quarante-huit

「ふ~ゆ~」

「ん~? ……キャキャキャキャキャッ!」

 ちょっと込み入った話のせいで沈んでいた空気を少しでも緩和させようとしているのか、姉がお風呂上がりの冬樹にちょっかいをかけている。にしても冬樹ったら先輩に懐きまくってんなぁ……先輩も物凄く楽しそうにしてる。高校時代に読書愛好会で見せていた笑顔も素敵だったけど、こんなに無防備に笑ってる姿ってあまり見たことが無かったので何だかとっても新鮮だ。

「あの二人相性良いみたいだね」

 おぅ、秋都も二人を楽しそうに見つめてる。

「ふゆのお眼鏡に叶う男を探すのは難しいぞ、そう思ったらはる姉の男選びって凄いよな」

「そうだね」

 そう言えば姉がかつてお付き合いしてきた男性は全員家族との交流があった。冬樹も何だかんだで彼らとは一定の親睦を結んでいたのだが、きょうだい認定をしたり一緒にお風呂に入るなんて事はこれまで一度も無かった。

「そうなると彼はアウトだ、そんくらいのことは分かるよな?」

「そうかな? 一度きちんと向き合えば分かり合えると思うけど」

「俺はそう思わない、ついでだからいいこと教えてやるよ」

 秋都はテーブルの上に置いてある冬樹の百科事典を指差した。

「アレにルビがふってあるのは憶えてるよな?」

「うん、あの時期に文字教えたの私だもの」

 そう、二歳だか三歳くらいからすぐに読み終えてしまう絵本に飽きた冬樹が父の百科事典を読みたがったのが事の発端だ。しかし当然ながら平仮名片仮名はともかく漢字は読める筈がないので主だって姉が漢字部分にルビをふり、読めない漢字は辞書をひくという面倒な作業を始めたのだった。ルビをふり終えた順に読んでは続きを毎日姉か母にせがみ、自身は私をとっ捕まえて平仮名片仮名の書き方を教えろと接突いて一生懸命練習していた(しかも事典の文字に合わせられるくらいの大きさで書けるようになるまで)。

 冬樹は驚異的な早さでその技を習得し、両親が亡くなった頃には全ての事を一人でこなす様になっていた。百科事典と言うのは一冊で何百ページもあるのでかなりの時間を要していたが、記憶が正しければ一年弱で当時読めなかった漢字のルビをふり終えていたと思う。

「さっき兄貴がアレの中見たんだわ、『祖父さんの物と同じだ』って興味示してさ」

 へぇ……先輩のお祖父様ってどんな方なんだろ? 国分寺家具の会長さんだよね? お会いしたことは無いけれどお写真で見た限り質実剛健を地で行くような印象の方で、家具職人だった当時一人娘だったご夫人と結婚する際に婿入りされたって何年か前にタウン誌で読んだわ。

「んでビッシリ書いてあるルビの文字を見てはる姉の文字とふゆの文字を言い当てたんだ。さすがに母さんの文字は分かんなかったけど」

「そうなの? アレを三歳児が書いたなんて思わないもんね」

「だろ? 一発で信じた奴なんて皆無だったもんな。兄貴は前の方のページと最後の方のページを見比べて『文字の成長が顕著だから大人の文字じゃない』って。ふゆの奴それが嬉しかったみたいで兄貴に抱き着いてほっぺにだけどチューしてたぞ」

 う~ん通話中でもカオス状態だったのか。

「お姉ちゃんまた怒ったんだろうねぇ」

「いや、そのことでふゆが散々嫌な思いしてるの知ってるから大目に見てたよ。それ見た時改めてはる姉の男選びは凄ぇなと思ったよ」

 まぁそうなんだけど、姉の場合は引く手数多で選びたい放題だからだと思う。その分いい人が混じってる割合も上がるんじゃないの? そもそも私とはスタートラインが違う。

「私はお姉ちゃんみたくモテないから」

「いやそれは関係無ぇ、はる姉となつ姉は男選びの基準が違うだけだ」

 それどういう意味よ? 私の選び方が悪いって言われてるみたいで釈然としない。まぁ反論出来ない面もあるけど……ぶちぶち。

「はる姉は常に俺たちとの相性も含めて相手を選ぶから何だかんだで慎重なんだ。なつ姉は言い寄ってくれる相手を選ぶからまぁ言えば博打だな。けどそれって女だと普通なのかも知んねぇけど」

「そりゃそうだよ、女に生まれたからには愛されたいもの」

 そういうもんでしょ、男って何だかんだで積極的な女をビッチ扱いして若くて可愛い受け身の子を選ぶじゃない。

「それ何気に危険だぞ、さっきも言ったけどなつ姉の場合変な自信家が寄り付き易いから口八丁手八丁の悪いのに引っ掛かる危険性がある。まぁでも一遍くれえは痛い目見た方がいいのかも知んねぇな、何事も経験だ」

 何それ? まるで私がこれから恋愛失敗しますよぉのフラグ立ててるみたいじゃない。それテレビで言うフリってやつか?

