第43話 偶には人助けもするもんだ。

 

 俺達がギルムの里を出て五日が経った夕刻。


 俺は簡易小屋を次元空間ディメンションストレージから取り出した後、妲己と朱厭を呼んである検証をしていた。


 因みに、かつて収納空間アイテムストレージだった頃の弱点だった『収集した物の時間を止められない』事や、『対象物の大きさ』などの問題は、次元魔法を覚えて次元空間を使える様になってから、全て解決している。


 ーー生物は収集出来ないが、それ以外に不便な事は何もない。


 更には『知恵の種子』のスキルのお陰で、何を収納したかというリストが魂の石版ステータスと同じく脳内でゲームの様に仕分けされており、容易に判別出来る。


「さて、少々遅くなったが、そろそろ妲己ダッキの神獣スキルについて検証しようか」

「ん〜? 神獣スキルって何なんよ?」


 俺の提案を受けて、巫女服の幼女が不思議そうに首を傾げる。


 旅の途中、妲己には襲ってきた魔獣に向かって石を投擲させ、とどめを俺達が刺して経験値を上げさせたが、微々たるものでレベルは2に上がった程度だ。


神吠猿シンバイエン Lv21】

神糾弧シンキュウコ Lv2】


 やはり神獣の経験値は俺と同じく上がり難いらしい。

 妲己の神獣スキルを理解した後に、俺は一度効率の良い経験値稼ぎの修行をしようと悪巧みを考えていた。


 先に妲己へ神気について説明を始める。


「分かりやすく言うと俺の神気を吸い上げて発動する、神獣ならではの必殺技みたいなもんだ。朱厭は『神爪シンソウ』っていう破壊力と殺傷力を高めた武器を両手に纏う事が出来る。きっと妲己にも適した攻撃が出来る筈だぞ」

「おぉ〜! それは是非覚えたいんよ! わっちも、もっと敵を『ドーン』ってして、『バーン』ってしたいんよ」

「あぁ。だけどまだ無理をするなよ? お前は朱厭と違って肉体の成長自体が未熟だ。多分一気に強くなろうとすると、精神力がついていかない」


 これは俺が赤ちゃんの頃に十分味わった経験から言える事だった。


 魔力が上がっても知識や経験が無ければ活かせないし、肉体のステータスが高くても手足の短さは変わらない。

 感覚のズレって言うのかな。


「とりあえず、俺の神気を流し込んでみる。試しに一度やって、ーーん? 二人共、感じたか?」

「えぇ、血の匂いが風に流れてますな」

「あっちの方向で悲鳴も聞こえるんよ?」


 妲己は耳をピクピクと震わせながら、遠くの音まで聞き分けているみたいだ。

 これはダンジョンでかなり役に立つな。


「カティナママンのいる方向からは遠いな。巻き込まれる事はなさそうだが、何かしらの情報を得られる可能性が高い。様子を見に行くとするかね?」

「主人の望むままに」

「ついでにわっちの神獣スキルを試すんよ!」

「駄目だ。検証もしていない技を使って関係ないの人を巻き込んだら目も当てられないだろ? 俺と朱厭に任せておきな。行くぞ!」


 俺は風魔法を発動すると、妲己の指差す方へ疾駆した。


 距離的には一キロ程走ったところで、体長一メートル程の真っ赤な蜘蛛の群れに襲われている集団を発見する。


「くそおぉぉぉっ! 親方がせっかく体を張ってくれたんだ! 絶対死ぬなよおめぇら!」

「でも、こいつら数が多いっすよ!」

「クソッ! 切っても切っても糸が纏わりついて来やがる!」

「諦めるなあああああ!」


 歳はバラバラだが、体つきの良い男達が斧や金槌を振り回して飛びかかる蜘蛛を蹴散らしていた。

 だが、思った以上に状況は悪いみたいだなぁ。


 竜人の人数は六名。対して蜘蛛は数え切れない程にウゾウゾと周辺を囲んでおり、ゆうに百匹はいるんじゃないか?


「数が多いな。朱厭ならどう戦う?」

「そうですね……我の神爪で蹴散らすのが手っ取り早いでしょうな」

「はい、20点。あの数だと効率は良くない。妲己ならどうする?」


 俺は襲われている者達への警戒は怠らないまま、朱厭と妲己ならどう考えるのか意見を聞いた。

 性格が出るだろうなと思っていたが、朱厭はアウト。


 ーーさて、妲己はどうかな?


「……ご主人様、わっちに神気を流して欲しいんよ」

「駄目だって言ったろ? あれだけの数の魔物を相手に検証なしにスキルを使うのは危険だ。保護する対象まで巻き込むぞ。妲己は0点かーー」

「ーー大丈夫。信じて欲しいんよ!」


 俺の言葉を遮って見つめてくる蒼眼は、自信に満ちていた。

 纏う雰囲気も無邪気な幼さが消え、スナイパーが目標ターゲットを仕留める時の様に鋭さを帯びている。


「危ないと思ったら直ぐに俺が中止するからな? 朱厭は竜人達が巻き込まれない様に注意しててくれ」

「うん!」

「畏まりました」


 俺は妲己の肩に手を触れると、覇幻から流れ込んでくる神気をそのまま譲渡した。


「ご主人様はやっぱり凄いんやね。力が漲るんよ」

「これは……」


 妲己の九本の尻尾に雷が迸り、朱厭とは違って蒼い神気が煌々とした輝きを放ち始める。


 バチバチと音を立てて今にも爆発しそうなエネルギーが、触れている俺には痛い程伝わった。


「行くんよご主人様!! 『神尾』発動!」

「うおおおおおおおおっ⁉︎」

「落ちるんよ『神鳴りカンナリ』!! いっけええええええええええっ!!」


 咆哮に合わせて、妲己の尻尾から凄まじい神気が天に昇る。

 次の瞬間、一斉に無数の蜘蛛達に向けて蒼雷の雨が降り注いだ。


「まじかよ……」


 最も凄いのは守るべき対象を蒼雷が避けている所だ。

 蜘蛛達は内部から破裂する様にして、肉体を爆ぜながら絶命していく。


 俺の『風の槍ウインドランス』より圧倒的に威力が高い。レベル2でこれとか反則だろ。


 妲己は神気を放出し終わるとそのまま気絶してしまい、朱厭が抱きかかえた。

 その瞳は先程までの幼女を見るものとは違い、同じ神獣として昂ぶっているのが伝わる。


 近接特化型の朱厭、遠距離殲滅型の妲己。俺の心臓も良い意味で高鳴っていた。


 これからの成長次第で、確実に化けるな。


「本当に良い拾い物をした。人助けって得する事もあるんだなぁ」

「主人よ……その発言をしている時点で、考え方が悪人なのでは?」

「馬鹿言え。神界の言葉で双方が得する関係の事をwin-winって言うんだぜ? 偉大な言葉だから覚えておけ」

「し、神界ではそんな言葉が⁉︎ 畏まりました! 我の思慮が足りず、申し訳ございません!」

「分かれば良いのさ。精進しろよ」


 朱厭はシルフェ以上に単純である。だが、そこが良い。


 俺はそんなためになる話をしながら、襲われていた者達に向かって歩みを進めた。

 さて、肩が凝るけど演技でもしましょうかね。


「皆さま無事で何よりです。僕達は偶然この先で野営の準備をしている者なのですが、何やらお困りの様子ですし、手助け出来ればと思って……」


 俺は年相応の少年として微笑みを浮かべながら男達に近付く。

 警戒心を解く為だが、男達は口を半開きにして今の惨状に絶句していた。


 まぁ、いきなりあんな雷が落ちれば驚きもするか。


「ぼ、坊やが蜘蛛達を倒したのかい?」

「いえ、僕と母さんの護衛であるこの人達は凄く強いんです。さっきの力もその一つですよ」

「そうか……少し待っていてくれ」


 男達は固まって何やら話し込んでいる。俺は風魔法を応用してその会話を盗み聞きしながら朱厭に控える様に合図を送った。


 暫くして意見が纏まったのか、筋肉隆々の男達が一斉に並んで頭を下げてきた。何だ?


「さっきの火蜘蛛を殲滅したその腕を見込んで頼みたい事があるんだ!! どうか、ジェレーレ火山に残った親方を救出してくれないか⁉︎」

「親方は俺達を逃す為に今も取り残されているか、ボスに捕まっちまってる! お礼なら幾らでもさせて貰う! 頼む!」

「う、うぅぅうぅうう〜! 頼むっすよ〜!」


 どうやら切羽詰まってるみたいだが、火山とかやだよ。絶対暑いもん。


 ママンを火山なんかに連れてって、あの真白い肌に一ミクロンでも火傷させたら、火山ごと吹き飛ばすぞ?


「残念ですが、僕達にも先を急ぐ予定がありまして、お力にはなれないかと……」


 俺は申し訳なさそうに頭を下げ、表情を隠す為に掌で覆う。その返事を受けて、男達は一斉に泣き崩れた。


「うわああああああああっ!! 親方、ごめんよ! 俺達の所為で炎楼蜘蛛なんかに捕まってえええええええっ!!」

「イゴウルの親父がいなくなったら、一体誰がマッテンローを纏めあげるんだよおおっ!!」

「王にも一体何て説明したら良いんだあああああああ〜〜っ!」


 ん? 今、イゴウルって言わなかった? マッテンローってこの先にある火の縄張りの鍛治師が集まった街で、俺達の目的地だよな。


「えっと……その親方さんの名前って……何て言うんですか?」


 俺はなるべく動揺を抑え込んだまま、筋肉が隆起した男の肩に触れて問い掛けた。


「ばっか野郎! 火の縄張りの親方って言ったら、イゴウル・グレン様以外にいる訳ねぇだろうがあああっ!!」

「馬鹿はお前だあああああああああああっ!!」

「ーーへぶんっ⁉︎」


 俺は全力で男をビンタし、一瞬で態度を切り替える。

 目標が火山にいて現在絶賛危険中なら、動くに決まってんだろうが。


「おい……筋肉馬鹿共、さっきの話は変更だ。俺を火山まで案内しろ。朱厭はママンとシルフェに伝言を頼む。必要時は影転移で呼ぶから、伝言を伝え終わったら念話を送ってくれ。妲己は休ませろ」

「ハッ! ご武運を!」

「さて、蜘蛛狩りだな。さっさと案内しろ筋肉馬鹿共!」

「えっ、ええっ? 坊や一人じゃ無理に決まってんだろうがぁっ!!」


 俺は唾を飛ばしながら襟首を掴んで来た阿呆に、容赦なくビンタを食らわす。


「ーーバフンッ⁉︎」

「ん〜、残ったお前等もああなりたいか? 言っておくが、俺はさっきの雷の百倍エゲツない攻撃が出来るぞ?」


 俺が指差した先には、泡を吹きながら気絶した二人の筋肉達がいた。

 残った男達は首をブンブンと激しく振りながら降参のポーズを取っている。


「じゃあ……さっさとイゴウルの元へ案内せんか馬鹿共がああああああああっ!!」

「「「「い、イエッサー!!」」」」


 ふむ。教育はしっかりとなされている様だな。皆背筋の伸びた良い敬礼をしている。


 ーー本当に、人助けも偶にはするもんだ。

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