quarante
「……」
「申し訳無いねぇ、生憎満席なんですよ」
小百合さんがある意味招かれざる客に申し訳無さそうに言う。
「いえ、客として伺った訳ではありません」
「そしたら何しに来たんだい?」
イケメンボイスの返答に小百合さんは眉を顰めてる。招かれざる客こと郡司君は他のお客さんの視線も一切気にせず奥に進み、私の傍らに立った。
「五条、ちょっと話せんか?」
これどうしたらいいんだろう? 確かに今日夕飯誘われたけど断ったよね? だってこの集まり八月から約束してたんだよ。
「今日じゃないといけない話で……なの?」
おっとまだ敬語が抜け切れないわ。
「あぁ、手間は取らせへんから」
本当なら日を改めてほしい、けど今じゃないといけないのであれば少し席を外すくらいご容赦願おう。この仲間たちはそんなに細かいことでグズグズ言う連中ではない、頑なに断り続ける方が店内の空気を悪くすることも十分に考えられたからだ。
「ちょっとだけ席外すね」
「おぅ、大根は貰うからな」
「何でよ! 私まだ食べてな……うわっ!」
私は物凄い勢いで体を引っ張られ、不可抗力だが郡司君の体に身を預けるような格好でずるずると店の外に引き出されてしまう。
「おいっ! ちょっと話すだけで何で荷物まで持ってくんだよっ!」
こうたの声を最後に私は店から連れ出され、すぐ前に停まっていた車に詰め込まれた。
「出してください」
郡司君のひと声で車は無情にも発車する。私の気持ちは無視か? ちょっと話をするだけなのに何で車に乗せられにゃならんのだ? これって拉致だろ! 今すぐ降ろせ!
「停めてくださいっ!」
「へっ?」
運転手の男性は素っ頓狂な声を上げながらもブレーキを踏む。
「停めんなっ!」
「はい? 一体どっちなんです?」
運転手さんは困惑していたが、車道のど真ん中で右往左往も出来ず仕方無く車を走らせているといった感じだ。
「さっき言った目的地まで行ってください」
「……」
運転手さんは肩を竦めるだけで返事もしない。そりゃそうだ、たまたま乗せただけなのか予約したのかは知らないが、全く関係の無いタクシーの運転手さんにとっては迷惑千万な客である事は間違いないのだから。
「女性客様、申し訳無いけど今停車するのは難しいです」
うんそうだよね、しょうがない。私は運転手さんが悪いとは思っていない、むしろこの方だって巻き込まれただけだ。
「はい、もう諦めます」
今日は幼馴染七人揃っての飲み会、楽しみにしてたのに。
「そう言えば女性客様。先程出られたお店からご友人らしき男性三名ほどが追いかけてきてましたが、せめてご連絡だけでも差し上げた方が……」
あっそうだ! 皆にきっと心配させてる! しかも明日朝から出掛けるのにあまり遠出はしたくない。
「それタクの運ちゃんが介入する事?」
郡司君は運転手さんの親切にケチを付ける。その言葉そっくりあなたにお返ししたい、私の予定を勝手にぶった斬ってこうなってるんでしょ?
「友達に連絡だけさせてください」
私のバック持ち出してるんだよね?
