第5話

 モニが飯を食うようになってからどれくらいだろう…、もう数ヶ月は経ってるか。


 モニとの会話も大分慣れてきたな。


 なにせ、ノート3冊分はメモしまくったからな。とにかくなんでも翻訳を書き記した。まぁ、此処から先はあまり新しい単語を書かなくなったが。


 というか、もう知らない単語はこちらの言葉で説明してもらえれば分かるし。わざわざメモを取るほどでもなくなってきたからだろうな。


 日本語で話してるときだって、わからない単語が会話に出てきてもメモに取らない。日本語で説明してもらえば十分意味はわかる。拙いけど俺もそれ位には話せるようになってきたってことか。


 しかし、途中で手に入れた杖の先に葡萄が付いてる奴が結構高価な物だってのはびびったな。


 えーと、なんだっけ、翻訳以外メモ取らないようにしてたからあやふやで…、あ、そうそう双子魔石だっけ。


 確か、昔こういった空に浮いている島にはモニと同じような種族が住んでたんだっけ。それで、各島々は空に浮いて流れてるから場所がわからなくなる。お互いの島に辿り着くためにこの双子魔石を使っていたと。魔力をこの魔石に流せば、お互いの方向に魔石が引っ張られる。その方向に向かって昔は飛んでた、と言っていたな。


 この双子魔石は、数が多ければ多いほど、魔石が大きければ大きいほど高価な物とも言っていたな。となると…、この杖の先についている双子魔石達は大分お値打ちもんだろうな。


 高ぁ~く買い取ってくれる人がいれば嬉しいけどね…、こんな変な所にあってもあまり意味ないっつーの。


 まぁ、いい。


 変といえばこの島も大分変なんだよな。モニはやっぱり人はいないと思うと言ってた。


 生き物なんて鳥くらいしか見ないし。…そんなところにずっと一人でいたメリィって…。


 いや、人がいないわけでもなかったのか…?最近の探索で、墓みたいな物も見つけたし、その隣に…、…ぉえっ…、なんか、白骨死体みたいなものもあったし…、詳しくは気持ち悪くて見れなかったけど。


 あまり思い出すのはよそう…。


 他のことを考えよう…、あの腐り掛けたネックレスが…、いや違う違う。何か別のことを…。


 あ、そうだ。この大陸のことも教えてくれたんだ。


 えーとなんだっけ、確か…。


 そう、この世界の名前がヴィドフニルってのを教えてもらったんだ。


 4つの大陸と、無数の浮島からなる世界って言ったっけ。


 あぁっと…、確か…、一番大きい大陸は俺みたいな人間が沢山いる、と言うよりほとんど人間だけだと言っていた。その分他の種族への差別がある。名前はハルダニヤ大陸。しかも、他の種族を差別的に扱う宗教を信仰している人間が殆どで、その宗教のせいで奴隷といった制度が、他種族に限り適用されるそうだ。リヴェータ教って名前らしいがあまりいいイメージはないね。まぁ、いいところもあるって言ってた。その大陸には1国家しかないせいか、戦争といったものがなく、治安は良いらしい。治安が良いなら一度位行ってみようかなって思ったよね、ゴミクズを罵るような口調で説明するモニを見るまではさ。


 二番目に大きい大陸は…確か南部大陸だっけか?種族連合国家郡とかって呼ばれることもあると言ってたな。数多の種族が暮らしているらしい。ほぼ一番目の大陸と大きさの違いはないし、人口もこちらのほうが多いらしいのだが、文化的な発展で一歩遅れているらしく、ヴィドフニル一の大陸とまでは呼ばれていないらしい。ただし、他種族に寛容であり、奴隷制もないため、移住希望者は多く、出て行く人間は少ない…だっけな。


 三番目に大きい大陸は開拓の大地。えーと…、またの名を冒険者の大陸。沢山の国や街が出来ていくが、同じだけ減っていく。理由は、一番開拓されている大陸だから。未開の地が多いが、その分資源が豊富。ただし、魔物や迷宮もたくさんあるため、危険が多い。開拓の需要が増えるに連れ、冒険者の需要も増えてる。後なんだっけ…、あ、確か、2番めの大陸と同じくどんな種族でも受け入れる。実力こそ全ての大陸。実際に多くの実力者はこの大陸出身かここで修行したものに多い。えぇっと…、アダウロラって人がこの大陸で有名な強い人、らしい。よしよし、結構覚えてるな。


