第10話 探す”モノ”
無防備に向けられた胸。
逃さず、勢いで貫き払う。
舞い跳ぶ濃厚な緋色が降りかかるのも気にせず、にやりと笑めば、傷を負ってようやく攻撃態勢に入る獲物。
「遅いっ!」
身体を沈め、首の根元を深く抉った。
触手の絡み合った拳が絶命してなお、襲い掛かるのを、身を横に滑らせ様、腕の付け根から切断。数歩進めた後ろで、跳んだ拳と首の取れかかった身体が倒れる音を聞き、血に濡れる相棒を愛おしそうに舐めた。
振り返り、恨めしそうな顔でだらしなく舌を垂らす首に、再度深く刀を突き入れ、空いた手で生白い頭を掴み、引き千切る。こびりついた刀の血を一振りで払う一方、見合う位置まで幽鬼の首を持ち上げると、涎が込み上げてくる唇をひと舐め、喉を鳴らした。
「ククククク……これを干せばだいぶ持ちそうだな」
うっとり微笑んだなら、骨を砕く音。
血に染まった袴姿の史歩が音のした方を見れば、虎の影がもう一体の生白い頭を押し倒したところ。
ぶちり、と首を咬み千切った後、「クルルルル……」と鳴る喉は喜悦に満ちていた。
為す術もなく事切れた幽鬼の上に立つ姿に、史歩はうっとり笑む。
「さすがは猫。……そういや綾音はどこ行った?」
思い出した史歩の言葉に、猫が食事もそこそこに辺りを見渡す。
少し腹が立った。
むくれていると、追いついたワーズが惨状に場違いなほど呑気な感想を漏らす。
「同士討ちでもしたかな? これじゃあ泉嬢が死んでても分からないね」
「共食いだろう、これは。勿体ない。しっかしさらりと酷いな、お前」
史歩の非難にワーズは銃口で頭を掻きながら、おや? と首を傾げる。
「史歩嬢、泉嬢が死んでた方が良かったんじゃないのかい? 猫のお気に入りなんだから。最初は殺す気満々だったよね?」
心底不思議そうに無神経に尋ねられ、斬りつけたい衝動を抑えつつ、
「あれは……綾音が弱いと知らなかったからだ。大体、猫のお気に入りを無下にすれば、肝心の猫に嫌われちまうだろうが。くだらないことを聞くな」
苛立ちと羞恥を隠すように、抜き身を肩に置き、辺りへ視線を走らせる。
目についたのは、幽鬼の仕業とは思えない、奇人街の夕闇を臨める大穴が開いた壁と――丁度向かい合う部屋にある棺桶状の鉄の塊。
人一人が入れそうなソレに柳眉を顰めた史歩は、棺桶に近づくと、躊躇いなく蹴った。スエの住処に侵入する際、草履をわざわざ持ち寄ったから、足袋裏が汚れる心配はない。
「きょっ!?」
予想通りに聞こえてきた短い悲鳴に、青筋が浮かんでくる。とりあえず連続でガスガス蹴りつけながら叫ぶ。
「いつまで隠れてやがる! 綾音はどこだ!?」
「な、なんだ、君らかネ……」
棺桶からやはり思った通りの人物・スエが安心した顔を出した。
その首筋に問答無用で白刃を宛がう。
途端、漏れる悲鳴に、史歩は刃と称される瞳を細めた。
「学者ぁー、いい加減にしろよ? お前の魂胆は知ってんだよ。下らない発想のために何人殺す気だ?」
「ひっ! て、店主、助けるが宜しいヨ!」
つぅ……と、脅しに立てた刃が首を薄く裂き、血が一筋流れる。逃れようとするのを、幽鬼の首でもって押さえつける。
哀れな学者の懇願に、血溜りの中でさえへらへら笑うワーズは、銃口を頭に当てて傾ぐ。
「うーん。今回ばっかりは無理かな? 相手が悪いよ。史歩嬢じゃなくて、猫が、ね」
その言葉を待っていましたとばかりに、黒い巨体がスエに飛び降り、胸を前足で強く抑えた。
「シャアアアアアアアアアァァァァァァ!!」
剥き出しの牙にスエが真っ青になって慄く。
「し、知らない……いや、聞こえただけだが、シイが現われたんだ! たぶん、ワシの血が狙いで! 娘御がシイと呼んだのは確かに聞いたヨ!」
スエの叫びを受け、猫に出番を譲った史歩は、横目で棺桶の前に見た大穴を確認した。
これまでの経験上、幽鬼が建物を破壊するのは、その陰に人間がいる場合か、獲物と定めたモノを仕損じ、あるいは仕留めたついででのみ。それも、ここまでの大きさになったことはないのだから、この大穴はシイが開けたものと推測できる。
そしてシイの性格上、幽鬼に襲われかねない者を、そのままにして逃げることはないだろう。
「ということは、アレが泉嬢を連れ去った訳か。……猫。スエ博士を殺したら、泣きはしないだろうけど、泉嬢かなり気落ちするから止めなよ?」
「ガウ……」
しょうがない。そんな風に鳴いて、猫の姿が小さくなった。
ほっと息をつく学者の頭を、史歩は八つ当たり気味に幽鬼の首で殴りつける。
拍子に、どろりと流れた蜜がスエの頭を垂れた。
抗議する音は眼力で黙らせ、
「で、どうするんだ、店主。シイが一緒とはいえ、幽鬼が徘徊する街では死ぬ確率が高い。探しても――――」
「んー? 二手に分かれようか。君らは幽鬼殺しつつ、泉嬢の遺体がないか探してくれ。ボクは……ボクなりに探すよ」
(死んでいるのが前提か?)
もの凄く面倒臭そうなワーズのへらり顔に、先に前提を挙げたことを棚に上げ、史歩は眉を顰めた。
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