【第5章 冒険者の光と闇】

第69話 広がる世界。

 

「ーーちゃま、起きて下さい」


 シルフェの声がする。俺は重い瞼を開くと、太陽の光で一瞬視界が真っ白になった。


 視線を逸らすと後頭部には柔らかい感触があって、上から俺を覗き込んでいるシルフェと目が合う。


「やっとお目覚めですか? まぁ、もう少しこのままでも良かったんですけど、夜になる前に移動したかったので起こさせて貰いました」

「……そっか、俺達をママンが地上へ転移させられたんだもんな。ところで、起きて早々に問題が起こってる」

「漏らしちゃいましたか?」

「違うわ! お前と一緒にすんじゃねぇ!」

「私だって、も、漏らしてないもん!」

「おい、その嘘を吐くような焦りようはなんだ?」


 もしかして俺が気絶してる間に既に証拠隠滅を図ったとかじゃないと信じたい。

 だって、俺の後頭部は絶賛膝枕中なのだから。


「話を戻すぞ。多分、両手足が動かない。正確には感覚がない。神龍の言ってた代償ってこの事だと思うんだよ。一時的な症状だと信じたいけどね」

「……私は気絶してしまっていて、正直今の状況を飲み込めていません」

「そうだな。説明するからちょっと待っててくれ」


 覇幻は腰の鞘へと収まっていたが、神気の流れを感じ取れない。

 俺は風魔法を発動させると、身体を浮遊させた。


 ーーよし、魔力が使えるなら最低限何とかなるか。


 そのままシルフェへ俺達に何が起こったのか説明すると、続いて相談してみる。


「それでは、ここは地上なのですね」

「あぁ。パノラテーフは元々神龍の結界で守られ、隠されてしまってるからなぁ。正直どうやって戻ったらいいか検討もつかない」

「……次元魔法で転移したなら、次元魔法で帰る事も出来るのではないですか?」

「それは思ったけど、転移って滅茶苦茶難しいんだよ。視界に映ってる短距離なら俺でも可能だけど、何処を飛んでいるかわからない場所に転移するのは不可能に近い」


 カティナママンが一時的に神龍の巫女として力を取り戻していたから出来た魔法だ。


 今の俺の認識では間違いなく失敗して、空中に放り出されるだろう。


「それなら同族を探すしかありませんね。成龍の儀を経て、地上との連絡役を受け持っている大人が居る筈です」

「うん。それに、深淵龍アビス達が目的を果たした以上、パノラテーフに留まっているとは思えない。最後に致命傷を与えてやったから、早々にママンを攫って撤退してるだろ」

「神龍様の力はそれ程に凄いのですね」

「あぁ。でも、代償は大きいな。手足が動かないからと言って、ずっと魔力を放出して浮かんでいる訳にはいかん」


 それに、今すぐカティナママンを取り戻そうと動くのは拙い。


 元々寿命を伸ばす方法を探す為に敢えて攫わせたのだから、目的を果たしてからじゃないと意味がない。


「情報を集めながら、ママンの寿命を伸ばすアイテムを探そう。もしくは治癒系の神格スキルを得ている人物を仲間にするんだ」

「はい! それでは失礼しますね、グレイ坊っちゃま?」

「ん? っておい! 流石にこれは恥ずかしいぞ!」


 俺はシルフェに抱き上げられて、お姫様抱っこされていた。

 見た目は子供、中身は爺の俺には羞恥プレイ以外の何ものでもない。


「でも、おんぶだと両手足が動かないなら落ちちゃいますよ?」

「誠に不本意ではあるが、俺を背中に縛ってくれ……」

「坊っちゃまの口から縛るだなんて言葉が聞ける日が来ようとは……萌えますね!」

「黙れ残念メイド。あんまり調子に乗ってると罰を与えるからな」


 見るからに顔を紅潮させたシルフェを見て、俺は深い溜め息を吐いた。

 そして、絶壁に頭を埋めてもう一度悲しげに瞳を落とす。


 ーーママンの巨乳の柔らかさが恋しい。


「今、とっても失礼な事考えてません?」

「黙秘する、取り敢えずどっちに進むか決めてくれ。こういう拓けた場所だとお前の風探知の方が正確だろ」


 見渡す限り草原が続いており、右方向に森が見えるくらいだ。魔物や魔獣の気配はない。


 今は正午くらいだろうか?


 太陽が真上にあるからだけど、時間を測るのに役に立つのか調べないと分からないな。


「あちらから風に乗ってほのかに香る料理の匂いがします。多分人里があると思いますが、如何なさいますか?」

「今の俺達に必要なのは地上の住人との交流だ。なるべく穏便に話を済ませられる種族だといいなぁ」

「そうですね。ここがどの種族の国なのかわかりませんし」


 カティナママンの授業で習った内容が変わっていなければ、地上は大きく分けて五つの種族が各大陸の覇権を握っている。


 ーー人族。

 ーーエルフ族。

 ーー獣人族。

 ーー魔族。

 ーー亜人族。


 人族は大方予想通りの異世界ファンタジーで、冒険者ギルドや商人ギルド、魔術師ギルドなどを通じて各国が領地を分けている。


 魔族は決して悪だという訳ではないが魔力が高く、人族とは度々戦争をしていると聞いた。


 エルフは長命な事から、裁定者として世界の中立を保っている。


 獣人族はとにかく戦が好きで、戦争が起これば傭兵として戦場へ向かい、その繁殖力の高さから国によっては奴隷として扱われている。


 亜人族はドワーフや、魔物、魔獣と混血した種族が一つの大国を作り上げているらしい。

 忌み嫌われる存在が力を結集した形だ。


 出来る事ならまずは人族の大陸に降り立っていると信じたいな。

 幽冥のセイネリア・スペクターが言っていた力なき者の努力や工夫、発展を見てみたい。


 まぁ、元々俺は人間ですしね。


「さぁ、もっと見聞を広めて強くなるぞシルフェ!」

「はい! どうせなら一つの国を乗っ取っちゃいましょうよ! グレイ坊っちゃまなら王になれます!」

「馬鹿野郎。そんな面倒くさい事は望まん。それに俺が王になったら確実に貧乏神の呪いで国が滅びる」

「……そうでしたね。お金を稼げないんじゃ夢も希望もありませんよ」

「その為の財布シルフェだ! 俺達の財産を守る為に、もっと鍛えなきゃな」


 俺が不意に財布というワードを漏らした途端にシルフェのやる気が萎えた。

 最近目を見ればわかる。これは病んでる時の怖いやつだ。


「す、すまん。頼りにしてるぞ! お前は大切な家族だからな」

「……次に私を財布って言ったら、『龍眼』発動しますからね」

「それは勘弁して。流石に両手足が動かない状態じゃ勝ち目がない」


 やれやれ。年頃の少女の扱いは難しいな。

 こんな時、緋那だったら有無を言わさず気絶させれば終わりなのに。


 頬を撫でる風が心地いい。草原の草の匂いが俺の世界が広がった事を認識させてくれる。


 必ずママンを迎えに行く。次こそはコールを自分の力だけで倒す。


 目的はしっかりと定まっているけど、両手足の感覚はないままだ。


 ーー前途多難だなぁ。

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