003.盗賊戦
「はー、神は俺を見放したもうたか……」
フェン達の人型機は、戦車や人型機を擁する盗賊団に囲まれていた。規模はかなり大きいらしく、人型機は三体、戦車は旧式とはいえ、十両以上見える。
懸念していた盗賊団と、ど真ん中の邂逅である。
『見ろよアレ、旧式のソルジャーだ。今となっちゃ骨董品だぜ』
キーラは呑気にそんな事を言っている。フェンもその人型機を確認してみると、全体がブロック状の装甲で構成された、ブラックの無骨な機体――三十年以上前にリリースされた、A・D・インダストリアル製の人型機、「ソルジャー」である。しかも現代ではクラシックと呼ばれる種類――後継機である「ソルジャー-Ⅰ」とは違い、正真正銘無印のソルジャーだ。A・D・インダストリアルの人型機分野における、草分け的存在である。
ソルジャーは既にカタログからも姿を消している、恐ろしく古い機体だ。実戦投入されている姿など、まず見ることはできない。
「おお、確かに珍しいな。闇市でも見かけん」
『もはやこの世に存在しているのかすら怪しい機体だからな』
「あんなもんどこで手に入れたんだろうな」
『多分、セントラル合衆が横槍入れた両国独立戦争のときだ。あの時期でもソルジャーは珍しいが……A・Dが軍部にテスト機を安く売ってる。その中にソルジャーがあってもおかしくはない。当時のスクラップがどっかに残ってたんだろ』
「そいつを盗賊が見つけたってわけか……」
フェン達の人型機には、武器というものが殆どない。ルバートとの戦闘でほぼ全てを使い果たし、唯一と言っていい武器である剣型武装は、フェンの機体しか持っていない。キールの電磁槍は余りにも取り出す手間がかかり過ぎて、置いてきたのである。
この状況ならば投降一択であるのだが、投降したところで助かるかと問えば、首をかしげざるを得ないのが辛いところだ。
「おい、やれるか?」
『冗談よせよ……と言いたいとこだが、まあ仕方ねえ。戦車は潰してやるから、ソルジャーの方は任せたぜ』
フェンとキールはそれだけの言葉を交わすと、即座に動き始めた。これに驚いたのは盗賊達である。たった二体の、しかもボロボロに傷ついている人型機が、まさか抵抗を見せるとは思いもしていなかった故、彼らは既に成功したような、浮ついた気分だったのだ。なにせ、盗賊達は人型機三体、戦車は十五両の大部隊である。二体程度の人型機が抗ったところで、敵う筈がない。
≪や、やれっ!≫
盗賊のリーダーが慌ててそう叫んだときには、既にフェンの機体は盗賊のソルジャーの目の前まで迫っていた。ソルジャーのパイロットも何とか対応しようと動き始めたが、遅すぎる。
フェンは剣型武装を振りぬいて、腰の関節部を真一文字に切り捨てた。フェンにとって、経年劣化している合金を断つのは、余りにも容易いことだ。ソルジャーの上半身は浮いて吹き飛び、重苦しく地面を転がった。
「一体。不意打ちだがな」
キーラは人型機の巨大さに任せて戦車を真上から踏みつぶし、大地にめり込むほどにペシャンコにしている。そして、機体の足の下で戦車の砲弾が爆発した。乗員は間違いなく死んでいるだろう。ものの数秒の出来事である。
『アッハッハッハッハ! 戦車はペシャンコだから、その辺覚悟してよろしくゥ!』
通信機から届く声は、当然盗賊には届いていない。キーラの人型機には拡声器なんて気の利いたものはついていないのだ。しかし、行動そのものがメッセージとなったらしい。戦車は狂ったようにキーラの機体めがけて砲弾を放っている。
≪ふざけるな!≫
二体のソルジャーは装備している巨大な銃をフェンへと向け、乱射を始めた。これまた古い型のショートバレルで、連射性に優れてはいるが、威力はそこまででもない。
「
