4月3日(水) 春休み②
――ピロリロ、ピロリロ。
自宅のインターホンが音を立て、来訪者の存在を伝えてくれる。
カメラ付きであるため、誰が来たかは一目瞭然。
予期していた人物であり、約束していた相手であることを確認した私は、すぐに通話ボタンを押す。
「はーい、ちょっと待ってて」
それだけを言い残すと、タタッと廊下を駆け抜けて玄関を開けた。
「あっ、かなちゃん! こんにちはー」
そこにいたのは私の友達にして唯一の親友。
今日も春物のワンピースを華麗に着こなし、可愛さ抜群だ。
「いらっしゃい。何にもないところだけど」
「うぅん、そんなことないよ。むしろ、ごめんね。いきなり勉強会をしたい、何て言って……」
スリッパを用意し、部屋へと案内していると後ろから声がかかる。
「気にしないで。明後日にはもう始業式なんだし、そろそろ宿題を終わらせなきゃ」
自分の名前が書かれたプレート――なんてものを取り付けているわけでもない簡素な木の扉。
そのノブを掴み、回し、押し開けば、いつもの私のプライベート空間が広がっていた。
右手側にベッド。その隣にあたる中央奥には勉強机。左側には本棚が並び、部屋の真ん中には今日のためにと押し入れから引っ張り出してきた低いテーブルを置いている。
我ながら女性らしさの欠片もない部屋だと思うが……そもそも女性らしさってなんだろう?
ぬいぐるみだったり、壁紙をピンクっぽくしてみればいいのかな? 今度そらに聞いてみよう。
ともあれ、主観的には私らしい造りの部屋へと案内をすれば、初訪問である詩音は感激の色を見せていた。
「わぁー、シックで大人っぽいね。かなちゃんらしい!」
「そう……? 取り敢えず、飲み物持ってくるから先に座ってて」
喜んでもらえて何より。
私たち以外には誰もいない家の中を駆け回り、戸棚に常備されているお菓子やらジュースを持って上がる。
「お待たせ」
「そんなことないよ。ありがとう、かなちゃん」
両手が塞がっていたため肘を使って器用に扉を開けると、詩音は笑顔で出迎えてくれた。
椅子の代わりに置いておいたクッションをお尻に敷き、ちょこんと座っている。テーブルの上には学校で配られた問題集が広げられており、準備万端のようだ。
「じゃあ、がんばろー」
そう掛け声をかけると、私はそらから借りた漫画を広げる。
「えっ……かなちゃん? あれ、勉強は……?」
「数学以外完璧。文系科目なら何でも聞いて、答えられる範囲で答えるから」
ふんす、と鼻息を荒げドヤ顔。
余裕のVサインを見せつけると、すぐに手元へと視線を戻した。
「だ、駄目だよ! 苦手でもちゃんとやらなきゃ……!」
しかし、それは彼女が許さない。
両肩を掴まれると、グワングワンと揺さぶられる。
おぉー、全く文字が読めん。
「ちょ、詩音やめて。明日、そらに教えてもらうだけだから。やらないんじゃないから」
少し鬱陶しくなり、逆に私が詩音の肩を掴むと動かないように抑える。
ようやく止まってくれた……。
「な、なんだ……そういうこと。でも、かなちゃんと蔵敷くんって本当に仲がいいよね――羨ましい」
「そう? 詩音と畔上くんも似たようなものじゃない?」
ポツリと呟き足された言葉に、私は首を傾げる。
そうすれば、詩音はボフンと擬音を発しそうなほど真っ赤に顔が熟れ、口元を手で覆った。
「えぇ!? そんな、私たちはまだまだだよ。本当は今日、翔真くんを誘ったんだけど、断られちゃったし……」
お、おう。この娘っ子、本命と都合が合わなかったから私に連絡したと、そう言いだしたよ。
まぁ、そういう変に素直な部分が私は気に入っているんだけどね。
取り繕う面倒さがなくて、丁度いい。
「あー、それはね……多分そらのせい」
「蔵敷、くん……?」
私の言葉を反復する詩音に、頷くことで反応する。
「一昨日サボったときに、『女子とカラオケだなんて、いい度胸だ。だったら、俺たち男子組とも親睦を深めるべきだよなぁ?』って部活メンバーに言われたみたい。昨日、嘆いてた」
淡々と私は語っているが、その時のそらの言い方はかなり本気だった。
まぁ、アニソン以外持ち歌が殆どないんじゃ、親しい人たち以外とは行きたくないんだろうな。
「あ、あはは……でもそれって、蔵敷くんよりはかなちゃんのせいなんじゃ……」
あー、あー、聞こえなーい。
都合の悪い言葉はカット。遮断。通せんぼ。
自分に都合の良い内容へと変えるべく、別の話を切り出す。
「だからさ、明日は畔上くん、フリーの日だと思うよ」
そして食いつくのがこの詩音。
そういう単純なところもまた良いね。
「そう、かな……? えへへ、じゃあ誘ってみよう、かな。翔真くん、頭良いし」
「学年主席だもんなー。ま、頑張れ」
適当な励ましとともに、私はゴロンと横になる。
漫画を読み、聞かれたことに答え、たまにスマホ。
その日は他に何事もなく、緩やかな時間を過ごすことができた。
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