第五章その6

 翌日、夏といえば海水浴だ。特に湘南は日本における海水浴発祥の地で、藤沢市の海岸部は東洋のマイアミビーチと呼ばれている。

 江ノ島が見える片瀬東浜海水浴場に到着すると、家族連れやカップル、若者グループに外国人で賑わう。

 砂浜に作られた海の家には日焼けした体格のいい陽気なお兄さんが客引きをし、特設ステージには湘南出身の年配のアーティストが、夏にぴったりな歌を歌って行き交う人の足を止めていた。


 光は海の家でサーフパンツの水着に着替える、ゴーグルを頭に着けて更衣室を出ると既にスパッツタイプの水着姿の望が待っていた。

「おーい光、こっちこっち」

 大きく手を振る望は背の低い童顔で華奢に見えるがあれでも筋力も体力もある。

「他のみんなは……まだもう少しかかりそうかな?」

 光はビーチサンダルを履いて望のいる日向に歩く、砂浜の地面は太陽に熱せられて焼き肉かお好み焼きの鉄板のように熱い、しばらくすると女子メンバーが続々と出てきた。

「光君、望君、お待たせ!」

 最初に一番小柄な冬花が出てきた。冬花は白の浮き輪を持ち、オレンジ色のフリル付きのワンピースタイプの水着を着て、天真爛漫な冬花らしく可愛らしさを重視した水着姿で頭にシュノーケルを装着してる。

「いよっしゃあああっ! 泳いで泳いで泳ぎまくるぞ!」

 続いて一番スタイル抜群の春菜が淡いピンクのタイサイドタイプのビキニにボーイレッグ姿で出てくる。元テニス部らしく四肢は長く引き締まっており、特にくびれと豊満な乳房は思わず息を飲む、アクセントとして手首や足首に派手なブレスレットやアンクレットを飾っていた。

 さすがの望も戸惑いを隠せないようだった。

「さすが桜木さん……エロいな」

「ああ、クラスメイトたちがエロい目で見てたのも納得だよ」

「お前も見て――いや、見るべきなのは風間さんの方だと思うよ」

 望は光に耳打ちすると思わずギクッとなって図星だと頬を赤くする、どんな水着姿だろう? 期待を胸に膨らませながら待っていると、千秋が夏美を連れて出てきた。

「ごめん、遅くなっちゃった」

 千秋は少し慌てた様子でいつものショートポニーテールに赤色のフレアビキニ姿で出てくる。春菜とは対照的にスレンダーなシルエットだが、彼女も元テニス部だけあって健康的な色気を醸し出している。

「夏美、恥ずかしがらなくていいのよ」

 千秋は優しく微笑みながら夏美の手を引っ張り、光の期待と興奮が徐々に上がっていく。

「えっと……似合うかな?」

 モジモジしながら出てきた夏美は長い黒髪を編み、アップスタイルにまとめて水着はシンプルな水色のトライアングルビキニに空色のパレオを巻いていた。

 それはまるで目の前に広がるこの青い空と海の組み合せだ。

「あっ……」

 光は思わず視線が釘付けになる。以前から薄々気付いてたが春菜には及ばないが胸は大きく、しかも制服姿からわからなかったがお尻も安産型で大きくて、太めの健脚の持ち主だった。

 冬花は瞳を輝かせながら夏海に歩み寄る。

「わぁ夏美ちゃんこの髪型可愛い! どうやったの?」

「千秋ちゃんがやってくれたの……」

 夏海は照れながら千秋を横目で見ると誇らしげに言う。

「お姉ちゃんから教わったのよ。まさかここで役に立つなんて思わなかったけどね」

「へぇ……さすが千秋ね、あたしには難しいよ」

 春菜は叶わないと言わんばかりに称賛する、光は舐め回すように夏海を見つめる。

「あ……朝霧君、どうかな?」

「す……凄く……かわいい」

 光は思わず視線を逸らして頬を赤らめる。正直直視し辛いけど見たい、光だって健康な思春期の男の子だ。ヤバい、特に風間さんのビキニをほどいて生のおっぱいが見たい、触りたい、揉みたい、エッチなことしてああ妊娠して欲しい! 下半身が固くなってキツくなってムズムズする。