背部と脚部のブースターを一度に稼働させ、爆発的な加速を実現する。シンプルだが近接戦には欠かせない技術である。フェンは細かくブースターの方向を変え、ジグザグに弾丸を躱す。
Gの中和機構はとうに壊れているので、直接目まぐるしいGがかかるが、フェンにとっては慣れたものだ。唯一の懸念は、何かしら怪我人に悪影響を与えないかということだけである。
凄まじい速度で近づいてくるフェンに、ソルジャーのパイロットである盗賊達がパニックになったのは無理もないことであった。銃を小型のソードに持ち帰ることすらしていない。
フェンの刃はソルジャーの腕を切り落とし、加速の勢いのまま胴体も纏めて押し切った。敵の機体とぶつからないように、すれ違いざまの操作が一番気を遣うのだが、フェンは事も無げにそれを済ますと、正面のブースターを噴射させて、戦場の全体を見渡しながら減速する。
キーラは戦車を五両以上撃破しているようで、戦車の数が目に見えて減っている。残りの一体から発射されているミサイルが、フェンの方向へ飛んできている。小型の短距離ミサイルだが、ボロボロの現状では致命傷になりうる。
「二発か」
フェンは剣を投げてミサイルの一発を撃ち落とすと、ブースターを切って、機体を慣性に任せて地を滑るように動かす。ミサイルはどんどんと迫ってくる。減速する機体とミサイルの距離は、瞬く間に近づく。
≪死ね!≫
盗賊は命中を疑っていない。普通のパイロットが躱せる軌道ではないのだ。
尤も、フェンは普通ではない。
脚部のブースターを、右脚は正面に、左脚は背面に稼働させる。くるりとターンをするような動きと同時に、背部のブースターを斜めにリミット一杯まで噴射すると、その巨大な機体では考えられないような急な動きで、殆ど逆方向に近い方向転換した。ミサイルは目標を失い、煙の尾を上げて地面を抉る。
≪なんだそりゃあ!≫
いつの間にか、戦車は全滅していた。キーラの機体は潰れた戦車の残骸を拾い上げ、投げるような動作を取っている。そして、フェンに対して恐怖している最後のソルジャーは、それに気づいていない。
「あの馬鹿……」
『お仲間だ、受け取りな!』
キーラが勢い良く投げた残骸は、ほとんど盗賊の意識外—―背後から、ソルジャーに激突した。勢いよくたたらを踏むソルジャーは、図らずもフェンの方向へと向かってくる。恐らくキーラはそれを狙ったのであろう。フェンはおあつらえ向きにやってきたソルジャーを、すれ違いざまに斜めに断ち切った。エネルギータンクが損傷したのか、一瞬機体が光ったかと思うと、爆発を起こした。
機体の全体から放熱の煙を上げながら、フェンの機体は停止した。辺りにはかつての兵器の残滓が転がっており、戦闘後の真新しい傷が地面に刻まれている。
キーラも楽ではなかったようで、機体からは同じくらい煙が上がっている。そもそもキーラは機体に無理をさせ過ぎなのだ。巨体に任せた踏み潰しは確かに有効だが、脚部トルクへのダメージは無視出来ない。フェンならばひっくり返す戦法を取る。
問題無しとはいかないが、未だに機体が動いている事に対して、キーラの操作技術を褒めるべきか、機体の頑丈さを褒めるべきか分からない。
「なんだ、あっけないもんだな」
フェンは盗賊達のあまりの弱さに驚いた。数だけを見て警戒していたが、盗賊達の技術は素人に毛が生えたようなものだ。ルバートの特殊部隊と比べれば、まさに雲泥の差である。
元々戦争難民が盗賊に身をやつしたものだと思うので、操作技術の拙さは当然といえば当然だろう。彼らは人型機なんかには無縁の生活を送っていたのだ。盗賊となってからも数にかまけて、まともな戦闘をしたことがないのかもしれない。
「お疲れ」
『アッハッハッハ、警戒するだけ無駄だったな!』
二人は通信機越しに勝利の言葉を交わした。
「エネルギー残量は?」