 四番目に大きい大陸は不毛の大地。何もないかどうかはぶっちゃけわからない。ただ、その大陸に行くことが出来ない。今人類が海を渡る手段は船しかないが、どのルートでも海流が激しくとても大陸に辿り着けない。だから、実際に不毛の大地なのかわからないが、そう呼ばれてしまっている。…今思ったけど、これモニの種族なら飛んでいけるんじゃないの…?後で聞いてみるか。


 あとは…、最後に…、えと、…最後に浮島!そうそう、俺たちがいる所も浮島だったな。浮島は空に浮いている島。この島々は空に無数にあって、その中の幾つかにモニたちの種族が住んでいる。生まれたときから羽があり、空を飛べる種族はモニ達の他には殆どいない。ただ、モニ達の一族は一番大きい大陸の国、つまり、ハルダニヤ大陸のハルダニヤ国だっけな?と敵対している。もっと詳しく言うと、リヴェータ教と敵対しているのが正確なんだっけ。そのせいでモニ達は浮島に隠れ住むように住んでいる。種族名をナガルス族という。全体の人数は多くないが、空を飛べる有利と、高い魔力を保有している人が多いということで、ハルダニヤ国との戦いでもそこまでの悲壮感はないらしい。勝ったり負けたり位かなと言ってたな。浮島に他の種族が攻め入ることが難しいってのも有るんだろうな。守りは考えなくていいんだからそりゃ楽だ。とんでもない地の利だよ。


 そしてやっぱり、モニはこの一番目の国から逃げてきたわけだ。種族一丸となって攻め入り、捕まってしまったからなんとか隙を見て逃げてきた…。そして最後の最後、リヴェータ教の司祭に呪いをかけられた。


 この呪いはなんて言うのか?それがわかれば治す方法も有るんじゃ?と思ってどんな魔法なのかを聞いたら、しばらく沈黙し、だんだん顔が険しくなって最後に「シラナイ…」とほざきおった。


 …ぜってぇ~知ってるだろ!こんな時に何意地張ってんだよ!治す気あんの?みたいなことを聞いても「シラナイ…シラナイ!!」と意味不明な供述をしており、一向に捜査は進まないようです。…また風呂を人質に取るか…?


 ここ数ヶ月で彼女のことが少しわかった気がする。とにかく頑固。意地っ張りだ。


 モニの頑固さのせいで俺が深く傷ついた事がある。思い出すと涙が出てくる。この苦しみを忘れないためにも事件を風化させてはならないんだ…。


 えーと、どんな感じだったっけ…、…やべもう忘れて…、あぁ、そうそう、思い出した。


 最近言葉が通じるようになってきたから、この島を探索したんだった。色々な実や果物を集めてモニに教えてもらったな。その中で劇的な反応があったのがカラシの実…だったかな?これは、硬い殻に覆われた栗ぐらい大きさで、水にさらしてお湯で煮出すと泡が出てくる。つまり石鹸の実だ。そうなってくると、モニも女の子だ。体を洗いたいと当然言い出す。まぁ、ずっと風呂にも入っていない。最後に川に放り込まれたのは、まぁ、その、あれを放出したときだったしね…。それに俺も汗のベタつきがやばいことになってたし。じゃあ、まあ、ってことで、この洗剤で彼女の体と髪を洗ったよね。洗った後は、かなりすっきりした感じだった。つまり、このとき彼女は満足していた。満足していたはずなんだよ!じゃあ、モニの体も洗ったし自分の体も洗おうかなと思い、彼女の目の届かないところまで行こうとしたわけ。


「ドコイクノ?」


「?カラダ アライ、ムコウ」


「ナゼココデアラワナイ?」


「…?…ココデアラウ、モニ ミラレル」


「…………………‥‥…‥…ワタシハミラレタ」


「!…!?…………デモ、ショウガナイ…ショウガナ…イ…」


「ワタシハミラレル、アナタハミラレナイ、ズルイ」


「………」


「ワタシハミラレタ、アナタモミラレル、ズルクナイ」


「………」


「ズルクナイ」


「…デモ、ミラレル ハズカシイ…」


「ワタシモ、ハズカシイ」


「…」


「ワタシノホウガ、ハズカシイ」


「…」


 まあ、こんなの無視して遠くで洗えばよかったんだけどね。目がね。めっちゃ怖かったね。後無表情だったね。…怖かったね。

 でも確かに彼女の裸を見てるくせに、俺のは見せないのはフェアじゃない。…かな?…そうか?だって彼女を世話するためにしょうがなくやったわけだし。最初に洗ったのだって、ウ◯コの世話だったじゃないか。そこら辺どうなのよとモニを見たら、血走っていました。目が。お前それここで言ったら戦争だぞ?みたいな。思わず「ワカッタヨ…」って言っちゃったよね。