 冬花は光の心情を見透かしたのか、無邪気に微笑みながら暴露する。

「光君、絶対今夏海ちゃんにエッチなことしたいって考えてたでしょ」

「ええっ!? なんで!?」

 言い当てられた光は動揺を隠しきれず露にすると、春菜も意地悪な笑みで見つめる。

「あたしは気付いてたよ……朝霧君も男の子だからね」

「ええ……あ、朝霧君……そうなの?」

 夏海は若干引き気味だ、見かねたのか千秋は夏海に耳打ちする。

「夏海、耳貸してあのね……」

「えっ!? う、うん……やってみる」

 夏海は短く甲高い声を上げたが、すぐに頷くと千秋はジト目で見つめながらニヤけて夏海は顔を真っ赤にし、裏返った声で精一杯強気の口調で言う。

「あ、朝霧君! み、耳を貸しなさい!」

「は、はい!」

 千秋にそそのかされた夏海になにかお仕置きのようなものをされると、光は確信する。

 望はニヤニヤしながら見てる。

「おお光、大好きな風間さんからお仕置きだぞ」

「う、うるさい」

 光は頬を赤らめながら夏海に耳を貸すと、こそばゆい吐息と甘ったるい声で囁いた。


「えへへ……朝霧君のえっち」


 光は思わず夏海の顔を見ると照れ隠しに悪戯っぽく微笑んでる。興奮状態が最高潮に達し、心拍数、体温、血圧が危険なレベルにまで上昇して意識が遠くなって目眩がしそうになると、真っ先に冬花が気付いて指差す。

「ああ! 光君照れてる照れてる!」

「お……泳ごう! ほらみんなも早く!」

「またまた誤魔化して、夏海のおっぱい大きいから触りたいなんて思ったでしょ?」

 春菜はニヤニヤしながら言うが、春菜も自己主張の強い立派なものをお持ちだ。

 千秋は青褪めた視線を冬花のほのかに膨らんだ胸に向け、その次に夏海のふっくらした胸に向け、最後に春菜の巨乳に向けたかと思ったら、今度は自分の胸を見つめる。

 ものの見事にまっ平らなフラットトップレシーバーだ。

「うっ……ううっ!」

「どうしたの千秋?」

 気付いた春菜だが、いたたまれなくなったのか千秋は海の方に向けて走りだし、慟哭した。

「うわぁあああああああっ!!」

「どうしたの春菜ちゃん! 大丈夫?」

 周りの人たちの視線が千秋に集中してるのを憚らず、夏海は心配して駆け寄ろうとすると冬花が深刻な表情で肩にポンと置いて止める。

「夏海ちゃん、そっとしておいてあげて」

 冬花も察していたらしい。ごめん花崎さん、僕も大きいおっぱいが大好きなんだ。

 

 透明度が高いとは言えない湘南の海で押し寄せてくる波を、タイミングよく潜ってやり過ごしたり、時には浴びて海面から顔を出すと、女子四人組は波打ち際で自撮り棒を装着したスマホで記念撮影してすぐに入ってきた。

 大方SNSにでも上げるのだろうと思った時、急に海水が冷たく感じた。なんだ? 急に寒気? 光は一緒に泳いでる望に訊いた。

「なぁ望、海の水ってこんなに冷たかったか?」

「ああ、この辺りの海は南から流れてくる黒潮と、北から流れてくる親潮がぶつかり合う場所だからね。温かかったり、冷たかったりするんだ」

「そうか、ありがとう……勉強になった。少し休むよ」

 寒気と共に嫌な予感がしたのはやはり気のせいだろう。それよりも少し休んだらまた楽しもうと、砂浜に敷いたシートの上で寝転ぶ。

 容赦なく照りつける眩しい太陽、どこまでも続く湘南の青い海と空、遠くに見える巨大な積乱雲や、微かに見える伊豆大島と富士山、そして僕たちを見守るかのように浮かぶ江ノ島。優しくて、楽しくて、本音で言い合える友達、そして可愛いくて、だけど芯の強い大好きな彼女。