『ヤバい。最低メモリすら残ってねえ。クソ、あの戦車ども、やたらめったら撃ちやがって!』
「こっちも加速に使ったからな。もう10㎞も動けないだろうな」
『ああクソ、せめてあのソルジャーが第二世代だったらな。初代は燃焼機関使ってるから、旧式の燃料なんだよ』
フェン達の機体に使われているエネルギーは、ピュアクローンと呼ばれるエネルギーである。ソルジャーに使われている合成流体エネルギーとは互換性がない。
「歩くか?」
『冗談よせよ。街にたどり着く前に干からびて死んじまう』
フェンは煙草を吸おうとして、切れていたのを思い出した。小声で罵倒の言葉を吐き、ピットの背もたれに体を預ける。
「ねえ……」
いきなり背後から声をかけられて、フェンは多少の驚きとともに振り返った。いつの間にかリンは目覚めており、上体を起こして、しっかりと光のある瞳でフェンを見つめていた。
「やはり五十錠25スーのヤツじゃ長持ちしないか……」
「あんなGがかかれば、誰だって目が覚めるわ。こういう仕事やってると特にね」
「ごもっとも」
フェンは携帯食料の缶を差し出しながらリンに近づいた。丸一日は何も食べておらず、空腹であろうリンに対しての気遣いだが、嫌がらせにしか思えない。それほどに不味いのだ。フェン自身も逆の立場なら切れてもおかしくはないが、残念なことにこの機体にはこれしか食料が無い。
この気の強そうなお嬢さんが喚き散らさないだろうかと、フェンは思った。
「ああ、それ、すごく不味いやつね」
「ああ、天国に吹っ飛ぶほどに不味い」
懸念は杞憂に終わり、リンは素直にそれを受け取った。一つしかない――つまりはフェンの使用済みのフォークを渡すことはためらわれたが、傭兵業をやっている少女がそんなことに頓着するはずもなく、半ば奪い取るようにして食事を始めた。よほど空腹だったのか、フェンでも少し引くような勢いで栄養食をかきこんでいる。
よくもまあ、あの味を口いっぱいに頬張れるものだ。フェンは畏敬のような感情を目の前の少女に対して抱いた。A級傭兵の底力というものを見た気がした。
「まずー……ご馳走様」
リンは瞬く間に食事を終えると、美しく整った顔をフェンへ向けた。フェンはやることもなく、その場に突っ立っていたのである。
「貴方、強いのね。何者?」
「フェン・レニックス。君のお仲間だよ。十四部隊のね」
「私はリン。ツミノギリン。助けてくれてありがとう」
フェンは昨夜との対応の違いに少し困惑した。そんな雰囲気が伝わったのか、リンは弁解するような口調で続ける。
「思い出したのよ。アンノウンと戦闘になって、私は負けたわ。強烈過ぎて記憶がまだ曖昧だけど……」
君を倒したのは同じお仲間だよ、とフェンは思ったが、当然口には出さない。わざわざ話をややこしくする必要はない。
「冷静になってみたら、貴方が助けてくれたのは分かった。アンノウンとの戦闘はどうなったの?」
「生き残りは三人だけさ。君の機体は素晴らしいことになってたんで置いてきた」
「違う、勝ったの?」
フェンはリンの瞳の中の燃えるような瞳を見て、多少なりとも驚いた。この少女は勝利というものにこだわりを持っているらしい。その貪欲な執念によって、A級まで上り詰めたのだろう。
「ああ、勝った。アンノウンは全滅だ」
同時に、そのどこか
この若さで妄執じみた情熱を心に宿すに至った境遇を思うと、フェンはリンに対して、多少は憐れみを感じるのだった。
『おい、アレはアンノウンじゃないぞ。ルバートの特殊部隊【
通信機から、そんな声が響いた。どうやらずっと盗み聞き――通信機の電源を切っていなかったフェンが悪いのだが――していたらしい。ツッコむところはそこなのか、とフェンは思った。
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