6月7日(金) 文化祭一日目
祭りも本番。その一日目。
とはいえ、今日は平日ということもあり一般公開ではなく生徒のためだけの催しとなっている。
そのためにこうして講堂へと集まった俺たち全校生徒は、座席に腰掛け、その始まりを待っていた。
席順は出席番号の通りで、左から菊池さん、かなた、俺、翔真。
本当なら菊池さんと場所を換わってあげたいところなのだけれど、申し訳ない。それをするとウチの担任が怒るのだ。
ともすれば、暗転。
幕が上がり、照明が点灯したかと思えば、チアリーディング部が姿を見せた。
彼女らの出し物――アクロバティックな演目である。
挨拶前の前哨戦のようなものであり、派手で目を引く打って付けの入り。
しかし、男としてはどこに目を向ければいいのか少々困ってしまう。
スカートの下にアンダースコートを履いていることは理解しているし、それ故に自由に技を決めることができるのだろうけど、それでもヒラヒラと揺れる布地に目を奪われる。
かといって目を逸らすのは不自然だし、ガン見は失礼にあたるだろうし……難しい。
そして、それが終わると生徒会長からの文化祭開始の挨拶。
続いて、その他の部活が贈る出し物が始まった。
「――ってそういえば、
現在は書道部によるパフォーマンスの最中。
今年の文化祭のテーマを巨大な紙の上に、大きな筆を持った一人と通常の筆を持った数人が書いている。
そんな中でふと、自身が所属する部のことを思い出しての発言だった。
「あー、なんか一・二年生が主体となって準備してたな。試合があったし、俺も詳しいことは知らないけど」
「ぶ、部内戦でトーナメントに上がれなかった人たちが……その、あ、集まって計画してた……みたい。大会が文化祭の準備期間と重なるから、って」
翔真、そして菊池さんのもたらしてくれる情報に、俺は「なるほど」と頷く。
それは実にありがたい申し出だ。忙しかったことはもちろんだが、出なくていいというその一点がとにかく助かる。
「…………嬉しそうな顔。まぁ、そらにはウチのクラスの方を頑張ってもらうし、いいけど……」
安堵のため息を吐いていると、隣の幼馴染からそんな声が掛かった。
「そうだな、俺の代わりとしてどうか頑張ってくれ」
「が、頑張って……! 私も裏から見てる」
乗っかるようにして届く二人の言葉。
だがしかし、労いの効用などは露もなく、鬱々とした気分で満たされる。
「あぁー……明日、嫌だなぁ……」
楽しいはずの行事なのに、そうでないのは何故だろう。
♦ ♦ ♦
午前中はその他に、毎年表彰されるほど強豪な吹奏楽部やダンス部の出し物を
そうしてお昼を挟めば、午後からは明日のための準備というわけだ。
それぞれの展示会場となる教室へ展示物を運び込んだり、屋台を立てて器材を用意したり、大忙し。
しかし、それも下校時間を迎える頃には終了。
学校に居残っての夜の作業――なんてものを許してくれるはずもなく、全員が強制的に帰される。
現在はその帰り道だ。
「今日の練習、調子良かったね。……慣れた?」
例に漏れず、ウチも教室で通しの練習を何度もしていたのだけれど、そんなかなたの言葉に俺は肩を竦めた。
「どうだろうな……。ステージに上がれば、それこそ緊張して駄目になるかもしれない」
上がるだけに、あがって駄目になる――ってな。
「…………いいよ、そんなこと言って無理しなくても。そらは本当なら、人前で何かをするようなキャラじゃないって分かってるし」
「……それはお前もだけどな」
ホント、「そんな冗談が言えるなら大丈夫だね」なんて言ってくれればいいものを……。
敢えて強気になってるのって、バレると案外恥ずかしいんだぞ?
「それに、無理はせにゃならん。もう明日だ。引き返せない。弱気になってる暇なんてない」
あとは、やるべき事をやるしかないのだから。
グチグチ言っても、ウダウダ考えても、時は流れて訪れる。
「……じゃあ、気を取り直して明日の話をしよう」
「明日?」
「そ、明日。劇は午後からだし、午前中は一緒に回ろ?」
ふむ……まぁ、元からそのつもりではあったのだが……。
意外や意外、こうして改めて誘ってくるとは。
「おっけー。何か色々食って、色々見て回るか」
「そうしよー」
やる気満々に拳を突き出すかなた。それを横目に歩く俺。
沈む夕日が背中から照らし、伸びる影は俺たちの先に立っている。
このまま世界が流転し、日がまた昇ればいよいよだ。
その日が何事もなく無事に進み、平穏に事が済むことを俺は今から願っておくとしよう。
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