 ふと光は自分が今幸せの真っ只中にいると気付いて微笑み、手の平を太陽にかざすと隣に夏海が体育座りして訊いた。

「朝霧君……どうしたの?」

「ああ、なんとなく……いや、今年の夏休みほどちゃんと夏休みしてるなってね」

「朝霧君なんか詩人か哲学者みたい、でもそんな気がする……一緒に本気で泣いたり、笑ったり、怒ったりできる友達がいて、こうやって朝霧君と過ごしてる」

「冬花達と遊ばなくていいの?」

 光は視線の先をビーチボールで遊ぶ望、冬花、春菜、千秋の四人に向けると夏海は少し申し訳なさそうに頷く。

「うん、春菜ちゃんが二人の時間を過ごして来いって」

 光は思わず苦笑する。夏休み前はあれほど睨みを利かせてたのに、春菜はもうすっかり光のことを信頼してるのだろう。

「それならのんびりしてられない、後でお礼を言わなきゃ!」

 光は立ち上がって手を差し伸べると夏海は幸せそうに微笑み、光の手を取って立つとそのまま手を繋いで歩き、海の家で少し早いランチにする。ナイスミドルな外国人が客引きしてるトルコケバブを一緒に食べ、デザートにかき氷を注文する。

 光はイチゴ味で夏海はオレンジ味で、夏海は早速幸せそうにかき氷を口にする。

「美味しい! かき氷なんて久し振り!」

「この前の火の国まつりで食べ損ねたからね」

 光は冷たいかき氷を飲み込む。そこで会話は途切れ途切れだが、食べ終わるとすぐに立ち上がってまた海へと駆け出す。

「さぁまだまだ遊ぼう!」

「うん!」

 水飛沫を上げながら走る光に、夏海もついてくると振り向いて思いっきり海水をかける。

「それ! どうだ!」

「やったね、えいっ!」

 夏海は負けじと反撃してくる。六月の晴れの日に一目惚れしたあの日、夏休み前に出会ったあの頃からは想像できないほどの眩しい笑顔、心から笑ってるのかもしれない。

 思わず口許が緩んだ瞬間、海水をもろに浴びてしょっぱい! 油断した……。

「ああ……ごめん朝霧君、やっちゃった?」

「やってくれたな……今度はこっちから行くぞ!」

「きゃああっ! しょっぱい!」

 光は女の子で自分の彼女だと遠慮してたがその必要はないようだ。波飛沫を浴びながら夏海も髪が濡れることを気にせずやり返す。

「負けないよ朝霧君!」

 そうだ! これが風間夏海の本質だ! 時折押し寄せてくる大きな波にも負けず、光に手加減なしでかけてくる。光の反撃をかわそうと体を捻らせた瞬間、派手な水飛沫を上げてうつ伏せに転倒して光は駆け寄る。

「風間さん大丈夫!?」

「しょっぱーい!!」

 すぐに起き上がって四つん這いになって顔を出す、この分なら大丈夫だろうと光は少し前屈みになって手を差し伸べると、夏海は全身を一八〇度回した。

 その無防備な体勢は誘惑するのを通り越して光の全てを受け入れるという眼差しだった。海水で潤った柔らかそうな唇に形のいい豊満な乳房、妖しく濡れた黒髪、光はもう理性が崩壊しそうだ。

「そ、そんなに見つめないで……恥ずかしい」

 夏海は頬を赤らめて視線を逸らし、光の心臓は激しく脈を打って手を差し伸べる。

「ご、ごめん……」

 光は夏海の手を握って引っ張って立ち上がらせ、目を逸らした瞬間固まった。

「どうしたの朝霧君?」

 夏海が視線の先を追う。その先にはスマホを構えてニヤニヤしながら撮影してる千秋に、顔を赤くして恥ずかしそうに両手で顔を覆いながらも指の隙間から覗く春菜、微笑ましそうに見つめる冬花に不敵な笑みで見つめる望。

「いつから撮ってたの?」

「う~ん、三分前かな?」

 冬花が悪びれる様子もなく言うと、夏海は海水を沸騰するほど顔どころか全身を赤熱させて光は青筋を立ててみんなに襲いかかった。

「い、今すぐ動画を消せぇええええええっ!!」

 それからそのままみんなで三時頃まで遊び倒した。

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