 そんなこんなで彼女の前で俺のストリップショーをお見せすることになったね。恥ずかしかった。そりゃあ恥ずかしかったさ……最初はね。俺は日本にいた頃帰宅部だったから、結構だらしない体だった。それがここ数ヶ月の強制節制食事生活。さらに魔力で体が丈夫になったからか、結構活発に浮島を探索しまくっている。体が傷つく心配がないからね。


 するとどうだい。ん?


 贅肉はこそげ落ちて、薄っすらと筋肉が見え始めている。


 あれ?俺結構いい体してんじゃね?と思い始めてから余裕が出てきた。最初は後ろを向いていたのだが、まずモニの方を向いて体を洗い始めた。


 最初は絶対ぇ~見逃さねぇぞみたいな目つきで見ていたモニも、俺が体を向け始めてから、え?あれ?みたいな表情になっていったよ。


 おいおいってね。これが見たかったんだろうって話だよ。


 俺は全身に光り輝くカットを見せつけるように体を洗い始めた。ボディビルダーのようなポーズをまめに挟んでいく。髪も体も洗った後、30分ほどダビデ像のポーズで立ち続ける。やっぱり地球の芸術も知ってもらわなきゃ…、って唐突に思ったんだ。理由はわからない。


 モニは顔を真っ赤にして目を反らしちゃった。だがおいちょっと待てよ、これで終わりじゃないゾ。なんせ、冷やした体は暖めなければならない。焚き火で。


 俺はゆっくりと、そりゃもうゆっくりと焚き火の前に行く。つまり彼女の目の前だ。偶然ってのは怖いもんだ…。


 俺は今自然と一体になっている。そもそも原初の人間は皆裸だったわけじゃない?アダムとイヴだってそうだったらしいし。つまり裸こそが人間の正装なんだ。…俺は何故今で服を着ていたんだろう。モニはもう下を向いてしまった。全身をくまなく暖めなければならない。どうすればいいだろう。!そうだ。俺はおもむろにハイキックのポーズをとる。


 うむ…これで全身余すとこなく「モウイイ…」「?」「モウフクヲキロ!」「マダ カラダ アタタマッテイナイ」「フクヲキテモアタタマルダロ!」「フクヲキタホウガアタタカイダロ!」…確かにそうだ。俺はモニの正論に従い服を着た。俺は裸で何をやっていたんだ。


 この事件のせいで俺の尊厳が大分失われてしまった…。悲しい事故だった。


 つまり、こんなことがあるくらい彼女は頑固だ。だが、意地っ張りな部分が自分の首を占めている。ふふ…、一つ大人になったようだな。俺は子供に返ったが。


 ちなみにだ。


 図らずも思春期男子が思春期女子の体を洗うというエロゲーまっしぐらのシチュエーションだったのに不思議とそんな気持ちにはならなかったな…。……いや、実はちょっとそんな気持ちになった。なっちゃった。


 けど、なんつーか…、目に入るんだよね、手足が石になってるところとかさ…。いくら何でもそんなもの見てそんな感じにならないっつーかね…。


 それに、洗われているときモニは本当に、なんて言ったらいいのか…。


 すごいリラックスしてると言うか、安心してると言うか、俺のことを…信じ切ってて…。


 ま、男として見られていない気がしてムカついたけど、まぁ、そこまで信頼されるのも、まぁ、…悪くないかな。うん。


 …日本にいたとき、ここまで誰かに信頼されたことがあったろうか。


 …いや、そもそも俺がそこまで誰かを信頼していただろうか。


 それよりももっと根本的に、俺は、周りの人間をバカにしてなかったか?


 こっちに来る寸前の頃は、俺はクラスでいないも同然の人間だった。授業中にゴミを投げられたことはあったが…。


 そんな態度取られたら俺だって信頼なんか出来ない。俺が悪いんじゃないって思っていた。


 …でも、クラス替え初日に、彼らの内の誰かが話しかけてくれた思い出がある。もう、顔も、名前も思い出せない。けど、いつもニコニコしてる奴だったと思う。…良い奴だったんだな、と今なら思える。


 その時俺は、なんかカッコつけた態度を取った覚えがある。詳しくは覚えていないけど…。


 元を正せば、元を辿れば、結局俺のせいで俺にゴミを投げつけられる人間になったんじゃないのか。


 俺が相手を信じていないのに、相手は俺を信じてくれるなんてそんな都合のいいことがあるのか。


 少なくとも最初に話しかけてくれた時点で彼は俺を信じようとしてくれたのではないのか。


 …それをふざけて茶化したのは俺なんじゃないのか。


 少なくとも俺はモニを信頼している。モニは俺に隠していることもあるし、俺のことを100%信頼しているわけではないだろう。


 でも、いいんだ。


 もしそれで俺に何か良くないことが起きたとしても。その時俺は、まぁしょうが無い、彼女にも何か事情があったんだろうって思えると思う。


 …モニを見てわかったことがある。


 人を信頼するっていうのは、その人から何か返ってくることを期待するものではないんじゃないかってこと。


 上手く言えないけど、相手が何をしようが、相手が自分を信頼していなかろうが、それでも自分は相手を信じると思えることこそ、相手を信頼していると言えるんじゃないか。


 クラスメイトは見ず知らずの俺を信じて話しかけてくれたのに、俺は彼らを信じることが出来なかった。そりゃゴミも投げられるってもんだ。


 だから、そこまで俺を信頼してくれるモニを裏切りたくなくて、いや幻滅されたくなくて、おっぱいを揉むこともしなかったし、そういう部分をなるべく見せたくない。…でもゴミをぶつけたあいつは許さないけど。


 あぁ、そうだ、魔法についても教えてもらったんだ。


 やはり魔法といったものがあるらしい。ただ、様々な流派や派閥があるから、練習方法も沢山ある。彼女はナガルス族で魔法を学んでおり、人間のそれとはまた違った習得方法だと言っていた。それに、使える魔法も人間とは違う部分が多いようで、教えられる部分が少ないとも言ってたな。それでも、魔法の全くない世界から来た俺よりもよっぽど知っていることは多いし、色々教えてくれとお願いしたんだった。


 魔法は向こうの世界に全く無かった力だからものすごく集中して聞いたよ。正直ほとんど暗唱出来るね。


 まず、魔法ってのは基本的に4つの属性に分かれる。火、水、土、風ね。やはりここは古典的なんだな、と感じたもんだ。モニの一族は風と火を扱うのが得意。その他の2つは殆ど扱えないと言ってたな。偶に土を扱える物もいるが、水に至っては今まで一人も扱える者はいないっていうのもなかなか偏ってるな。人間は部族というより個人の差が激しいらしい。四つ全部使える人間もいれば、一つしか使えないものもいる。ただ、基本的にすべての生き物は、習えば魔法は使えるとも言っていた。これは大変な朗報ですよ。


 でも、個人や部族によって使える魔法に違いが出る理由は良く解っていない。ある説によれば、基本的に全ての生き物は全ての属性を扱えるはずである、といった意見もあるのにだ。


 魔力については良く解っていない。らしい。


 これは高名な魔法使いが言っているそうだが、魔力とはこの世界にない力らしい。だから、この世界に来たばかりの魔力では、何も出来ない。


 そこで、腹の内から体を通し、魔力をこの世界にならして、放出する。そのときに火か、水か、土か、風になるらしい。だいたいこの4つが発現することから基礎4元素と呼ばれている。


 もちろん、他の様々な現象を呼び起こせるが、現象が多岐に渡っているため、全てを調べるのは不可能だ。というのも、自分が使える魔法の内容は人に教えないし、魔法に練達してくるとその個人に最も適した魔法が使えるようになってくる。そういった魔法が元々この世にあって辿り着いただけなのか、その個人がなにがしかを極めたことで新たに生み出されたのかはわからない。


 が、魔法の種類は魔法使いの数といっても過言ではなく、全てを掌握するのは無理だ。


 ただ、魔法を生業にしてる奴と戦うときは、どんなに弱そうでも油断するな。魔法使いの殺し方は、不意打ち一撃だ。相手に時間を与えると、どんな奥の手を使ってくるか解らないからだそうだ。…これは大変勉強になるな…。


 基礎4元素を発現させる魔法は属性魔法と呼ばれている。属性魔法を発現させるためには、魔力をゆっくりと体の中に通す必要がある。出た後のイメージも重要だが、その前に体の中の魔力がどう変質していくかに意識を割いたほうがコツをつかみやすいとのことだった。


 ということで、体の様々な部分を辿らせながら魔力を体の中に流している。


 火と土については発現した。正直めっちゃ嬉しかった。飛び上がって小躍りしていた。調子に乗ってモニに抱きついてめっちゃお礼いっちゃったよ。ついでに魔法を教えてもらっているときはモニのことを先生と呼ぶ。リアクションを見るに、まんざらでもねぇよこのねぇちゃん。


 先生の指導に従って、いつもどおり集中して魔法の練習をする。


 基本的に魔力を増やす事が重要とのことだ。


 属性魔法を使ったり、魔力を体に巡らせて体を丈夫にしたり、物に魔力を伝わせたりすると魔力が減っていく。


 魔力を使い切って回復する。これを繰り返すことで、魔力の増加を図るのが一般的らしい。


 ただ、魔力の増やし方についても諸説あるらしい。子供の頃にこの方法を繰り返した魔法使いが莫大な魔力をもつこともある。成年を超えて魔法の修行を始めて膨大な魔力を使っていた魔法使いもいるらしい。少なくとも生まれつきで全てが決まるような物ではないらしい。


 モニが言っていたことを俺なりにアレンジして現代的に例えるとすると、魔力は筋肉だ。世の中には、生まれつき足が速い人間だっている。ただ、その足の早い人間は、生まれつきものすごい筋肉を持って生まれてくるわけではない。たまたま、体の動かし方のコツのようなものを知っていたと言うだけだったんだと思う。筋肉を鍛えて正しいトレーニングを積み重ねていけば、生まれつき足の早い程度の人間なんてぶっちぎれる。魔法の才能というものはそんなもじゃないか。


 しかし、ここで重要なことは、正しいトレーニングという部分である。


 このトレーニング方法、どこの会派、派閥でも極秘事項としている。しかも、個人で高名な魔法使いでも、魔法の使い方を教えることはあっても鍛え方を教えることはない。


 正しく鍛える事が出来るという事は即ち、正しく魔法というものを理解しているということに繋がる。つまり、今までの研究成果を明け渡すような物か。ま、魔法の使い方すら教えて貰えることは珍しかったりするらしいが。


 そんなこんなで、趣味と実益を兼ねて魔力を増やす訓練をしている。


 バター塗り塗り食器を使って、石のナイフや斧を作ることもできる。なんてったってこの食器、魔力を流して使うと、石や木がスッパスッパ切れる。やばい。ただの鉄のヘラがなんでこんな切れ味に…。


 そして出来上がった石のナイフや斧で木を切り倒したりもできる。これで近頃は作れるものが格段に増えた。現代人の生活まであと10,000歩…。


 ま、この作業だって当然魔力を使うし、訓練にもちょうどいい。現代まで生活水準を上げるのは無理だが、すこしずつ増しにしていきたいな…。


 最近作った一番でかい物は小屋だ。


 …ちょっと見栄を張った。屋根付きのベッドと言う感じの奴。


 俺達がいる浮島でも雨は降る。珍しいが、降ることはある。


 モニを木の根元とかに移動させて凌いだりすると、どうしても濡れてしまう。


 いくらなんでもかわいそうだと思い、雨風を凌げる位の物を作ったけど、結構大変だったなぁ。


 木を削った板の様な物を何個か作り、板同士は蔦の様な物で固定した。結局かっこよく固定出来なかったからぐるぐる巻きになったっていうね。


 どうしても木と木を繋げなければいけない部分は、繋げる部分を削って組み合わせた。木組みってやつだと思う。…いや、ガッタガタなんだけどね。


 テレビで宮大工のドキュメントを見たときに、そんな風にしていたので見様見真似でやってみた。


 ぶっちゃけかなりヘッタクソだが、なんとか形になった。よし!これで完璧だ!と思ったらまぁ、水が滴り落ちる落ちる。


 あれ?そちらに隙間ございました?お初にお目にかかりますって感じだったね。


 他にも作り易さを重視して、屋根を真っ平らにしたってのもあったんだろうな。


 だからちょっと手間はかかるが、すぐに斜めがけの屋根を作って、板同士も瓦みたいにして繋げたらうまくいった。


 世の中の屋根が斜めにくっついているのはほんとに合理的なんだなぁ…。

 

 ベッドの部分はただの板だったから、落ち葉を敷き詰め、その上に布を掛けた。この布は大分厚手だったので、落ち葉のチクチクは気にならないようだった。


 この布はモニが最初に着ていたものだった。どうしても、その、匂いが取れなかったが、何度も何度も水洗いし、カラシの実をふんだんに使い、香りの強い花を敷き詰めることでなんとか心地よさを演出することが出来た。


 数日そのままだと、やはり落ち葉と花が腐ってしまうようで、頻繁に交換する必要があったが、なんとかなった。


 どうせ毎日彼女を洗わなきゃいけないし、他にすることもないしで俺の一日のルーチンに組み込まれている。


 ただ、彼女を洗っているときに、大きな痣が背中とおしりに出来ていたのを発見しちゃった。


 正直めちゃくちゃ焦った。病気!?それとも別の呪い!?


 やばいの?って彼女に色々聞いてみたら、気付いた。…これ床擦れじゃない?

 

 よく考えたら姿勢がずっとそのままじゃん。昼はなるべく座ってもらっているから、夜寝るときに寝返りが打てないからじゃない?


 試しに、夜なるべく頻繁に起きて、寝返りを打たせていると、しばらく経って痣がなくなっているのが確認できた。我天才。


 ベッドと床擦れの問題が解決すると、朝の叫び声が心なしか少なくなってきた気がする。


 一日中彼女につきっきりだからできることだけど、もし、仕事とか学校とかがあったとしたら、多分無理だ。介護って大変なんだなぁと思った次第で。


 取り敢えず、次は何を作ろうかなぁと考えていた時閃いた。


 風呂だ!風呂がないんだ!


 いくら暖かくて、川での水洗いに辛さがないとしても、風呂は必要だろう。


 風呂桶を木で作るのは技術的に難しい…、やはり石を削り出すのがいいのだろうか。


 しかし、石を削り出しても運べるか…?いや、運ぶ必要なんてないのか?水を溜めておける窪みだけ削り出して、水を入れる。その後魔法で、火をぶち込んでいけば温度は上がるだろう。


 今現在は野球ボールくらいの火の玉を作り出せる。削り終わる頃にはバレーボール位には成長してるだろう。…たぶんね。たぶん。属性魔法の訓練を続けてれば。


 そうと決まれば、早速削り出しだ。


 いい感じのでかい石を魔力を込めた石のナイフで削り出していると、モニが呟いた。


 「オカシイ…」


 「オカシイ?ナニカアッタ?」


 「ソウジャナイ、フツウハ、イシノナイフハ、イシヲタクサンケズレナイ」


 「フツウハ、イシガ、スグダメニナル」


 「フーン…」


 「モシカシタラ、ショーハ、マリョクヲソト二ダスヨリ、ナカデツカッタホウガイイカモシレナイ」


 「ソウナノ?」


 「ウン…、ショーハドウヤッテ、カラダニマリョクヲトオシテル?」


 「カラダノヒョウメン二トオシテル。ヨロイヲカンガエテ。カラダガツヨクナルカラ。」


 「…ソレダト、チカラガツヨクナラナイ。モットナカノニクヲトオスヨウニナガシテミテ。」


 体の中の肉?…そうか、筋肉のことを言っているのか。


 確かに、それは試していなかった。体が傷つかないようにとだけ考えていたからかな。体を丈夫にしたら、それで問題ないと思ってしまった。


 試しに腕の筋肉に魔力を流してみる。すると、少しだけだが力が強くなっている気はする。


 「ハジメハ、ウマクチカラガツヨクナラナイ。レンシュウイッパイスル。」


 モニが微笑みながらそう言う。…微笑ましいものを見る目で見ないでくれるかな…、恥ずかしい。


 「イチド、ツヨクナッタチカラヲ、タイケンスルト、クンレンシヤスイ」


 「カラダジュウノニク二、マリョクヲ、タクサンツカウト、ツヨクナリヤスイ」


 …なるほど。そんな訓練方法があるのか。


 「ヤルトキハ、スベテノマリョクヲツカウキモチデイク。」


 「チュウトハンパ、イケナイ」


 確かに、何事もやるときは全力だ。俺は深呼吸をしながら、集中力を高める。


 「ギュッシッシ~~~、ギュッシッシ~~~」


 メリィが俺のことを茶化そうと邪魔してくる。


 「メリィ! ジャマシチャダメ! イマダイジナトコロ!」


 モニがメリィを結構真剣に叱っている。珍しい。こんなことはあまりなかった。その剣幕に押されたのか、メリィも大人しく彼女の膝に着陸してる。


 これは期待に答えなければな。


 臍の下から湧き上がってくる魔力を溜めて溜めて、出来るところまで溜める。


 体の奥から変な音が聞こえてきそうだ。


 まだだ…、もっと、もっと貯められる。


 もう少し…、あとちょっと…、あと…、!


 今だ!


 「ハァッ」


 全ての魔力を全身の筋肉に流し込め!


 そう、そうだ!すごい!体中の筋肉が脈打ってるようだ。筋肉に流れる血液の音すら聞こえてきそうだ。それだけじゃない、すごい力が漲ってるのがわかる。このパワーと土の匂いがあれば完璧じゃないか!


 そう、何故か俺はすっ転んでいた。


 …ん?…あれ?なんで俺地面にこんな顔が近いの?


 っていうかダンゴムシみたいに丸まって動かなくなっちゃったんだけど。


 え?っていうか自分の体がびくともしないんだけど。


 自分の体の操作が出来ないってより、それ以上の力で抑え込まれているといったイメージか。


 息すらかなりし難い。た、たしゅけて…とモニとメリィに目線をやると、大爆笑してた。


 大!爆!笑!してた!!


 「プゥーーーーーーブフッ!ウフッ!ウファーハッハッハ!アヒャヒャヒャ~」


 「ブッシャーー―wwwwブシっwブシッwギュウウウゥゥゥゥ~~~www」


 なるほどね。どうやらはめられたらしい。


 …考えてみようじゃないか。何故こうなったかを。


 おそらく全身の筋肉が縮んでしまったのだろう。しかも、多くの魔力を流したことで、その効果がある程度続いてしまったのだろう。これは、単純に筋肉に魔力を流せば身体能力が上がるというものではないみたいだ。例えば、走る動きを強化するにも、太もも、ふくらはぎ、足首の筋肉を順番に強化しなければならないんだと思う。おそらく重要なのはタイミンファッ!


アファッ!アヒャッ!


ちょっと、お二人さん!何してるの!


脇腹やめて!いじらないで!


「アハッ!アハッ!アッヒャッヒャっヒャ!アヒャッ!アヒャッヒャッ」


今までこんな大爆笑したことあんのかってぐらい、笑っているモニ。


「 ギュ~~~~~~~~~シッ!ギュ~~~~~~~~~シッ!wwww」


 助走をつけて俺の股間にぶつかるぞと何度もプレッシャーを掛けるゴミムシ。


 俺は復讐を果たすと誓った。神様…今だけおらに力を貸してくだせぇ…。


 取り敢えず、やられっぱなしだと状況は悪化する一方だ。


 なんとか抵抗しなくては。


 「モニ、イイノカ? キョウハ、タップリ、テイネイ二、カラダヲアラウゾ?」


 セクハラをかまし、羞恥心攻めだ。


 「タイヨウノヒカリタクサンアルトコロデ、ユックリト、スミズミ、アラウゾ?」


 一瞬やべ!って表情をしたモニは、すぐに落ち着いた様子になる。


 「フーーーン、ソウイウコト、イウンダ」


 「センセイヲ、オドスンダ」


 あ、あれ?なんか思ってた反応と違うぞ?


 「マリョクガヌケタラ、マタハナシヲ、シマショウ?」


 そしてまた大爆笑しながら俺をくすぐり続けた。


 やめないんかい!


 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 魔力が抜けていくのがわかる。


 もう少しで体の感覚が自分の物になる確信がある。


 長かったぜ…。とんでもなく長かった。


 奴らはとことんまで俺をおもちゃにしやがった。


 くすぐりに飽きたら、俺の鼻を豚ッ鼻にして「ブヒッwwブヒッwww」とか言ってたし、俺のケツを叩いて「ススメ!ショー!wwww」と馬に見立てるし、ひっくり返して「オ~~~ヨチヨチ!デッカイアカチャンデチュネ~~~~wwwww」と一方通行ままごとをさせられるし。ていうかメリィすごい力あるんだな。簡単に俺をひっくり返しやがった。ニヤニヤしながら。…畜生がぁ…グスッ。


 でもこれで最後だ。もう終わりなんだ。


 「モウスグ、マリョクガヌケル。カクゴスルンダナ。」


 これはメラゾーマじゃない、メラだ。みたいなテンションでかましてやった。頭と手と足に石がうず高く積まれていなければ、奴らションベンちびってたぜ。命拾いしたなぁ…。


 「フ~~~~ンwww」


 「ダナァ~~~~wwwwwwナシッwwwwナァ~~~…ッシwwwww」


 奴らの余裕が気になるが、そんなこと言ってられんのは今のうちだからな。


 ほら、もうすぐ抜ける。もうすぐ…、あと少し…、来た!抜けた!


 「ハッハ~~~~!コレデモウジユウ”…ン”?あ、あれ?」


 …なんか…しびれてない…?


 あの…正座した後みたいなしびれが…全身に…。


 俺は冷や汗を全身にかきながら、理解し始めた。


 今触られたら、やばいぞ…。


 そしてニヤニヤしながら奴らがやってくる。もちろん体を動かせないから顔は見えないが、そうに決まってる。


 「ッフゥ~~~~~、ヒドイ…コワイワ…、アタシ、オドサレチャッタ…www」


 「ッヒ~~~~~、ンゴクッ、コワイ~~~~~…www」


 奴は俺を触る寸前でわざとらしく聞く。


 「ンネェ~~~~~…、ヤサシイ、ヤサシイショーダモノ、ソンナコト、シナイヨネ・・・?wwww」


 「コワイ~~~~~…wwwグヒッwwwコワイ~~~~~…wwwブシッwww」


 「………」


 俺は返事をしない。悔しいのもあるが、返事をするにも痺れるのだ。


 「………!ショー!ダイジョウブ!?ネェ、シッカッリシテ!!アタシスッゴクシンパイ!wwww」


 奴は俺の両肩に手を載せ、体を揺らぁ”ぁ”ぁ”っぁ”ぁ”あ”ぁ”あ”あ”


 「シ”ナ”イ”!シ”ナ”イ”!カ”ラ”!」


 「ホント…?」


 「……」


 返事は出来ない。やはり喋れば痺れることがわかったから。


 「ネェ、ホント~~~~?wwww」


 あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ん”あ”ぁ”ぁ”ん”あ”な”な”ん”あ”ん”あ”


 「ホ”ン”ト”!シ”ナ”イ”!ホ”ン”ト”!」


 「ヨカッタ~~~。ヤッパリ、ショーハヤサシイネ!ダイスキ!www」


 といって彼女は俺を全力で抱きしめ”ぇ”ぇ”ぇ”っっぇ”え”え”え”え”ぇ”ぇ”ぇ”…。


 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 しびれが抜けるまでタップリとおもちゃになった後、やっと開放された。


 オラの体だ…。ダイスキ…。


 どうやら、やはりアレは全身の筋肉の収縮だったらしい。よく先輩魔法使いがやるイタズラで、たまに師匠の立場にいる人すらもやる。


 ただのいたずらってだけでなく、魔力が抜ける時間から、魔力の保有量なんかもわかるらしい。あとは、生意気な後輩を〆るのにも使うらしい。くすぐったいだけで〆られるのか…?とも思ったが、アレを進めていくと、…出てしまうらしい。前から後ろから…。生意気な後輩の恥ずかしい思い出を握ることで、劇的に素直な人間になるらしい。…これを思いついたやつは鬼畜だね。マジで。


 今日も日課のニモの体洗いをする。約束を破って念入りに洗ってやろうかとも思ったが、ニモがこっちを見ている。ニヤニヤしながら。…今日は勝ちを譲ってやらァ…。


 カラシの実を石鹸のように使い、彼女の体を洗ってやる。髪も、手足も、羽も体もだ。ヤッパリ女の子だからな。なるべく綺麗にしてやらないと。


 洗った後は、焚き火の前に持っていき、魔法の風で乾かす。結局属性魔法は水以外の3つが使えるようになった。まだまだ弱々しいけど。


 今日も一日問題なく終わった。


 …実は最近ちょっと思ってることがある。


 ひょっとして、俺は今充実してるんじゃないかって。


 日本にいた頃は、行く意味のわからない学校に行って、誰とも話さず、学校が終わったらすぐ帰って、家にいるときはPCにへばりつく。


 あのときはそれが正しいと思ってたし、楽しいと思っていた。


 でも、こうして毎日動いて、訓練して、人と話をして、世話をするのは大変だけど、自分が満たされているような気分になる。


 日本にいた頃はあまりなかった感覚だ。ヤッパリ運動してるのがいいのか。


 だから今日も満足しながら眠りにつくはずだったんだ。


 モニの石化が進んでいることに気付くまでは。



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