ガチで婚活三十路前 〜尻軽な友の企み編〜
vingt-six
「ただいまぁ」
久し振りに定時で帰宅したある日、最近では珍しく有砂が家に上がり込んでいた。パッと見た限り家族は誰もいない、お前どうやって上がり込んだ?
「お帰りなつぅ、あきならさっきバイトに出掛けたよぉ」
要は誰かがいた時点で上がり込んでたんだなコイツ。
「で、あんたいつからここに居んの?」
「ん~っとぉ、ふゆがまだ居た時間帯?」
だから何で疑問形なんだ? それって午前中から居たってことよね? 仕事は?
「何で?」
「なつに用があったから?」
「何故疑問形?」
「ん~、何となく?」
もうその疑問形面倒臭い。
「話済ませてとっとと帰れ」
「ちょい! それ冷たくない? あんたにとっては良い話なんだけどなぁ。聞きたい? 聞きたくない?」
「どっちでも良いな」
「んじゃお茶淹れるね」
有砂はさっと立ち上がって勝手知ったる我が家のキッチンに入ってお茶の支度を始めてる。この子色恋に関わる事は割と積極的で、料理もそれなりに上手かったりする。少なくとも料理が壊滅的という理由で恋愛対象から外されるということはまず無いが、尻の軽ささえ何とかなればさほどの粗悪品ではないはずなのだがね。
「有砂結局いつから居るの?」
「ん~、昼前くらいかな? はる姉さんが帰ってこないから昼飯作ってぇ~ってふゆからメールが来たのさ」
あら最近じゃ珍しいわね、新しい男でも出来たか?
「はる姉さん新しい恋でもしてんのかな?」
「そうかも、ちょいちょい朝帰りになれば確実ね」
姉は恋をすると分かり易い。特に最初は尽くしに尽くして彼の家に入り浸って甲斐甲斐しく家事をこなし、いともあっさりと相手の好みにあった
「今度はどんな感じに変わっていくんだろうね?」
「ん~、許容範囲内であれば何でもいいわ」
「あ~、バンドマンの時は困ったもんねぇ」
見た目に関してはそうかもだが彼は結構良い奴だ、秋都とは今でも親しくしてて、近隣でライブがあれば招待してくれる義理堅い男だ。姉はライブはおろか連絡を取ること自体遠慮していてるみたいだが、メジャーデビューの条件の一つが姉と別れることだったから彼の方は多少未練が残っているのかも知れない。
「あんなの全然マシ、ブルジョワの方が困る」
「何でさ? 奢ってくれるっしょ?」
「お姉ちゃん奢られるの嫌いなのよ、何でも自分で払いたがってそっちの方が大変」
そう言えばブルジョワ男と別れた後、部屋の断捨離で出てきた数々のブランド品……リサイクルショップでまぁまぁのお金にはなったけど、結構な散財っ振りに開いた口が塞がらんかったわ。
「まぁ何にせよ程々が一番だわさ、フツーの女は玉の輿なんて身の程知らずの夢を見るもんじゃないねぇ」
有砂はしみじみと言う。そう言えばおめーも人格が壊滅的な御曹司に気に入られて一時庶民感覚失いかけてたもんな。私あの時だけは友達やめようと本気で思ったわ。
「そうだね、あんたが言うと説得力あるわぁ」
「ホントマジそれやめて、未だに連絡あるんだから」
「へっ? ケータイ替えたんじゃないの?」
「そうなんだけど何故か調べられた。一体どんな情報網持ってんだよ~? って感じ」
それ個人情報保護法も型無しだな、金があれば何をしてもいいのか? 御曹司だからそれなりの地位もある、って言っても親のお陰だがな。
「多分つまみ食いした男の中にあんたの個人情報売った奴でも居るんじゃないの? そろそろ所構わずお股広げるのやめにしな」
「うん、そうするってその話しに来たんじゃないっての! 何でこうなったっ!」
あぁそうだったわね。で、何の用だ?
