第16話
「この家すごく警備も厳しいのにどうやって入って来たの? どうしてこの部屋に私が居るってわかったの? それに誘拐って何?」
「俺は忍者だ。警備の目をかいくぐって侵入することなんてわけない。だが心配するな、約一時間後にはここに……」
言いかけて神本くんは何かに気づいたように私の顔を見つめた。
「清花、目が赤いぞ」
「こ、これは違うの。ちょっと花粉症だっただけ」
私は慌てて目をこすった。神本くんは少しの間何か考えるように黙っていたけれど、それ以上は追及してこなかった。
「防寒着を着ろ。外は寒い」
時計を見ると夜の12時を回っていた。こんな時間に、しかも男と外に出るなんてバレたらものすごい罰を受けることだろう。死ぬほど怒られるだろうし、もしかしたら一年くらい軟禁されるかもしれない。
そもそも誘拐って何? 何をする気なの? 外って言っても具体的にはどこへ行く気なの? はっ! もしかして神本くんは私のストーカーなのでは? 神本くんに付いて外に出てしまったら豹変して
「ぐへへ、さあこれから二人で夜の忍術修行を始めようよぉ。先ずは僕の股間にある巻物を開いてみてくれるかなぁ」
とか言い始めるのでは!? いや、神本くんは馬鹿だけどそんな事する人じゃない……と思う。
とはいえ外に出ることで、とんでもないリスクを負う事は理解できた。だけど何でだろう。私は彼の言うことに従って防寒着を着ていた。きっと幸枝がやめる事がショックで、もうどうにでもなれというような自暴自棄になっていたんだと思う。私の準備が整うと神本くんは自分と私の身体をベルトのようなものでしっかりと固定した。思いがけず背中に密着することになって、ちょっとドキドキしてしまった。アホの神本くんに心を乱させられるのは何だか悔しい。
「降りるぞ。しっかり捕まっていろ」
下に降りた神本くんは後ろの私を気遣いながら慎重に慎重に進んでいき、遂には塀も乗り超えてしまった。
敷地を出るまでは見つかってしまう恐怖でびくびくしていたけれど、これで一安心だ。
心に余裕が生まれたためだろうか。神本くんの後を付いて歩いていた私は夜風が肌を撫でる感触を感じた。
4月下旬の夜風はまだどこか冷たいけれど、夏の気配も感じさせる。庭の方からは虫の声も聞こえてくる。不思議。家のすぐそばの道なのに私は歩いたことが無い。小さい頃からずっと家の敷地で遊んでいたし学校への送り迎えも車で行われていたからだ。
しばらく歩くと街灯の近くに一台の黒いバイクが停めてあることに気付いた。神本くんはそこで止まる。
「ねえ、そろそろ私を誘拐した理由を教えてもらえる?」
すると神本くんは一枚の紙を取り出した。それは初めて神本くんを呼び出した日、私が彼に「分身して」とか「ペンギンに変身して」みたいにやって欲しい事を書いて渡したものだった。……神本くんは全部出来なかったけれど。
「お前が書いた要求書の一番下にはこう書かれている。『どこか知らない場所へ私を連れ出して欲しい』と。この項目なら俺も力になれる」
「そ、それは無しって言ったじゃない。私は別に連れ出してほしくなんか……そもそもどうやって私の部屋が分かったの! 家の場所さえ教えていなかったのに」
「お前のメイドが教えてくれた」
「幸枝が……?」
「詳しい話はまたにしてくれ。今誰かに見られるとまずい」
そう言って彼はバイクに掛けてあったヘルメットをいきなり私に被せた。
「ちょ、何するの! 髪がくしゃくしゃになっちゃうじゃない!」
ヘルメットの下でくぐもった抗議の声を上げてみる。しかし神本くんはバイクにまたがり、私に後ろへ乗るよう促した。
「えっと、神本くん高校一年生だよね。免許はあるの」
「あるぞ。取ったばかりだがな」
「……運転、大丈夫、なの?」
「まだ一回しか事故していないから安心しろ」
「帰って良い?」
「帰れるんならな」
ええい! 私は半ばヤケクソでバイクの後ろに飛び乗った。私の体重でバイクが一瞬沈み込む。
「えっと、どこを掴めばいいの?」
「俺の腰に手を回せ」
神本くんは振り返りもせずに言った後、エンジンを始動させたらしい。まるで巨人が唸るかのような排気音が一瞬で住宅街を支配した。私は慌てて神本くんの腰に手を回す。
「しっかり掴まっていろ」
神本くんはエンジン音に負けないくらいの大声で言ってスタンドを蹴り上げた。その直後、バイクは夜の街へゆっくりと走り出して行った。
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