彼と彼女の365日

如月ゆう

April

4月1日(月) エイプリルフール

「……………………」


「……おはよー」


 朝起きると、俺は絶句していた。

 目の前にヌボーとした顔の、そこそこ可愛い少女が寝転んでいたのだから。


「お前は一体何をしているんだ?」


 そして、俺は彼女を知っている。

 名前は倉敷くらしきかなた。小学校から九年間、隣同士のお付き合いをしている幼馴染というやつだ。


「連絡があって、起こしに来た」


「あっ、そ。じゃあ、手短に頼むな。俺、今日も部活あるから」


 そう言うと、目覚まし代わりにアラームをセットしたまま枕元に置いているスマホを探す。

 いつもの硬い感触とともに見つけだせば、本体横の電源ボタンを押し時間を確認した。


「…………………………………………」


 だがしかし、うんともすんとも反応がない。


 ――カチカチカチカチカチカチカチ。


 何回連打しても反応はなく、同時に心は焦燥感で満ちる。


「えっ、何で!? 充電切れてる? マジ? ちょ、今何時だよ……遅刻する!」


 勢いよく布団を撥ね退け、動作をボタン連打から長押しへと変えようとしたとき、隣から手が伸びた。


「大丈夫。そのことで呼びに来たから」


 取り上げられたスマホ。かけられる声。

 起き抜けの頭では事態を把握できず、取り敢えず彼女の言葉を待つ。


「今日、休みになったって……詩音が」


 それを聞いた俺は、再び頭を枕へと預けた。


「……マジか?」


「マジだ」


 疑惑の目を向けてみれば、マットレスの上に座り込むかなたは神妙な顔で頷く。


「マジかー、やけに急だな。まぁ、休み得ってやつだけど」


 ベッドの上――俺の隣に鎮座する抱き枕をひとしきり抱きしめてモフった俺は、ジトっとその様子を見つめる幼馴染を差し置いて床に立った。


 尋ねてみれば現在は八時五十分を指し示しているらしい。

 集合は九時からだし、どちらにしても遅刻していたか。


「でもじゃあ、今日は暇になったな。何しようか……かなたはしたいことでもあるか?」


「……んー、カラオケとか?」


 質問とともに視線を投げかけてみれば、彼女も同様に立ち上がり、答えてくれた。


「おっけー。着替えるから、下で待っててくれ」


 無言で頷き、扉を閉めるかなたの姿を見送ると、パパッと寝間着代わりのジャージを脱ぎ捨て、クローゼットを開く。


 春の気候に合いそうな服を適当に見繕い、いつものジーンズを履き終えたら男の身支度は八割が完成だ。

 あとは歯磨きをして、寝ぐせなんかを整えて……フリータイムでガンガン歌いますか。



 ♦ ♦ ♦



「いやー、さすがに喉がつらい」


「でも……楽しかった」


「だな」


 帰り道。結局この日は、お昼を適当なカラオケのメニューで済まし、二人で九時間ほど熱唱しまくった。

 おかげで喉はガラガラだが、近くのコンビニで買ったのど飴のおかげで多少なりとも改善されている気がする。


 補習も部活もないフリーな日は久々だったし、ちょっとはしゃぎ過ぎた気もするけど……別にいいか。

 コイツとのカラオケは選曲も点数も気にしないでいいし、なんだかんだで面白いんだよな。


 空を見上げれば世界は濃い青に飲まれ、チラチラと街灯が照り始める。


 はぁ、明日は部活かー。


 少し先のことを考え、憂鬱な気分に陥った。

 別に嫌いなわけではない。むしろ、試合は好きだったりする。


 けれど、基礎練が面倒なのだ。

 特に走り込み。毎回行われる坂道のインターバルダッシュには辟易している。


「……嫌そうな顔。どした?」


 俺の顔を覗くようにして前屈みの姿勢をとるかなた。


「別に。明日が面倒だな、って」


 視線を前へと戻し投げやりに受け答えをすれば、彼女は両の手で握りこぶしを作る。


「そう……頑張れ」


 珍しくも激励の言葉。

 いつもはもっと他人事のような素振りと対応なのだが……何かあるのか?


 頭を捻ってみれば、うっすらと浮かんでくる違和感。

 だが、それが何なのかを断言できず、自宅も近づいてきたために思考を打ち切った。


「んじゃ、また」


「ばいばい」


 互いに玄関の前へ辿り着くと、どちらからともなく手を上げる。

 そうして鍵を開けようとポケットに手を突っ込んだところで、気になる声を聞いた。


「――あっ」


 そのまま動きを逆再生するかのように後ろ歩きで通りへと出れば、トテトテとかなたはこちらへ駆け寄ってくる。


「これ、返すの忘れてた」


 そう言って差し出されたのは、俺のスマホ。

 そういや、朝から取られたままだったな……。


「サンキュー」


 改めて手を振るところからやり直し、今度はしっかりとお互いの家へ入る。


 夕食まではあと三十分。

 一度自室へ引き籠ると、忘れないうちにスマホを充電器へと差し込んだ。


 当たり前だが、起動する。

 けれど、充電切れ特有のバッテリーが回復するアニメーションが再生されない。


 そうしてロック画面に映ったのは、九十八パーセントと記録された文字。


「電源が切られてた、だけ……?」


 だけどおかしい。

 俺は毎日、このスマホのアラームを使っているのだ。


 だから、電源なんぞ万が一にも切るわけがない。

 ……そうだ。それどころか、充電が切れるようなバッテリーのまま寝に入ったりはしない。最悪、充電器を差したままにするはず。


 だとすれば、誰かが意図的にやったということだろう。


 その瞬間に、覚えた違和感の正体に気が付く。

 そもそも、あのものぐさなかなたが連絡だからといって俺を起こしに来るはずがないじゃないか!


 遅すぎる閃き。それに応えるように、遅れて同期したアプリの通知が振動となってスマホを震わせる。


 その中でも特に目をついたのは、世間的によく使われているメッセージアプリ。

 未読通知三十七件って……。


 開き、中身を確認してみれば、それは俺の部活のグループトークだ。


 曰く『早く部活に来い』。『友達が女の子と一緒にカラオケから出る姿を見た』。『サボりか?』。『しかもデートとはいい根性してやがる』。『明日しばこう』。


 起き抜けではないのに事態の把握ができない。

 故にボーっと画面を眺めていれば、ある一つの出来事に気が付く。


 そして、それが答えだった。


 今日は四月一日――エイプリルフールだ。

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