soixante
「ちょっとだけ時間が欲しい」
今このタイミングとかマジ勘弁してほしいわ、電車に乗り遅れちゃうじゃない。
「いえこれから出掛けますので。今日は予定があるってお断りしたはずですが」
「ならいつ会える?」
「夜に連絡します、本当に急いでますから!」
私は先日お断りしたはずの郡司君が家まで訪ねてきたことに正直かなりイライラしていた。この男変な駆け引きしてくるくせに、ちょいちょい追いかけてくるような真似までしてきてどんだけ暇なんだよ? 何かもう何もかも面倒いわ! この際強行突破じゃ! と彼をすり抜けようとしたら思いっきり腕を掴まれてしまった。でもこの程度であれば簡単に解けそうね、私は思いっきり腕を振ってやると、手は外れたけど反対の手で更に掴んでこようとしてくるので今度はそれを弾いてやった。
「なつ」
「もう一度伺います、私今日は予定があるとお断りしましたよね?」
「けど俺あんま時間無いんや」
時間? 十分にあるよね? あなた私たちには『三ヶ月の長期出張』って言ってたけど実際は『異動』なんだよね? どこ情報かは分からないけどこの前まこっちゃんの話にもそのことが入ってた。それに先日の件で弁明に来た安藤も同じこと言ってたから多分間違いないと思う、それにあなたと安藤っていとこ同士なんだってね。
「へぇ、次の辞令が出るまではA県にいらっしゃるんですよね? 『異動』で来られてるんですから」
「イヤそれは……ちょっとだけ延びてるんや」
郡司君の視線はかなり泳いでいて、素人目にも嘘だと分かるくらいだ。ただこれさえも芝居となると私ではお手上げ、裏の裏まであるんじゃないかと思ってしまってるってことはそれだけ彼を信用していないということなのだろう……なんだけど電車かなりマズイ! 今からだと走っても厳しいかも。
「もう今そんな話してる場合じゃないっての!」
ここでキレたってしょうがないんだけど何かもう今もの凄っくムカついてます! 声に出さないと気が済まないっ!
「なつ、まだ居たの? 電車間に合わなくなるわよ……?」
と姉が玄関から顔を覗かせてきた。きっと話し声が気になって出てきたのね。姉は郡司君を視界に入れることなく車の方向へ歩きだし、軽くお出掛けできる服に着替えて靴もスニーカーを履いている。
「このままだと電車どころか会場にも間に合わないわよ、車出すから乗って」
姉は準備良く手にしている車のキーを操作してドアを解錠してる。
「あの、今僕ら話ししてるんですが」
「そうですか、妹はこの後多目的ホールへ向かうのですが。あなたもそのご一行様でしょうか?」
いいえこの男は無関係でございますよ姉上様。
「いえ」
さすがにそこは嘘吐けないよね郡司君?
「急ぎの用と伺っていますので日を改めて頂けません?」
「ですが俺となつにとって大事な話が……」
ってオイ! そこ巻き込むなよ! 私ちゃんと断ったよね? 今日は朝から予定があるから無理だって言ったよね? 同じこと何度言わせたいのよこの男!
「なら尚のこときちんと事前に約束を取り付けてください、さっきまでの会話全部聞こえてんだよ」
と途中からオス化する姉。今日はこれでもかなり控えめなんだけど郡司君こういうの慣れてないのかな? 何か固まっちゃってるけどまぁいいや、この際無視しちゃえ。
「なつ、遅れる可能性が出てきた事一応伝えておきなさい。なるべく間に合うよう飛ばすけど……そこ閉めっから出ってってくんねぇかなぁ?」
女言葉とオス化を見事に使い分けて郡司君を軽く撃退し……もといお引き取り頂くことに成功させた姉は何食わぬ表情で運転席に乗り込み、私も助手席に乗ってようやっと会場となる多目的ホールに向かう事となった。はぁ~、ここまでが長かった。
幸い道はさほど混んでなくてこの感じだと電車で行ってたよりも早く着きそう。姉は時々手荒な運転をするのでここで郡司君の話題には触れない方が良さそうだ。
「ねぇなつ」
「ん?」
「彼、郡司さんだったかしら? とはどうしたいの?」
おぅ? 姉の方から触れてきた、普段なら敢えて別の話題を振ってきそうなものだけど……何か良からぬ勘でも働いちゃったのかな? 姉は妹の私から見ても相当勘が良い、きっと郡司君に対して何らかの危険信号を察知してるのかも知れない。この手のことで外すことってほとんど無いからこれ以上の深入りはもう止めよう、困った時の姉頼み。
「う~ん、お付き合いしたいとは思わないかな。何と言うか、小さい嘘吐いたり腹の探り合いとかするタイプの人って疲れそう」
「そういった言動でもあったの?」
「うん。長期出張って聞いてたけど実際は異動だったとか、ただのいとこを恋人に見立てるような見せ方してきたりとか……そういうの見せられちゃうと彼の何を信じればいいのか分かんなくなっちゃって」
この前はテンションだだ落ち過ぎて誰にも言えなかったけど、安藤の弁明もあって精神的に冷静になれる時間が出来てきてるように思う。彼とのことは少々思い出に振り回され過ぎた、中学時代にあった黒い噂もあながち嘘じゃなかったのかも知れない。まぁ当時の事は今更どうでも良いんだけど。
「アイツ轢き殺していいよな?」
おっとまたしても姉をオス化させちゃいましたわ。
「いえそれは止めてください」
そんなので前科一犯とかやめてお姉ちゃん。
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