第4話
私が戻ってくると忍者は微動だにせず窓の外を覗いていた。
「大分少なくなったが、まだ少しヤクザの連中が残っているな」
「そのようですね。私もヤクザの一人とすれ違いました」
私は茶室から持ってきたお茶菓子と、ほとんど口を付けていない抹茶の入ったお茶碗を差し出した。ちなみに茶室に久保さんは居なかった。
「足りないかもしれないけれど、食べてください」
もし私が竹筒をいじくり回さなければ忍者さんはとっくに逃げていられたかもしれない。私は多少なりこの状況に責任を感じていた。
「すまんな」
忍者は抹茶を一気にあおった。一瞬彼の動きが止まる。ぶしゅっ! という音がした。彼が勢いよく抹茶を鼻から噴出したのだ。それはまるで噴水のような鮮やかさだった。いや全然綺麗じゃないけども。ノーモーションで繰り出された緑色の液体。それは全て私の着物に飛び散る。
「い、いやあああああ! ちょっと何してるの貴方!」
「苦い」
忍者は苦々しい口ぶりで言った。いや何歳だ君は。抹茶なんて小学生でも飲めるっての。
「苦いじゃないわよ! この着物お気に入りだったのにどうしてくれるの!」
私は瞬間的な怒りで我を忘れて叫んだ。いつもの丁寧な口調でしゃべることも今は意識の外だった。
「すまん」
「すまんで済んだら警察は要らないのよ!」
怒りながら私は久しぶりに人前で素の自分を出していることに気付いた。
「おい静かにしろ。見つかるぞ」
「見つかればいいじゃない! 貴方なんてヤクザに捕まって鼻からうどんを流し込まれればいいんだわ!」
「違う、この状況で見つかったらお前が俺をかくまったことを疑われて……」
その時外でガサガサと音がした。思わず息をひそめる。
「さっきこの倉庫から人の声がせんかったか?」
「わしも聞こえた気がするが」
まずい、外のヤクザに聞こえてしまったようだ。ここで捕まったら何をされるか分からない。不安に駆られて忍者の方を見ると、彼は涼しいをしている。やはり組長さんにパンツを被せるような人は心臓にお毛々が生えていらっしゃるのだろうか。不意に忍者は口に手を添え、言った。
「ンメェエエエ! ンメエエエエエエエエ!!!」
ヤギの鳴き声によく似ていた。なるほど。鳴き真似をすることで倉庫の中にいるのは野良ヤギさんだと錯覚させる作戦なのね。
「いや全然なるほどじゃないわ! ヤギが倉庫の中で鳴くってどういう状況なのよ!?」
私は小さく叫んでみたが忍者さんは依然としてンメェエエエを止めない。彼はヤギの亡霊に憑依されているのかもしれない。するとまた倉庫の外からヤクザたちの声が聞こえてきた。
「なんだ、ヤギか」
「ちっ、向こう探してみようや」
何で信じるの、馬鹿なの!?
「これぞ忍法『犬鳴の術』」
いや、ヤギじゃないんかい。
「ところで女。着物の件なんだが」
女と呼ばれたことで、そういえばまだ自己紹介をしていなかったことを思い出した。
「申し遅れました。私の名前は
「綺麗な名前だ」
「ありがとう。貴方のお名前もお伺いしてもいいかしら?」
さっき完全にキレた口調を使った後なのもあって、私の口調はややくだけたものになっていた。忍者さんは真っすぐ私の方に向き直る。
「俺の名前は
高校生……確かに顔は大人びているけれど、やっぱり私より年上だったのね。でも本当に高校生にもなって忍者の真似事をしているのだとしたら相当に痛い人だ。もし同じ学校に通っていたら近づきたくない。
「それで神本くん。先ほど『着物の件』と仰っていたけれど、その続きを聞かせてもらえるかしら?」
「そのことだが」
神本くんは倉庫に来た時に脱いでいた忍び装束(上)を羽織り、言った。
「俺を雇ってみないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます