quatre-vingt-treize
テキトーにって言われてもどうすりゃいいのよ?私はそのメールを見て固まってしまう。
「夏絵ちゃん?」
弥生ちゃんが心配してくれてる表情で私を見てる。うむ、どうしよう。
「えっ、あぁ、冬樹だった」
小久保じゃないけど私確実に挙動ってる。
「そう、『お腹空いた~』とかそんな感じ?」
「う~ん、それだけであれば良かったんだけど……」
さてどうする私。今ここで一番頼れそうなのは降谷なんだけど、それしちゃうとグルで抜け出そうとしてるのバレちゃうな。
「今小笹さんところにいるんだって、ただ家の鍵とお財布を持ってないらしいのよ」
「えっ? それ戻った方がいいんじゃない?」
木暮さんのひと言が案外助け舟になった。なので私はそそくさと荷物を持って立ち上がった。
「ゴメン、度重なる途中退席で。安藤、いくら?」
「一人四千円だけど今度でいいわよ」
いやそうはいかないと五千円札を手渡す。安藤は財布から釣りとなる千円札を出して渡してきた。
「次はゆっくりできるといいわね。落ち着いたら連絡する」
「うん」
私はさも慌ててますといった感じで席を離れる。
「夏絵ちゃん、月曜日ね」
「うん、お疲れ様」
多分だけど前回よりは自然に逃げられたと思う。私は降谷にちょこっとだけ感謝して店を出ると、またしてもメールを受信。
【そのまま駅方向に歩いてシガーバーに向かって。すぐ追いかける】
うん、その店なら分かる。降谷は葉巻を嗜むので私も入店したことがあった。私はタバコケースの看板をぶら下げているお店を目指し、脇目も振らず歩いていた。確かあの店は駐車場が無いはずだ。今日は歩いて来てるのか? と思ったら見覚えのある紺色の国産車が私を追い越していく、降谷だ。
この辺りはパーキングが少なく、ここだと駅北側の立体駐車場が一番近いはず。彼の方が時間がかかると思う、私はようやっと見えてきた看板を目指し早足で歩いていた。
「にしてもさぁ、お前ホント演技下手だよな」
指示されたシガーバーで無事落ち合った私たちは、静かな雰囲気の中カウンター席で酒……は私だけで降谷は葉巻をふかしている。
「いきなりあんなメール送ってこないでよ、びっくりするじゃない」
「けどあのタイミングで『よしっ、出るぞ!』ってのはさすがにできないわ、ちょっとずらして席立たないと中西に疑われる」
何言ってんのよ、木暮さんたちと仲良くしてるって今頃。
「そんなのいちいち気にしてないよ」
「アホ、アイツ『俺送ってくるわ』って一度席立とうとしたんだぞ。んなことされたら嘘がバレんじゃん、だから『俺明日仕事だから見つけたら拾う』っつってどうにか留めさせてから出てきたんだ」
えっ? 今日はこっちにマトモな視線すら送ってこなかったのに……案外ちゃんと気にかけてくれてたんだと妙に嬉しい気持ちになる。
「中西はお前のことちゃんと見てる」
「みんなのこと平等に見てるのよ」
てつこは人に区別や順位付けなんかしない。
「まぁ気は遣える方だけどさ、一番は五条なんだよ」
「そんなこと無いわよ。ってかどうしてそう思うのよ?」
「そうとしか見えないから」
降谷は煙を吐ききってからミネラルウォーターを口に含む。若い頃は格好付けてウィスキーとかバーボンとかと合わせてたんだけど、すぐ寝ちゃうからかえってダサいと今は水と合わせている。
「その話は一旦置いといて、さっきの店で木暮さんに何言おうとしてた?」
ん~、何だっけ?
「お代わりいる? 的な」
「嘘言え、まだたんまり残ってたぞ。中西とのやり取りが気に入らなかったんじゃないのか?」
あんなやり取り見せられて誰が楽しいのよ?
「気に入る気に入らないはどうでも良かったんだけど、押し問答ちっくだったから話題変えない?って言おうと思っただけ」
表面上ではそれくらいの台詞に留めるつもりだったから嘘は言ってない。
「あれくらい言ってやらないと改めないんだよ、木暮さんはそれを理解した上で言ってたんだぞ」
「それをするから更に悩ませるのよ」
「いいや、一周回って追い込まれて放棄しちまうんだよ。何度も何度もほじくり返して、その度に痛い痛いってな。そうなる前に周り見ろって言ってんだよ木暮さんは」
嫌な役買ってるのはむしろ彼女の方だ、降谷はそう言い切った。それでも私にはお母さん気取りにしか見えない、詭弁にしか聞こえない、言ってしまえばわざわざそんな役買わなくたっていいんだ。
そう言いたかったけど言えなかった、木暮さんが偽りない善意で言ってるのは分かってたから。だから余計に腹が立ったんだと思う、どこかで誰よりもてつこを理解してるつもりだったから、多分負けた気がしたんだ。
「……」
「ちょっとは頭冷えたか?」
それに気付くと、これまで取ってきた自分の行動が恥ずかしい。何か今の顔見られたくないなぁ。
「……ごめん」
「謝る相手違くないか? ってか謝られても困る」
そんな気がしてきた。態度を改めて謝意を見せても、木暮さんなら『何のこと?』って笑顔で受け流しちゃいそうだ。付き合いはさほど無いけどそんな気がする。
「……ありがと」
「どういたまして」
降谷の裏表無い笑顔にほっとして、残りの酒を飲み干した。
「どうする? もう一杯飲むか?」
「うん、明日休みだからもう少し飲む」
「ん、これふかし切るまでは付き合うよ」
降谷の言葉に甘え、私は同じお酒を注文した。待っている間に時計をチラッと見ると、まだ七時にもなっていなかった。このお店確か七時開店だったはずだけど……。
「すみません、早くに伺ってしまいまして」
私は厚かましく入店してしまったのが恥ずかしかったが、降谷とマスターさんは平然としていらっしゃる。
「構いませんよ。普段から六時過ぎには開けておりますので、常連さんは早めにご来店されるんです」
「そゆこと、だから早いけどまったりしたい時はここに寄るんだ。普通のバーだと八時からとかしか開かないじゃん」
腹減ったわ。降谷は意外と料理上手なマスターにピザを注文する。ここのピザはバケットの上にピザの具をトッピングしているのだが、これが案外美味しくてお酒が進んでしまう。
マスターはピザを作りに厨房に下がる。その間に葉巻をふかしていた降谷があのさぁ、と話を切り出した。
「まさかとは思うけど、佐伯から連絡あった?」
ん? これまでは『明生』って呼んでたのに。何となくだけど苗字呼びに変えると急激に余所余所しく感じる。『まさか』ってことは明生君は私以外に連絡先を教えていないんだと思う。
どうする? 繋がってはいないけど何度か連絡はあったこと、正直に話すべきか否か……私は返事に悩んでいた。
「その感じだと、あったな」
はぁ、私女優になれないわ。
「……あった。ただタイミング悪くて話はしてない」
「いや、むしろそれでいいんだと思う。そもそも関係にピリオドを打ってきたのは佐伯の方だ、自分で別れを決めてるんだよ」
「じゃあ何で今更?」
「知るかそんなもん。俺には理解出来ない」
と吐き捨てるように言ってミネラルウォーターをくっと飲んだ。降谷は“今”しか見ない、未来展望をすることはあっても、過去はほとんど振り返らない。座右の銘が【振り返るな、足跡に未来は無い】だもの。
「五条、佐伯のビジョンはどこにある?」
「えっ?」
降谷は時々理解不能なことを言ってくる。
「ごめん、言ってることが分からない」
「ん~。じゃあ未来にいるか過去にいるか、どっちだ?」
う~ん、どっちだろう? 考えてみたけど、過去寄りのような気がする。
「過去、かな?」
「なら無視でいい。未練と思い出で気持ちを再燃させても上手くはいかない、時間の無駄だ」
「そんな簡単に割り切れないよ」
一度は本気で好きになり、結婚まで考えていたんだもの。
「中途半端な繋がりは身を滅ぼすぞ。決めるのは五条自身だけど、当時と今の佐伯は別物だと思っといた方がいい」
むやみやたらに気を許すな。その言葉は降谷らしいと思ったが、私はまだ明生君との今後の付き合い方を決めかねていた。
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