5月4日(土) 近況報告 by 翔真
「暇だね……」
「あぁ、暇だ」
ゴールデンウィークも後半戦。
本格的にやることのなくなった俺たちは、二人してだらけていた。
付けっぱなしにしているテレビは、未だに新年号と天皇即位の話題で持ちきりであり、
一人ならば自室で部屋にこもってゲームなりをするのだけど、こうして連れがいて、お泊まりをしている状況ともなれば放っておくわけにはいかない。
……って、なんかデジャヴを感じる。
ゴールデンウィーク兼お泊まりが始まって八日目だし、もしかしたらエンドレスが始まっているのかもしれないな。
「――なんて、あるわけないかそんなこと」
自虐的に笑うと、ソファに体を預けて全身の力を抜く。
「…………? なんか言った?」
「いや、別に何も」
俺の膝を枕がわりに、肘掛けから足を外に放っていたかなたもちょっとスマホを使ったかと思えばすぐに自身のお腹の上に放置。
手持ち無沙汰、とはこのことだった。
「――あっ、そうだ」
「……なにか思いついたか?」
「うん、昨日の詩音のやつは結構暇つぶしになったし、今度は畔上くんにもしよう」
昨日ってーと……アレか。旅行の様子を聞くやつか。
「でも、返してくれっかな……。レジャーを楽しんでて、そんなの余裕はない気がするぞ」
「まぁ、ダメ元でもいいじゃん。早く早く」
何故か急かされるので、仕方なしに送ってあげる。
『旅行はどうだ?』
簡素で彩りのない一言。
それを手元で打つと、かなたも画面を見られるように膝の頭に持っていった。
俺の位置からだと画面が遠くて、少し見づらいんだけど……まぁ、別にいいか。
「――って、あっ! 忘れてたけど、時差って大丈夫なのか?」
「…………確かに」
海外経験がない故に二人して気付かなかった点であり、気遣うべきでもあった事柄。
それが気になり、パッパと検索をかければ答えはすぐに見つかる。
「……時差は十九時間だって」
「あぁ、だから向こうは大体十八時頃だな。タイミングとしては悪くなかったか……」
ちょうどレジャーが終わる頃合いか、少し早めの夕ご飯かって感じだろう。
そう思い、開いたアプリをブラウザからメッセージに戻そうとした矢先、微かで確かな通知特有の震えを捉えた。
画面上にも冒頭の十数文字が浮かぶ。
『何だよ急に、しかも変なタイミングで』
思いの外、早い返事。
随分と都合よく連絡がついたものだと、少し感心した。
『いや、こっちは暇しててな。そっちがどんな様子なのか気になった』
『俺は暇つぶしの道具かよ……。まぁ、いいや。ちょうど飯を食べて、部屋でくつろいでたから』
「おー、丁度よかったね」
画面を覗くかなたも、出来すぎた展開に足をブラブラとさせながら呟く。
「みたいだな」
『それで? ハワイでは何をしてたんだ?』
ともなれば、本題ともなるべき話題を早速振ってみた。
経験のない海外旅行なのだ。是が非でも気になることである。
『とは言ってもなぁ……買い物して、美味しい物を食べて、海で遊んで――って、行く場所が違うだけでやることは変わんないぞ。ヨーロッパなんかと違って、特別な建築物があるわけでもないし』
がしかし、期待していたような華やかさは、得られた返答からは感じられなかった。
いや、それでも十分華やかなんだけど……こうもっとワーッとしたイメージを持っていたから。
『その海はどうだったんだよ?』
『あぁ、そっちは色々あった。サーフィンに水上スキー、カヤック、シュノーケリングって、粗方のマリンスポーツは楽しんだんじゃないのか?』
「うへぇー、すご……」
そう苦々しそうな顔で感想を言う幼馴染。
発言と内容に差があるなと思いつつ、そういやあまり体力のない子だということを思い出した。
「海ねぇ……。沖縄もそうだったけど、
「クラゲとかいなそうだもんね」
「逆にサメとか湧きそうだけどな」
完全に偏見から生まれた会話だ。
けれども、海外の海へのイメージってそんなものな気がする。某映画のせいだろうか?