「……」
勝手ついたら物悲しそうな表情で同情買うとかやめてほしい、だったら始めからやらなければ済む話なのだから。なかなかバッグを返してくれない郡司君にしびれを切らしたかのように、静かになった車内でケータイの振動音が聞こえてくる。これは間違いなく私のケータイ、幼馴染七人専用のグループメールの着信バイブだ。
私は郡司君の体の後ろにあるバッグの紐を引っ張って体に引き寄せる。ビンゴ! 振動はバッグにも伝わっており、ケータイを引っ張り出すと三人どころか五人からのメールが続々と届いていた。まこっちゃんとげんとく君来てるんだね、まこっちゃんとは一年近く会ってないから今日会っておきたかったんだけどなぁ……。
こうた:【無事か!?】
ぐっちー:【ケガしてないか?】
てつこ:【こっちは大丈夫だから気にするな】
ぐっちー:【日を改めてまた集まろうな】
まこっちゃん:【その気になればいつでも会えんじゃん、有砂には上手く話しておくから】
げんとく君:【念のためはるさんには連絡したぞ。隙を見つけて連絡してやってくれ】
皆のメールは私を気遣う内容ばかりだ。あんな事があれば責め立てる気持ちが出てきても当然だと思う。いくら不可抗力とは言え私は公然と約束を反故にしたのだ、彼らの心意気には感謝の言葉しかない。
なつ:【ゴメンね、皆に迷惑掛けちゃった。無事だから心配しないでね、今度必ず埋め合わせするから!】
私は謝罪のスタンプを添えてメールを送信するとすぐさま返信があった。
ぐっちー:【それならちょっと安心、けどあの男誰なんだよ?】
こうた:【彼氏か?いるなら先に言っといてくれよ~w】
ぐっちー:【彼氏でもそれは迷惑だって】
こうた:【まぁそうだよな】
こうた:【今てつこから名前聞いたけど知らん】
ぐっちー:【ぐんじいっけい? そんなの居た?】
あんたら向き合って座ってんだから直接話せよなんて余裕の状況ではないけどコイツらは私の癒やしだ、例え恋人が居ようが大事にさせて頂く。今更だけど元カレはその辺りの事はちゃんと尊重してくれてた、彼自身も幼馴染は大事な存在だからって。大人数だったけど私たち七人と元カレの幼馴染グループ五人とでキャンプしに行ったのは楽しかったなぁ。いかんいかん、思い出に浸ってたわ。
「ご連絡、出来ましたか?」
運転手さんが親切に声を掛けてくださる、この人結構良い人だ。
「はい、友人たちには。心配掛けてしまった様で家族にも連絡したらしいんです」
「そうでしょうね、早く安心させてあげてください」
「そうさせて頂きます」
私は姉のケータイ番号を履歴から探し出して通話ボタンを押したところなぜかケータイを取り上げられ、勝手に切断されてしまった。
「今は俺だけを見てほしい」
何言ってんの? 誰のせいでこうなってると思ってんのよ?
「私今機嫌悪いの、ケータイ返して」
「やっと敬語が取れた」
「は?」
この会話皆目理解出来ない、噛み合ってなくてイライラする。誰かってかあなた解説してくださらない? 私はケータイを返してほしいのだが。
「敬語やと壁を感じる、さっきの奴らにはタメ口やのに」
何その言い分? やっぱり意味が分からない。
「いやいやアイツらとは物心付いた時からつるんでますから。ガキの頃から醜態晒しまくって長所も短所も知り尽くしてる間柄ですので……ってどうでもいいんですそんなこと、ケータイ返してください」
もう何か面倒臭い、とにかくケータイ返せ。
「また敬語……」
「ケータイを返してくださるまでこのままにしますが」
くどい様だがケーゴが嫌ならケータイ返せ。
「結構意固地やな」
若干不服そうではあるがケータイは無事に戻ってきた。私はどうもと言ってそれを受け取り、早速姉にと思って履歴を操作しているとタイミング良く姉からアクションがあった。
「もしもし」
『なつっ! 無事なのっ?』
あちゃ~やっぱり心配掛けちゃってる、一応拉致られてるけどこれ以上の事は多分してこないと思うから安心して……って出来ないわな、姉の立場からすれば。
「うん無事よ、ゴメンね大事になっちゃって」
『無事なら良いんだけど。いくら顔見知り相手でもテリトリーを侵すのはマナー違反でしょうが、こんなこと言いたくないけど付き合い方考え直した方が良いんじゃないの?』
う~んどうしたんだろう? 姉はこれまで割と自由にさせてくれていた。それなのに満田の一件から心配症が増しちゃってるというか何というか……でもさっき呼び出しの途中で切れちゃったから余計心配になっちゃったんだろうな。
「様子見ながらにする、なるべく早く帰るから」
『ん、分かった。明日は私が運転する』
「えっ? 大丈夫だよお姉ちゃん」
『それなら帰りお願い。それじゃ後でね』
姉は案外あっさりと通話を切った。
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