第1話 新歓失格
「では、新歓合宿の成功を祝して、かんぱーーーい!」
「「「かんぱーーーーーーい!」」」
五月中旬の夜――
俺たちはサークルで開いた新歓合宿の後夜祭として、飲み屋で飲んでいた。
「うぇーーーい、飲んでるかぁ、昂輝ぃ!?」
「うぇーーーい、飲んでる飲んでる~!」
俺の肩に手を回してきた小田に合わせ、上っ調子で盛り上がる。
「ちょっと、男子マジ飲みすぎぃ~」
「昂輝、佑大、ピースピース~」
酒の入った女たちがレンズを向けてくるので、俺と小田はスマホに向かってピースをする。
「はい残念~、動画だし~」
「ちょっ、止めろよ綾香ぁ~!」
ぎゃはははと笑いながら逃げ惑う女を、小田は追いかける。
「るかちんも、止めるんだ~!」
俺は女に走り寄り、抱き着いた。
「キャーー、ちょ、本当昂輝飲みすぎじゃない!? 止めてよ、皆撮らないでよぉ~!」
俺と女のやり取りを、同期が笑いながら撮影する。
俺に抱きつかれている女も満更じゃない表情で、俺の背中をぽかぽかと叩く。俺はそんないつものやり取りを終えると、すぐさま皆の中心に位置取った。
「はい皆さん、ちゅうもーーーーく!」
俺は新入生の中央に位置取り、音頭を取った。
「始まりました、新学期! 新しく入って来た新入生もこれから始まる大学生活を心待ちにして頑張ろう!」
うぇーい、と掛け声が上がる。
「春が終われば夏が来ます! 春は酒飲み、夏は酒飲み、秋も冬も酒飲み、とにかくお前ら酒を飲めーーーー!」
「「「いええぇぇぇぇーーーーー!」」」
がちゃん、とグラスを合わせる。
「僕たちで、最高の大学生活にしようぜぇーーーー!」
「「「ふううぅぅぅーーーーー!」」」
俺たちは飲み屋の中で、とにもかくにもどんちゃんと騒ぐ。
盛り上がった俺はサークルの同期たちの中に飛び込んだ。馬鹿みたいに笑って馬鹿みたいに飲んで、馬鹿みたいに吐いて馬鹿みたいに金を使う。
俺はサークルの中心人物として、ひたすらに場を盛り上げていた。
「大学最高――――――!」
これが、こいつらが求めている俺という人間だ。こいつらが欲している俺という人間性だ。
求められているであろう人間を正確に演じ、今日も輪の中に入り込む。俺はその日もまたいつものように馬鹿をやりながら、飲み会を終えた。
その後カラオケに行き、一睡もせず自宅に戻って来た。がちゃがちゃと家のカギをあけ、中に入る。
「……」
俺は連日連夜開かれた、五日間にわたる飲み会の最終日を終え、服も着替えずにベッドに突っ伏した。新歓合宿の前夜祭から後夜祭まで、五日間。例によって金を使い切ったので、またバイトに明け暮れなければいけない。
『近年、就職活動解禁の前倒しが進んでいます。依然として就職活動に意欲を見せる学生も多く――』
なんともなしにつけたテレビで、大学生の就活解禁日が早まった、というニュースが流れる。まだ俺には関係のないことだ。
「……」
俺はベッドの上で天井を見上げたまま、ニュースを聞く。大物芸能人の結婚だとかプロスポーツ選手の会見だとか、自分とは全く関係のない人間の情報が毎日洪水のように入って来る。そんな毒にも薬にもならない情報を駆使して、他者とのコミュニケーションを図る。人に合わせるのは、面倒だ。
大学生――それは、人生の夏休み。モラトリアムの期間とも言われる。
大学二回生の俺はその人生の夏休みを、存分に味わっていた。大した目標も理念も持ちあわせずにサークルの同期に代筆を頼み、講義を受けることもなく毎日毎日バイトと飲み会に明け暮れている。
皆と同じように飲み明かして、普通に彼女を作って、普通に就職して、普通に子供を授かって、普通に生きていく。
だが、それはいけないことなのだろうか。
人生は、平凡だ。例に漏れず、俺も平凡な人間だ。せめて平凡な俺に与えられる人生の夏休みくらいは楽しもう、と思いつくことはそんなに悪いことだろうか。
全く興味もないテニスサークルに入り。結局、二回生になった今でもテニスのルールすら知らないし、ラケットだって持っていない。
大学の、とりわけテニスサークルは飲みサーと言われることが多い。飲みサーと謳っていては外聞が悪いからなのかどうなのかは知らないが、テニスサークルなんて名は形骸化し、実体は飲みたい大学生たちが集まるサークルだ。オールラウンドサークルとも言われている。
同じサークルに入った同期も志は俺と同じで、代筆を頼み合い、助け合って生きている。
