trois

 その後のお見合いは何だか監視されているようで落ち着かず、結局何が何だか分からないまま終了した。霜田さんはとにかくマニアックだった、万年筆で一時間、“浪漫カフェ”で更に一時間語れるとか凄過ぎるわなんて思いながら時雨さんの車で帰宅してようやく着物から解放された。

「もう、ちゃんと畳まなきゃダメじゃない」

 私は着物を放置して部屋のベッドでグッタリしていると、姉の春香がお菓子と飲み物を持って部屋に入ってきた。ホントお顔綺麗だし女子力高いし気立ても良いから殿方にモテモテなのよねぇ。いやマジで羨ましいわ、しかもこれでだってんだから世の中余りにも不平等過ぎるっ!

「だって疲れたんだも~ん」

「だからってこの着物レンタルなのよ、最低限畳んで返却するのがマナーってもんでしょうが」

 姉は仕事柄着物を着ることがあって扱いが慣れている。私も手伝う事があるから畳めなくはないけど姉ほど上手くは畳めない。彼女を見ていると自分の中途半端っ振りに訳も無く落ち込む事がある。勿論姉の事は大好きだ、中一の時に両親が飛行機事故で亡くなって以来身を粉にして私たちを養ってくれた。

 だから姉は高校に行っていない、十五歳で水商売の世界に飛び込んで十六年、一家の大黒柱としてきらびやかな中でも堅実に生きている。そんな姉に私たちきょうだいは守られて育ってきた、だからなるべく早くお嫁に行って楽させてあげたいところだけど、肝心な私は振られっ放しの人生でそうは問屋が卸してくれない。結局何が言いたいのか? 単純に私は姉には勝てないのだ、永遠に。とは言っても振られっ放しなのは自業自得なんだけど。

「お姉ちゃん」

「ん~?」

「万年筆で一時間語れる人ってどう思う?」

 姉は綺麗な笑顔でフフッと笑うとそぉねぇ、と少し考えていた。敢えて姉の弱点を上げるとしたら何をしてもスタートダッシュが遅い事だ。何かを始めるのにとにかく悩む、質問してから返事をするまでの時間が少々長い、そして必ず一歩出遅れる……それで結構損してるところもあるけどそれは一切気にしていないみたいだ。

「とても一途な方なんじゃないかしら?」

 やっぱりそう思うんだ……うん、確かにちょっとかじってすぐに飽きちゃう様な人だと浮気性を疑っちゃうもんね。『多趣味』と言う都合の良い言葉もあるけれど、結婚相手となると私は『ごめんなさい』だな。

「ただねぇ、初対面でそれされるとちょっとウザイかも」

 うん、それは昼間思いっきり体験してきたよ、お姉ちゃん。う~ん、今回のお見合いどうしよう……悪い方ではなかったのよ、もう一回会ってみようかなぁ? 霜田さんがお付き合いしてくださるのであればの話だけど。

「良い方だったんでしょ? 一度くらいデート、してみたら?」

「気が早いよお姉ちゃん、まだお返事頂いてないのよ」

「そうかしら? ふゆと有砂ちゃんによると『お相手さん結構なつのこと気に入ってた』って聞いてるわよ」

 ったく二人ともお喋りなんだから!でもあの二人何で私のお見合いなんか覗こうと思ったのかな?

「どうもふゆはこの生活を壊したくないみたいなのよ」

「えっ? 何で?」

「これ以上家族が減るのが嫌なんじゃない? だってあの子ああ見えてかなりの甘えん坊だから」

 そうかなぁ? 冬樹は誰よりも賢くて今は一流国立大学の一年生、秋都なんかよりよっぽど冷静だと思ってたけど……姉の前ではまた違う顔でも見せてるのかしら? 私に言わせればかなり取り扱いにくい“面倒物件”だと思うけど。

「私には生意気だよ」

「そうかしら? なつに一番懐いてると思うけど」

 姉は私には無い、くっきり二重の大きな瞳を細めて綺麗な笑顔を見せていた。


 それから何日か過ぎ、時雨さんからお見合いの事で連絡があった。聞くと予想以上に私の事を気に入って頂けたご様子で、次の休日にでも会いたい、と言ってきたらしい。

「次の日曜日は出勤なんです」

「そう、だったら霜田さんの連絡先渡しておくわ」

「ってことは自分で言え、と仰る?」

「当たり前でしょうが」

 ですよねぇ。

「私あの声で万年筆に襲われる夢見ちゃったわよ」

 何? そのシュールな夢。要はあの万年筆談義が時雨さんに新たなるトラウマを作ったって事?うわ~恐るべし“しもだかげき”もとい“けいじゅ”、ってそもそも時雨さんにトラウマってあるんだろうか?

「まぁ悪い方ではないけどしばらくは遠慮したいわね」

 あの~私これからそのような方とお付合い始めましょうか的な感じなんですけどぉ……と言いたくなるけどここはぐっと我慢の子。

「まぁ夏絵ちゃんなら何とかなるんじゃない? 適当に抜けてるとこあるし、都合の悪いことは右から左だからねっ」

 時雨さん、何気にボロクソ言ってません? まぁ確かに万年筆談義も“浪漫カフェ”談義も半分以上は聞き流してましたよ。でも私頑張りました、だって寝なかったもん!

「まぁ寝なかっただけホッとしたけどね。正直隣でハラハラしてたんだから」

「さすがにお見合いの席で寝ませんよ」

「何言ってんの? 葬式や披露宴の席で寝るような子が」

 だってお経とか誰それさんのスピーチなんて催眠術にしか聞こえないんだもの、だったらもっと聞いてて楽しいものにしてほしいくらいだ。

「まぁきばんなさいな。それよりそろそろ春香ちゃんのお中元、届きそうよね?」

「えぇ、ココアがあれば持って帰ってください」

「毎年悪いわね、じゃあ今年も遠慮無く」

 こりゃ根こそぎ持って帰る気だな、先手打っときますか。

「……なんですけど、今年は一つ家に置いてってください」

「どうしたの?」

 「たま~に欲しくなるんです。それと初詣で姉が壊れました・・・・・

「春香ちゃんが? まさか……」

 時雨さんはそれで意味が分かったらしく顔色が変わった。これまでにココア争奪戦が二人の間で繰り広げられているのは知っていた。姉はたまにお菓子作りにココアを使うのだかいつも余らせてしまう、そうなると時雨さんもったいないおばけが現れて残りを全て奪われると言う構図が出来上がっていた。

『春香ちゃんはたまにしか使わないんだからもっと容量の少ないのを買った方が経済的よ』

 うん、言い分は分かりますよ時雨さん、でもね。

「ついに絵馬買って願い事扱いしてました」

「あの子そこまで病んでたか」

 はい、ああ見えて結構執念深いんです。

「分かった、一つ置いておくわ」

 時雨さんの笑顔は若干引き攣ってました、さすがの無敵艦隊(?)も負ける事があるようです。

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