cinqante-six

「止めなってケイ! すみません、連れがお邪魔して」

 とこの前いちゃついてたらしき女性が相手を嗜めて……よりはもうちょっときつい感じか。この前はカップルっぽくしてたけど今見るとそうでもないなぁ、ってこの女……!

「安藤カンナ!」

 何でここで街エリアの奴と顔合わさにゃならんのだ! とは言っても鬱陶しいのは4Aと戸川くらいなもんで、この子には何された訳でもないんだけど。

「ゴメン五条、この前は不要な誤解を招いたね。細かい話は日を改めて……出るよケイ」

 安藤は杏璃にも軽く会釈してからケイという男と言うか郡司君の腕を掴むが、肉弾戦だと男の方が強いからあっさりと払われてしまってる。

「俺は彼女と話があんねん」

「別の日にしなさいよ、満席のレストランにズカズカ入ってみっともない」

 安藤はめげずに彼を連れ出そうとしてるけどことごとく振り払われ、店員さんもどうして良いものか少々困ってらっしゃる。取り敢えず大人しく出てってはくれまいか。

「なつ、俺の話を聞いてほしい」

 えっ? 今更何を? そうでなくとも今日は小学生と一緒にいるんですよぉ、少しは状況を考えようか。

「この後父が来るんです、お引き取り願えませんか?」

 えっ! てつこ仕事中じゃないの? 方便にしてもちょっとどうだろうそれ?

「子供は黙っとってもらえるかな? 大人には大人の話があるんや」

 何言ってんのコイツ? 大人であるなら満席のレストランにズカズカ入るの止めようか? そして子供相手だからと見下した態度を取るのも頂けない。中学時代の事とは言え私こんなのに片思いしてたの? うわぁ~我ながら男の見る目の無さに思いっきり落胆してるわ今。

「黙っておくのは……」

 私が言い返そうとしたところで……。

「アンタだよ!」

 安藤が言葉を繋げて郡司君の頭を思いっきり引っ叩いた。この子小柄で黒髪ロングヘア、それなりのお嬢様だから普段は上品そうにしてるけど意外とキャラキツめなのね、今更なんだろうけど知り合ってそこそこ長い割に親しくないからそれちょっとショックでかいわ。

「「「……」」」

 それは杏璃も店員さんも同じ考えだったようでポカンとしてらっしゃる、安藤はぶっ叩かれて怯んでる郡司君の首根っこを掴んで店員さんに頭を下げた。

「お騒がせして申し訳ありません」

 い、いえ……店員さんは何とか取り繕おうとしてらっしゃるけど表情は引き攣ってる。安藤はそれに構わず、郡司君を引っ張って店を出て行った。私はそれをぼんやりと見送ることしか出来ずにいたが、杏璃はさっさと立ち直ってケータイを操作してる。まさか本当にてつこを呼び出してんの?

 杏璃は私の疑問をよそに固まってた店員さんに声を掛けててつことの待ち合わせの段取りについて話してる。えーっとぉ、この後私はてつことも一緒に昼飯を食うってことで宜しいのかしら? 店員さんは杏璃との会話を終えると業務に戻っていく。

「ホントにてつこ来んの?」

「うん、配送教務でこの辺に来るって言ってたから『お昼一緒に食べよ♪』ってメールしてたの。時間的にどうなるか分かんなかったから言えなかったんだけど……あのオジサン・・・・よりはパパの方がずっと良いよね?」

 うんそうだね……郡司君でオジサン・・・・なら私もオバサン・・・・なんだろうか?十二歳の子にとっては二十九歳ってそうなのかも知れないと思うと、時の流れの残酷さを思い知ってちょっと落ち込んでしまいそうになった。


 思わぬ当たり屋に遭遇してから十五分ほどが経った頃、モスグリーンのつなぎを着たアラサー男性が店員さんに伴われて私達の居るテーブル席にやって来た。

「パパ!」

 杏璃の反応でお分かりの通りてつこの登場なのだが、それにしても今日は随分とよれっとしてんなぁオイ。

「どうしたんだよ? 急に飯なんか誘ってきて」

「ここの割引クーポンもらったの、せっかくだからいっしょに『大人のお子様ランチ』食べようよ」

 そういうことか……てつこはそう呟きながらなかなか座ろうとしない。杏璃の隣は荷物が占領、私の隣空いてるけど普通に考えたら恋人でもないのに娘の隣の方が良いよね?