「今日はこれを見てほしくてここに来たのよ、ホラ」
と言ってバッグから取り出したのは一枚の紙。それ何ですの? と思って見たら名刺だった。
「先週ね、勤務先でそこの会社の全国会議があったのよ。それでお昼の弁当が足りなくなって右往左往してたら名刺の男性がお弁当を譲ってくれたのよ……」
【
私は名刺に印字してある男性の名前に釘付けになっていて、途中から有砂の話を聞いていなかった。郡司一啓……この名前を忘れるなんて有り得ない、子供の恋から一段階上がって初めてお付き合いしたいとかいう意識を持った男の子の名前だったからだ。
当時彼はちょっとした不良少年だった。出席順の都合で席は隣同士、友達がいない訳ではなかったけど、窓際最後尾の席だったのをいいことにいつも一人で外の景色を眺めていた。
最初は苦手だった。見た目も派手で悪い噂もあった為、何かに付けペアにされたりほぼ必ず同じグループにされるのが苦痛だった。それでも見てくれは半端なく良かったので取り巻きちっくな女の子も多く、何かあるとペアを変えてくれと言ってくる女の子も少なからずいた。
最初のうちは好都合とばかりよく変わってあげていた。ところが一度担任の先生に見つかって注意を受け、それを理由に断ったところその子の態度が急変し、ちょっと面倒な事態になってしまった。
『そんなの別にいいじゃない!』
『今は目付けられてるから勘弁して、ほとぼり冷めたら変わるから』
『それいつになんのよっ!』
『先生の都合だからそこまでは……』
そんなの私だって知ったこっちゃない。確かに変わってやった私にも問題はあったが、そもそも自分からではなく『需要があった』からそうしてただけなのだから。
『何や頼まれてただけなんか』
とボソッと呟く男子生徒こと郡司一啓は私を見て何故かニヤリと笑ってきた。
『ぐ、郡司君! あなたからも何か言ってよ!』
需要女は彼にターゲットを変えて何とか味方を作ろうとしたが……。
『言うって何をや? 何で五条だけが注意されたんや? あんたが注意されへんのはおかしいよな?』
『そんなの“島エリア”の親無しだからに決まってんでしょっ! ルックスと家柄を見れば私の方が信頼できるじゃないっ!』
あ~そうでしたそうでした、この子県会議員の娘だわ。
『信頼あるんは親父さんやろ、まぁ裏回ったら何してるか分からんけどな。それに脳みそと人格は五条の方が上やで、あんたとおってもおもんない』
『な、何よっ! ちょっと顔が良いからって良い気にならないでよねっ!』
酷いなその捨て台詞、さっきまでの態度は何だったんだ?
『静かにっ! チャイム鳴ってますよっ!』
先生の一声で騒ぎは一旦収まったが、彼は県会議員の娘に言ったことを先生にも問い質した。
『それは五条さんの方が聞き分けが良いから。依怙贔屓と言われればそれまでだけど』
『そういうことですか、でしたら今ここでその手のやり取りは一切禁止してください』
『分かりました、今後このような取引的なことは一切認めません。くじで決めた場合の番号の取り替えも同様です』
先生はみんなの前でそう宣言し、授業を始めますと言って教壇に戻っていった。それから私は一年間彼とペアで居続け、変わったことといえば彼が以前よりもほんの少し優しく接してくれるようになったくらいだった。それでもあの時無条件に庇ってくれたことが嬉しくて、気付けば彼と一緒にいるのがすっかり楽しくなっていた。
これはあくまで余談だが、程なくして需要女の父親は公職選挙法違反とやらで議員辞職した。そのせいでだと思うが彼女は取り巻きたちに見切りをつけられ、結果的に年末頃県外に転校していった。
「……ぅ~、なつぅ~」
あぁちょっと浸ってたわ、私は有砂に呼ばれて我に返る。
「その様子だと憶えてるみたいだね、郡司一啓の事」
「うん、同じクラスだったから。席も隣だったし」
「へぇ~、それだけ?」
有砂は私をジト見する。この子何勘繰ってんの?
「うん、それだけだよ」
私は淹れてもらったお茶をすする。
「まぁその辺のとこは別にいいわ。でね、お弁当譲ってくれたお礼をしなきゃいけなくなったから今度郡司一啓と会ってくんないかな?」
はぁっ? 何故そうなる?
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