「嫌よ、この歳で失敗したら立ち直れないよぉ」

「恋愛は年齢でするもんじゃねぇ、人それぞれタイミングが違うんだからさ。三十にもなってだのいい年こいてだのなんて雑音は無視するに限る、幾つになろうが自分らしい恋愛なり結婚を謳歌出来たもんが勝ちだ。未婚も既婚もバツも何もかも関係無ぇ」

 今日の秋都は饒舌だ。元々大人しい性格でもないのだが、こんなに掘り下げた事を言ってくるなんてそう無かったと思う。

「ねぇあき、今日酔っ払ってんの?」

 酒を飲んでもさほど変化の無い秋都だけど、夕飯時に飲んでバーでも飲んでるのでかなりのアルコールが体内に入っているはずだ。

「そうかもな。ちょっと喉乾いたから水でも飲むか、なつ姉は?」

「うん、貰おうかな」

「分ぁった、取ってくるわ」

 秋都はすっと立ち上がり、しっかりとした足取りで冷蔵庫へ向かっていた。


 翌朝六時、朝食までの時間を利用して朝風呂に入ろうという話になる。メンバーは秋都、冬樹、私の三人。昨日で外湯は制覇してしまったので今日は旅館内にある大浴場を利用する事に。姉は部屋の露天風呂に入ると言ってるし、先輩は昨日仕事をしてからの合流のせいで疲れたのだろう、まだぐっすりと眠ってらっしゃる。

「どうせ兄貴が起きたら懇ろかますんだ、俺たちは邪魔しない方がいいな」

 秋都の言葉に姉はしないわよと反論するが勿論スルーさせて頂く。

「うんそうだね~、朝ご飯何時から~?」

「八時だよね? 二時間あるからゆっくり浸かろ~」

 この旅館の大浴場の中に美肌の湯ってのがあるんだよね、それに入れば私のガサガサ肌も少しは潤うかな?

「僕の場合ぷるぷるを通り越してぶよぶよになっちゃうかも~」

 冬樹は私をチラッと見てニヤッと笑ってくる。要は私のお肌はガサガサだと言いたいのか?こんにゃろう! 今はまだ十代だがそう言ってられるのも今のうちだけだからな弟よ、ぶよぶよぐにょぐにょになったら塩振って干からびさせてやるよ。

「はいはい早く行きましょ」

「あれ~なつ姉ちゃん冷たくない?でも人が少ないうちに入っちゃお~」

 私たちはバスグッズを持って部屋を出た。

 

 別館にある大浴場に到着し、弟二人と別れた私は目的の美肌温泉を貸切状態で満喫している。はぁ~極楽極楽なんて思いながら浸かっていたが、昨夜姉から聞かされた話はやはりショックだった。

 まさか私がストーキングされてたなんて……しかも如月ミミズにかよ! ってのが余計に強烈に記憶に残りそうで胸糞悪い。思えばあのお茶レシピも私の為に良かれと思って的なやつかよ? うわぁ~マジできっしょいわ! あの顔思い出したら殺意が芽生える! 教えてくれたら投げ飛ばしたのに~! と思うけど、あのタイプってトチ狂ったら何しでかすか分からない感じもする。顔立ちこそ整ってるけどどことなく気持ち悪い印象があってぶっちゃけ最初から嫌いだったけども。

 にしたってあンのホストよりにもよって何であんなのを後任課長にしたのよ~? いやむしろ人事か……結果論だけどどんなセンスしてんのよ? もうず~っと九州に追いやっとけばこんな事にはならなかったのに~! と思ってもなっちゃったんだよねぇ……。

 今はG県の本社倉庫に監視付きで閉じ込めてるらしいし、社長の計らいで任侠セ●●が発動中なんだよね。確かに信頼出来るけどまさかここにまで来てないよね? G県はこことは方向が違うから大丈夫でしょ、海東家の監視は逃れられても任侠セ●●をかわすのは多分無理ね素人では。

 にしても全然気づかなかったー! 全く分かんなかったー! 上手く気配消し過ぎじゃない! と言いつつ姉は気付いてたんだよね? 自撮りモードで背後の写真を収められたから如月ミミズをお縄に出来たんだもんね、はぁ~私ってマジ隙だらけなのかなぁ? 正直軽く落ち込むわ。

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