第4話





「――…救出した三人と…かばんは、チーターやプロングホーンのような走るのが得意なフレンズ達に頼んで、近くにある【いりょうしせつ】に運んでもらいました。カルガモとかばんの傷は重いです。――特にかばんは…危険な状態でした」

「…しかし、【いりょうしせつ】にはフレンズの怪我を治す道具もあるし、手当てが得意なラッキービーストもいるのです。手先が器用なフレンズにも、手当てを手伝うように言付けました。手厚い治療ができるはずなのです」

「だから、大丈夫なのです。フレンズの身体は丈夫なのです。そう簡単に死んでしまったりは、しないのです…きっと…」




痛いほど重い空気が流れるホテルのロビー。




フレンズ達は、博士達の報告を神妙な面持ちで聞き入る。

キュルルはソファに座り、抱え込んだ膝に顔を押しつけていた。


「――状況は最悪なのです。ビーストの行動はますます凶暴性を増しているのです」

「このままでは我々は、安心して縄張りで生活することも不可能になるかもしれないのです」


オオアルマジロが、それじゃあ困るよ、と泣き言を漏らす。


「私達の縄張りが奪われちゃうってこと?」

「えぇー…?わたしのお気に入りの寝床がー…なくなっちゃうのはやだなー…」


アルマジロの言葉に、ジャイアントパンダが頬を膨らませた。


「仲間をあんなに傷付けて…その上縄張りも強奪するなんて…そんな横暴な行為を、許すわけにはいきません」


冷静に語るオオセンザンコウの口調は、いささか険しさを増していた。

ダンッ、と机に拳を振り下ろして、せや、とヒョウが怒鳴る。


「アイツらがウチらを傷付けて、縄張りを奪おうとするなら、ウチらはそれに反抗せなあかん!逃げとるだけやったら、好き勝手されて終わりやで!?」

「姉ちゃんに同感や!これはウチらフレンズとビースト達との、縄張り争いや!負けてられへんわ!!」

「アンタ達と意見が同じなのは癪だけど、アタイもそう思うわ。アタイ達の力をアイツらにわからせる必要があるよ、これは」


ヒョウに続いて声を上げたクロヒョウやイリエワニを始め、他のフレンズ達も次々とビーストへの抵抗を口にし始める。

ちょっと待ちなよ、とゴリラが部下達を制した。


「アンタ達も見てただろ!?ビーストの強さと凶暴さは生半可なものじゃないんだ。戦うなんて真似したら、大怪我を負う子がさらに増えるかもしれないし――」

「それは戦わなくても同じじゃねぇか。カルガモ達みたいに、突然襲われちゃたまんねぇぜ」


ゴリラの言葉を遮って、G・ロードランナーが拳を握って憤る。


「でも、戦うのが苦手なフレンズさんもたくさんおられますよ…?」

「えぇ……フレンズとビーストの全面衝突なんて、危険すぎますわ」


アリツカゲラとリョコウバトが、気を立たせているフレンズ達を落ち着かせようと冷静に指摘するが。


「へっ。あんたらは暢気でいいねぇ。地上で這い回ることしかできねーオレたちと違って、ヤバくなったら空に逃げりゃーいいんだしね」


ハブが苛立ちの混じった悪態をつき、口を閉じざるを得なくなってしまった。


「ちょっと!またそんな毒吐いて!」

「な、なんだよ…!だってそーだろ…!?」


オオミミギツネが、ハブの首元の紐を引いて制する。

本気で眉をつり上げるオオミミギツネの様子に、ハブは少したじろぎつつも反抗した。




――徐々にざわめきは、喧噪を帯びつつあった。




「やめるのです、お前達!!」


耐えきれなくなったように、博士が大きな声で一喝する。

フレンズ達は驚いて、静まりかえった。

集まる視線に、博士は小さく咳払いし、取り繕うように話を切り出す。


「と、とにかく今は戦わなくてもすむ方法はないか、皆で考えるのです。ビースト達と戦うのは…最終手段なのです…」

「――ビーストも、根本的には我々フレンズと同じアニマルガールなのです。アニマルガール同士の縄張り争いを避けるために、かばんは動いていたのですよ」


憔悴した声で博士や助手が呼びかけるものの、フレンズ達の反応は良くない。


「戦わなくてもって言われても…それこそあのビースト達をコントロールでもしない限り無茶な話だと思うわ」

「それができそうなそのかばんってヒトは……あんな状態ですし…」


悩むイリエワニとメガネカイマンの言葉に。




「――けど、まだヒトはおるで」




ヒョウが、ゆっくりとその言葉を口にした。

それを聞いて、ビクッと身体をゆすったのは――キュルル。


「ま、待ってください。キュルルさんはさっき怖い目にあったばかりだし…あまり無茶をお願いするのは良くないんじゃ――」


恐る恐る口を挟んだレッサーパンダの言葉に、少しの沈黙が流れる。

けどよ、と切り出したのはG・ロードランナー。


「プロングホーン様やチーターも、無茶を承知で危険な中【いりょうしせつ】?とかなんとかいうところまで走ってんだぜ?ビビってる暇なんか、ないんじゃねぇか?」

