」


「あー……だから、先生は俺らの過去を知ってたんですか」


「そういうことになりますね」


 謎が一つ解けた。

 しかし、知ってしまえば思いのほか単純な話であり、また、世界は狭いなと感じる。まさか関わりの深い先生たちが親戚だったなんて。


 …………それと、かなたよ。

 一人だけ変なことで納得するな。何だよ、「三枝さえぐさはるか先生だから『ゆうちゃん』か……」って。全然関係ないだろ。


「それで、君たちのこの前の騒動の話を聞いてね。少し心配だから、無理を言って時間をとってもらったのさ」


「心配って……大丈夫ですよ。あの頃とは違って、俺も成長しましたから」


「うん、でもその成長が心配っていうか……。ゆうちゃんの話だと、何だか僕の影響を多分に受けてるって聞いてね……」


 そう苦笑を浮かべた二葉先生は、申し訳なさそうに頭を搔く。


「私はゆうくんの面影を感じられて良いですし、好きですけどね」

「……私は嫌い。別に今のそらでも良いけど、二葉先生の似ているのは嫌…………」


 まさに賛否両論。

 てか、相変わらず二葉先生のこともかなたは苦手なようだな。そのくせ恩師だとも認めているのだから、彼女の気持ちが分からない。


「僕もあまりオススメはしないから、こうして来たわけだけど……うん、蔵敷くんが思ったよりも捻くれなくて良かった。自分で言うのもなんだけど、僕はあまりまともな人間じゃないからね」


「そうですか? 私は歓迎ですよ」

「私は今のままで良い。……今のままが良い」


 駄々を捏ねるように幼馴染は俺のお腹に抱きつき、話は平行線の一途を辿る。

 その頭を撫で、この高校生活で見つけた自分の考えを俺は打ち明けた。


「大丈夫ですよ。確かに当時は憧れて真似してましたけど、もう止めましたから。ベースにはなっているので似た感じにはなると思いますが、俺は俺の考えで、自分の理想とする成長をしていきます」


「そうか…………君がそう決めたのならそれでいいと思う」


 肯定してくれる恩師。


 憧れは所詮、憧れでしかない。

 初めは眩しく、美しく、目指すべき到達点に見えても、なろうと足掻いて努力すれば、段々と理想とのズレが見えてくる。


 だから下地にこそすれ、型にしてはいけない。


 それを親友との出会いで学べたのだ。

 だから、培ってきた関係を今更壊したくはないと思える。


「文化祭の件も大丈夫です。時期が来れば何とかします。…………昔と違って、もう一人ではないので」


「…………ん、私も頑張る」


 俺がそう答えれば、未だに張り付いたままのかなたも頷いてくれた。

 二人なら、強くなった俺たちなら、きっと違う未来に変えられるはず。


「健闘を祈ってますよ」

「私も、担任として精一杯お手伝いしますから」


 こうして、予想外の再会は幕を閉じる。

 とは言っても、積もる話はあるわけで……この後もまだまだ時間の許す限り、対話は続いた。


 その際に、他称『ゆうくん』と『ゆうちゃん』同棲している――という旨の情報が出てきたわけなのだけど…………それはまた別のお話にしよう。

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