『逆にさ、暇してるって言ってたけどそっちは何してるんだよ?』
何してる……何してる、ねぇ。
これは素直に答えても良いものなのだろうか。
『幼馴染の家でお泊まり会なう』
『……………………は?』
……断じて言うが、この返信は俺ではない。
「勝手に返事を打つなよ……」
画面を見せるためにと、スマホを緩く持っていたのが仇となってしまった。
慌てて取り返せばそんなことになっており、取り敢えずチョップでもして多少の憂さを晴らさせてもらう。
「あいてっ……!」
『違うぞ。今のはかなたが勝手に打っただけだからな?』
一応のフォローはしておいた。
『ほう……そこまで言いつつ、尚も内容の訂正をしないあたり――
しかし、さすがは親友と呼ぶべきか……一年の付き合いともなれば、俺の言い回しの癖を読まれてしまう。
「そらって、こういう大事な時は何でか嘘をつかないもんね。言いたくないことには肯定も否定もしないから、逆にわかりやすい」
そんな、ムフーと自信満々に解説する姿には無性に苛つくものがあり、ほっぺ摘みも追加となりそうだ。
「そもそも、お前が変なことを言わなければバレなかったんだよ」
「いひゃい、いひゃい! にゃんか、通知鳴ってる……!」
多分、翔真だろう。
サイドに付いている電源ボタンを押し込めば、案の定だった。
『よく親は許したな……。やっぱり、幼馴染ともなるとそういうことに寛大なのか?』
『いや、両親とも旅行でいな――』
「アホか、もう止めとけ」
またしても余計なことを書き綴ろうとする悪い子の頭を叩き、俺は止める。
ついでに文字入力のばつボタンで下書きを抹消すれば、適当な誤魔化しの返しを翔真にしつつ、画面を切った。
部屋には垂れ流しのテレビ音声ばかりが響く。
漂う空気はなんとなく重い。
「――ねぇ、やっぱり変なことなのかな?」
かなたは呟いた。
それはきっと、これまでの八日間を指しているのだろう。
「まぁ変だな。けど、問題も別にない」
だから文句を付けられる理由はないと、そう伝える。
「何が変なの?」
「血の繋がっていない、それも若い学生が一つ屋根の下で一緒に暮らしていることが――だろ」
「でも、別に私たちにはやましいことなんてない……」
「俺たちには、な。ただ、それを周りが理解してくれるかは別だ」
「何それ、みんな勝手……!」
「だが、その『みんな』が一般論で、強要される常識だ。普通で、普遍で、不変な当たり前なんだよ」
悲しいかな。それが現実だ。
「……変人代表みたいな人のそらが言うと、説得力あるね」
少し寂しそうに、彼女は嫌味を言う。
だからこそ、俺はしたり顔でこう返した。
「そう、そんな変人がこの関係を『変だけど、問題はない』って言ってんだ。なら、世間一般では『問題はあるけど変ではない』んじゃねーの?」
ともすれば、珍しくもかなたはきょとんとした顔をとる。
次いで口元に手をやると、声を上げて笑い始めた。
その姿は幼馴染の俺でも見ることが希少な、滅多にない光景だ。
「何それ、暴論。でもそうだね、そんなそらが言うなら、そうに違いない」
未だに膝枕なままだった彼女は、グッと自分の顔を俺のお腹へと擦り付け、背中に手を回す。
「納得すんなよ、変人の言うことだぞ。……ホント、変な奴だな」
「だったら私は普通の人ー」
言わなきゃよかったかな。
取られた揚げ足に、俺はそんなことを思いつつ今日も一日は過ぎていく。
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