「のんびりしてる暇もないかもしれへんし…。海のビーストまで暴れ出したりしたら、ウチらだけやなくて海の子らも縄張りをなくしてまうかもしれへんやろ?なぁ博士?」


クロヒョウが博士に訊ねる。たしかに、その通りだった。

今ここにはいない海で過ごすフレンズ達にも、その内同じ被害が起き始める可能性も、否定できなかった。


「あり得ない話では…ないと思うのです」

「せやろ!?やからやっぱり、戦わへんのやったら…キュルルはんの力を借りへんとアカンと思う」

「ビーストにアタイらの縄張りから出て行くように、言って聞かせてもらわないとね」


フレンズ達が再びざわめき始める。

そのざわめきが耳に刺さり、目を伏せていても皆の眼差しが体中に刺さった。

膝に顔を埋めていたキュルルの、自分の腕を握る指先に、ぎゅう、と力がこもる。

キュルルの側で、ずっと呆然としていたサーバルが、それに気付いて不安げに表情を歪めた。


「キュルルちゃん…?」


バサリ、と翼を広げて、助手が待つのです、と声をあげる。


「先ほどから聞いていれば――お前達は何か思い違いをしているのではないですか?キュルルの力を借りると言うのは、そういう意味では――」







「――いい加減にしてよ…」







それは、小さな、小さな呟きだった。

それでも、その空間に大きく轟いたように、サーバルは感じた。



「さっきから勝手にいろんなこと言って、勝手に期待して、勝手に押しつけて――もう、いい加減にしてよ…!!そんなこと、ぼくには無理だよ!!」



地団駄を踏むように立ち上がって、キュルルは怒鳴った。

予想だにしなかった出来事に、カラカルが驚愕して狼狽える。


「ちょっと、キュルル!?」


それでもキュルルは、止まらない。


「かばんさんは凄いヒトだから、もしかしたらできたのかもしれない!でも、ぼくにはそんな力なんてないんだ!!」


思いの吐露が止まらない。


「みんな見てたでしょ!?かばんさんは勇敢にビーストに立ち向かったけど、ぼくには何もできなかった!ぼくとかばんさんを――いっしょにしないでよ!!」


嘆きが止まらない。


「ぼくはただ、おうちを探しているだけなんだ!おうちに帰りたいだけなのに!なんでそんな難しいことに巻き込むのさ!!」


怒号と涙が、止まらない。


「そうだよ!ぼくはヒトだよ!!けものじゃないんだ!!だから、フレンズとビーストの問題に……関係ないぼくを巻き込まないでよ!!」


止めることが、できない。


「キュルルちゃん、落ち着いてー…」

「か、関係ないは言い過ぎじゃないか…?サーバルとカラカルはアンタの旅を手伝ってるし、かばんも、アンタを守って……」


荒れるキュルルを宥めようとするジャイアントパンダと、やんわりと諫めようとするゴリラ。

しかし一度ぶちまけてしまったこの感情の奔流は、収めることができなくて。

収めるどころか完全に悪化し、本心ではない思いまでこみ上がってくる。

喉の奥から、黒い思いがわき上がる。


――これを吐いてしまったら、もう戻れないかもしれない。


脳裏に、僅かながらそんな最後の警告が走ったが。




もう、自分で自分をコントロールすることさえも、できなかった。






「――――……ぼくは、手伝ってくれとも、守ってくれとも、言ってない……!」






バシッ




鈍い音が一つ響く。

少し遅れて、キュルルはドサッとその場に尻餅をついた。

呆然とした顔の頬が、見る間に紅く染まって、ひりひりと痛み出す。

キュルルは表情を変えることもできないまま、そっと指先で痛む頬に触れ、自分の正面に立つ彼女を見上げた。

肩で息をする彼女は――カラカルは、キュルルと目が合った瞬間、我に返ったようにその息を呑んで、酷く後悔するかのように顔を歪めて声を漏らした。


「あ…」


振るったままになっていた自分の平手を見つめ、固まるカラカル。

そんな彼女の姿を見て、キュルル自身も自分がやったことの重大さに気付く。


「――~…っ!!」


キュルルはその場から逃げ出すように、踵を返して駆け出し、ホテルの階段を駆け上がった。

とにかく、誰もいないところへ、行きたかった。


「キュルルちゃん!!」

「待つのです、サーバル!……少し、一人になる時間をやった方が良いのです」


後を追おうとしたサーバルを制止し、博士は彼女の側へ行って囁く。


「…今はキュルルより、カラカルを落ち着かせてやってほしいのです」


博士の囁きに、サーバルはカラカルに視線を移す。

自分の手を見つめたまま固まっている彼女は、今まで見たことないぐらい悲しげな表情を浮かべていた。



サーバルはコクリと頷くと、カラカルの傍らに寄り添い、ソファに座らせてやるのだった。



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