第30話 イケメン×秀才美少女

「…………あははは〜、そうですよね〜」


 悲壮感に溢れた声音で、押し殺した表情で強引に笑顔を作りだす美玲。

 だが、それもつかの間。破綻しだしたら、もう修復されることは無い。


 一筋の涙が零れると、次第に呻き声をあげて美玲は泣きじゃくった。


「……ぅ……あぅ……っ、ぐす……すん…………」


 彼女に連れられて、なぜか感涙しそうになるのを堪える。

 ……泣かせない覚悟で、同乗したのにな。

 所詮、益荒男でもなんでもないオレには無理な話だったのかもしれない。


「うぅ…………なん、で……っ……ぁ……」


 なんで……なんで美玲を選ばなかったのか、か……。

 決めたからな、オレの生涯のパートナーはとうの昔に。


「ぐすっ……わ、たし……ゆうま先輩のこと、諦め……っ、ないですから……っ」


「……強いんだな、お前」


「だって……っ…………すん…………ゆうま先輩のこと、大好きですから……」


 観覧車は半回転し、彼女との残り時間は半分となった。

 あと半分。もう半分。人によって時間の感覚軸は異なるが、オレはこの時間が酷く長く思えた。




 ***




「はぁ、はぁ……アイツ、どこ行ったんだよ……」


 花火を眺める人で雑踏している中をかき分け、オレは無我夢中で絢香を追っていた。

 知らぬ誰かに幾度となく肩をぶつけながら、視野を広げてこの辺一帯を駆けている。


「絢香のバカ野郎……」


 観覧車を降車して絢香と目が合うと、身体を翻して去っていったのだ。涙を流しながら。


 せっかくケリをつけてきたってのに……アイツは本当に!


 理解が及ばない彼女の行動源はきっとオレにある。そんな予感がしたから、オレは彼女をひたすら捜すしかない。


「埒が明かないな……よしっ」


 近くにあるベンチの背もたれに立ち乗り、周囲を見渡す。

 軍隊アリのように群れる人集りに、一つだけ花火に顔を向けていない者を捉えた。

 細い身体に、綺麗な長い黒髪。それをオレが見間違えるはずもない、絢香だ。


 地を見つめ、とぼとぼと歩く彼女を捕まえるのは容易だった。


「おい――ッ!やっと、捕まえたぞ!」


 人影が薄くなった外灯のない道路際で、絢香の肩を掴んだ。


「っ……離してよ……」


 か細い声音で、唇をわななかせながら反抗の意をみせる絢香。

 オレは息を整えて、彼女を抱擁した。ぎゅっと強く腕を巻き付けて、同時に絢香の頭を撫でた。


「どうして逃げたんだよ」


「だって……私じゃ彼女には遠く及ばないから……」


「はぁ?意味がわかんないんだけど」


「――悠真くんが隠してたからよッ!!」


 絢香は両手で押しのけ、急激に息巻きだした。

 なんのことかと思索にふけるが、これといって思い当たる節がない。


「なにがだよ、お前はオレの全部を監視していただろ」


「違う!そうじゃないわ!監視してもわからないよう細工していたのよ!岩井さんが昔からのネット友達ってことを!」


「通話越しに絢香も聞いてただろ、そのことは今日初めて知ったんだよ!アホか!」


「違う……違う、違う違う違うっ!そんなことない!」


 反駁しても齟齬をきたした。

 いや、聞く耳を持たない絢香が相反する意見でしか反論しないのだ。


「私とは……比較対象にもならないじゃない……」


 収まっていた涙は、彼女の頬を再び濡らした。


「まだ付き合って、いや出会って一ヶ月も経っていないのよ……なのに、岩井さんとは私の何倍……何十倍の時を一緒に過ごしていたのだから……まさに滑稽ね」


 絢香は自分を貶める物言いをする。

 爪が食い込みそうな勢いで拳を握り、続けた。


「彼女からしたら好きな人を泥棒に盗まれた気分でしょうね。そんな余所者に殺すだのなんだの豪語されて、気分を害されて、本当の悪は私だっていうのに……」


「そんなことないだろ……美玲だって、お前だったから真正面から立ち向かったんだと思うぞ」


「なによ、それ……つまり二人は繋がってて、私を貶める算段だってこと……?」


「なんでそうネガティブ思考になるんだよ。美玲も心のどこかで絢香のことを認めてたんだろ。じゃなきゃアイツは横取りしていたさ」


「……そうね、陰湿な手立てを企てるまでもないってことね」


 積み重なった負の感情は膨れ上がり、彼女を支配していた。

 まるで、全てを諦めたような、そんな暗澹とした瞳をしている。


「いい加減にしないと――」


「悠真くん、今日で一切合切を終わりにしよ――ッ、痛……」


 ふざけたことを抜かす絢香の額に、オレの中指が炸裂する。思いっきしデコピンをしてやった。


「あんまり怒らせるな」


「だ、だって……っ……私、もうどうしたらいいのか、わかんなくて……」


「頑迷な奴だな、オレが今ここにいることが答えだろ」


 ――そうだ、オレに二人も彼女は要らない。

 ――だってオレには、こんなに可愛くて彼氏想いな素敵な彼女がいるから。


 女の子を二人も泣かしたオレは、そんな大口叩けるはずもなかった。

 だから、ありのままを語ることにする。


「美玲には悪いけど、アイツのことは眼中に無いよ。オレはとっくの昔にお前に惚れ込んでるからな」


 グイッと絢香の両肩を掴んで、オレの声を届けるために身体を少し揺さぶった。


「お前、言ったよな。死ぬまで責任取れって、絢香の思い描くシナリオにはオレが必要不可欠なんだろ。そっくりそのまま返してやるよ!オレだって絢香がいなきゃダメなんだ!」


 目尻に溜まった雫は、大きく瞠ると彼女の足元に落下した。

 更にオレは掴む力を増加させて、激昂する。


「確かに絢香が離れようとした近因はオレにあるかもしれない。でもな、お前がいなくなったらオレはどうしたらいいんだよ!お前以外に好きな人なんてできないんだよ!それくらい絢香に心酔しているんだよ!」


 オレは大きく息を吸った――


「絢香のことが好きなんだよ!大好きなんだよ!お前がいなきゃオレは生きていけない!その上でお前が別れようなんて口にするなら、オレは今すぐ海に飛び込んで死ぬからな!」


 言いたいことを吐き出し終えると、少し溜飲が下がった。

 絢香の反応は――口を噤んで紅く頬を染めている。


「ぁぅ……っ……じ、じゃあ……そうだと信じ込ませてよ……」


 そこから総合的に導き出される、オレの取る選択肢は一つしかない。

 本当はもっと心の準備を整えてから、互いに笑い合って、最高のシチュエーションで、ロマンチックに幸せなひとときを迎えるつもりだったのにな。


 肩から首に腕を回し、自分の胸に彼女の顔を引きつける。



「愛してるよ、絢香――」



 上目遣いになっている絢香の唇に、そっと自分の唇を重ねた。



「愛してる、悠真くん。それと、ゴメンなさい」



「全く……ちゃんと死ぬまで一緒にいような」



「うん、絶対そうする」




 多幸感に包み込まれ、オレはもう一度彼女にキスをした――――。

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