「杏璃、荷物こっちに置きな」

「え~面倒い、パパなつのとなりに座んなよ」

 あらあっさり拒否られちったよ……そう言われたてつこは私の隣に座り、娘が迷惑掛けてないか? と訊ねてきた。

「ううん全然、アトラクションの趣味が合うから楽しいよ」

「そうそう、ばあばか体調くずしてから趣味の合う人いなくてさぁ」

「それはしょうがないだろ、得手不得手は誰にだってあんだからさ。そだ、ワイン美味しく頂いたよ」

 なんて他愛も無い言葉を交わしてると店員さんが徹子のお冷をトレーに乗せて来た。あぁ注文まだだったわ。

「失礼致します、ご注文はお決まりでしょうか?」

「てつこもクーポン使うでしょ?」

「じゃあ遠慮なく、『大人のお子様ランチ』って確か何種類かありましたよね?」

「はい。本日はカレー、オムライス、ハンバーガーからお選びいただけます」

 店員さんの言葉を受けててつこは私の方を見る。あぁ要は被らないようにしたいのね? この男人と同じの嫌うとこがあるから。食べたいもの食べりゃいいと思うんだけど、そこは何と言うか本人にしか分かんない拘りとでも言うやつなんでしょうかねぇ?

「私はカレーにしたよ」

「ハンバーガーをお願いします」

 あれ? 杏璃には聞かないの? オムライスだから被りはしないけど。

「かしこまりました、お飲み物はコーヒー、紅茶、オレンジジュースよりお選び頂けます」

「コーヒーで、アイスでもいいですか?」

「かしこまりました」

 店員さんはオーダーを復唱してから厨房へと引っ込んでいく。杏璃は私の隣に座ってる父を見て複雑な表情を浮かべてる。

「パパぁ、何でわたしには聞いてこなかったのよ?」

 あぁそういうことね、歳の割に大人びてる方だと思うけどその辺りは小学生だなぁ。

「オムライス一択なのは分かってたからだ」

「けどレイギはわきまえてほしかったなぁ」

 悪かったよ……てつこは苦笑いしてお冷を一口飲む。やっぱりそうだよね、いくら親子でも外では一人のレディとして扱ってほしいよね? 思春期が入ってくると子供扱いされるの嫌だもんね、私にも憶えがあるなぁそういうの。

「パパは乙女心に疎いから、そんなんで将来結婚出来んのかなぁ?」

「それは縁以外どうしようもない事だろうが、にしても……」

 と途中から口ごもるてつこ。ん? 何だ? この前ワイン渡した時みたく辛気臭い表情してるけどホントは何かあったんじゃないのあんた?

「何? ゴニョゴニョと歯切れの悪い」

 普段は歯に衣着せぬくらいにズバズバものを言ってくるタイプなだけにその態度気になるわ。

「……いや、何でもない」

「なら良いけど今日何かよれてない?」

「あぁ、昨日夜更かししたせいだな」

「パパったらこの前からずっと新作ゲームに夢中なんだよ、オトコっていくつになってもシュミシコウが変わんないのかしらね?」

 マセてんなぁその言葉、けど確かに秋都にしろ冬樹にしろ趣味嗜好に関しては大して成長してないわ。姉も男だけど中身は女だから……というより付き合う男でコロコロと変わる、けど女って得てしてそういうところは誰にでもあるんじゃないかな? 自覚は無いけど私もそうだったんだろうか?

「『ブレない』って言ってほしいよ」

「はいはい、ものは言いようだね」

 娘に軽くいなされて若干ヘコんでる父てつこ、そうこうしてる間に三人分の『大人のお子様ランチ』と飲み物が運ばれてきた。カレー、オムライス、ハンバーガー、アイスコーヒー、ホットティー、オレンジジュースとてんでバラバラ。店員さんがそれを違うことなく配膳し、ごゆっくりと言ってスマートに業務をこなしていた。

 私の前には『大人のお子様ランチ』カレーバージョン、辛いもの苦手なんだけどお子様向けの甘口カレーは大好きなのだ……って付け合せがらっきょかよ! 私らっきょ大っ嫌いなんだよねぇ、福神漬もあんまりだけど子供にらっきょってって思うのは私だけか。

「なつ、らっきょ食うからフルーツトレードしてくんない?」

 あーこういう時てつこの存在がありがたいわぁ~、杏璃もらっきょは苦手だもんね。因みにてつこは果物があまり得意ではなく好んでは食べない、特に柑橘は苦手としてる。

「うん、助かるぅ~」

 私は全く遠慮なくハンバーガーを乗せてる大皿にらっきょを置いてやる。てつこもフルーツポンチの入ってる小さめのガラス容器を私の方に置いてきた。

「注文する時確認しなかったのか?」

 尤もらしいことを言ってるあんただってフルーツポンチの確認してなかったじゃないの。

「子供の食べ物って認識じゃなかったんだもん」

「だから『大人のお子様ランチ』なんだって、ガチのお子様ランチには入ってないんじゃないのか?」

 まぁそう言われちゃうとねぇ~なんて言い合ってる間に杏璃はケータイでテーブルの上の料理をバシャバシャと撮影してる。心無しかこっちに向けられてる感じもしたんだけどきっと料理を撮ってたんだよね?

「写真はそんくらいでいいだろ? せっかくの料理冷めちゃうぞ」

「さっきブレちゃったからあと一枚だけ」

 杏璃は最後の一枚を撮り終えるとニヤニヤしながらケータイをいじり始める。てつこに後にしろって言われてたけど、返事だけしつつお構い無しでひとしきりケータイをいじってから満足げにオムライスを頬張っていた。

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