勿論、真剣に部活動に励む部活動もあるんだろうが、そんなことをして何の意味があるのか。プロになれる訳でもなく、その部活で食っていくわけでもないのに、一々練習なんてして、そんなことが本当に楽しいのか。どうせそれで食っていくわけじゃないのなら、毎日飲み明かした方が楽しいに決まってる。そんなものは、無駄な努力というやつだ。やるだけ無駄、惨めになるだけだ。
人生は、楽しんだもん勝ちだ。叶わない夢の為に努力をするなんて、馬鹿らしい。
それが、俺のモットー。人生観。
願っても叶わない夢を追いかけるなんて馬鹿な事はしない。俺は現実的に、今を生きる。そんな風に生きる俺たちを、世間はさとり世代というらしい。平凡な生き方しか出来ない俺たちが身の程を知ることは、悪いことなんだろうか。
取り敢えず、適当に彼女を作って大学を遊び明かす。それが、当面の目標だ。
「なぁ昂輝、講義行かないか?」
「お、どうした佑大、突然真面目アピールかぁ~?」
いつものように食堂でサークルメンバーと雑談をしていると、小田が突然に話しかけて来た。
俺はにやにやと薄ら笑いを張り付けて、小田を茶化すように言った。それが、俺に求められた言葉だからだ。
「いや、ほら俺ら最近講義行ってないし、もうすぐ試験だろ? まぁ、今回くらいは行っといたほうがいいんじゃないか? とか」
「あぁ~、なるほどぉ~。るかちんだけに任せてたら確かに代筆ちゃんとやってくれてるか
不安かもね~」
「だろ?」
小田にしては存外真面目な事を言うんだな、と思いながら、俺は席を立ちあがった。
「じゃあここで映像学の講義取ってる人いる~? 皆で行こう~!」
「あぁ~、マジ~。じゃあ私も行くぅ~」
「お、るかちんも来るのかい」
同期の山田がこちらに視線を向けることもなく、言った。
「仕方ねぇなぁ……じゃあ俺も行ってやんよ!」
「お、瑛士もかい。そうこなくちゃね」
同期の安藤も立ち上がった。
「じゃあ佑大、行こうか~」
「お、おう!」
俺は小田と二人を連れて、食堂を出た。
「それで聡助、俺のケーキじゃねぇか! とか言ったわけ」
「ぶっはははははは、超ウケるんだけど。本当聡助って変人だよね~」
安藤とるかちんは俺と小田の横で、笑いながら歩いている。俺たち全員が話し合うことが出来るよう一列になったことで、道幅を広くとっている。
「マジあり得なくなくない? そんな――」
「あっ……!」
道一杯に広がっていたからか、向かいから来た陰気そうな女と安藤がぶつかった。女は小さく悲痛な声を漏らす。
「ちっ……」
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」
安藤は小さく舌打ちをし、陰気そうな女はひたすら平謝りをしている。ああはなりたくないものだ。人生の夏休みたる大学生活を全く効率的に使えていない。ぶつかったのも、あの根暗な女が下を見て歩いていたからだ。
「あっ……!」
女はまた下を見て歩き出したが、安藤を避ける時にバランスを崩したのか、自分のスカートを踏み、無様に転倒した。
「ぷっ……」
女とぶつかった山田は笑いを噛み殺し、俺たちを見る。さすがにあそこまで無様だと見ていられない。俺は女の下に歩み寄った。
「すっ……すいません、すいません」
転倒した際に財布を落としてしまったらしく、女の財布からこぼれた硬貨がいくつか床を転がっている。女は小声で謝りながら、すり足で硬貨を集めていた。多くの学生が、迷惑そうな顔をしながら女を避けていく。女と一緒に硬貨を集めようとする人間は、誰もいない。
当たり前だ。どれだけ苦労していようと、困っていようと、それが自分の人生を邪魔するのなら嫌な顔をする。人間とはそういうものだ。
俺は散らばった硬貨をいくつか集め、女に手渡した。よく見てみれば、パソコンを運んでいる。体制を崩す理由が少しわかった気がした。
「あっ……すいません、すいません」
「お互い様だよ」
俺はにかっ、と女に笑いかけ、小田たちの下に踵を返した。
「えぇ~、昂輝あんなのがタイプなわけ? ありえなすぎ~」
「昂輝マジ趣味悪ぃ~、あんな根暗な女がタイプとか」
「いや~。なんかあの根暗な感じがそそるっていうかねぇ~」
戻ってみれば安藤たちに散々に言われたので、明るく茶化す。
「それに下見て歩いてんのマジヤバいんじゃない? 私ああいう根暗な奴大嫌いだわ~」
「分かる~」
山田と安藤は互いに顔を見合わせて、後方を振り返った。くすくすと笑いながら、女を嘲笑する。
本当に、大学生にもなって、ああいう生活はしたくはないものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます