ウロボロス No.9~今や流浪のC級傭兵~
Kuszzyva
001.生き残りは三人
巨大な――七階建てのビルを超える大きさの人型兵器が、その機関部からスパークを放ちながら停止した。辺りにはバラバラになった同型の破片が散らばり、中には熱線によって溶けかけているものもある。
大混戦というのが相応しい戦いだった。傭兵から成る第十四部隊と、所属不明の機体軍――恐らくはルバート連盟の極秘部隊――との唐突な邂逅は、まさに青天の霹靂。敵も味方も無い滅茶苦茶な様相を呈し、数時間に渡る戦闘の果てに、この場に形を残しているのは三つの人型機のみとなった。
『生きてるか? それとも死んでるか?』
「ああ、ちくしょう、生きてるよクソッタレめ。お前も無事みたいだな」
『ああ。マジで今回はやばかった』
フェンはシステムがダウンしたコックピットの中で、一度踏み潰されて中身が零れた煙草に火をつけた。数時間ぶりの煙草がここまで美味く感じる事は、恐らくはこれ以降の人生で一度もないであろう――そう思えるほどの味わいだった。
「おい、もう一人の生き残りは?」
『ありゃもうダメだ。ガワこそ無事だが、ピンポイントでピットをぶち抜かれてやがる』
フェンは歪んだ扉をぶち壊して外に出ると、三つ目の形を保っている人型機の元へ向かった。戦場で人型機から出るなど自殺と変わりないが、どの道、システムはオールダウン、ボロボロの人型機が三体だけとなれば、中も外も同じ事だ。
「うはっ、こりゃひでえ」
その人型機は、胸部にあるピットを貫くようにして巨大な電磁槍が突き刺さっており、尻餅をつくようにして停止していた。それ以外の主だった傷はなく、シールドとほんの少しの装甲が弾丸跡に黒くなっているだけだった。
「な、ダメだったろ?」
金髪の優男――ついさっき通信していた、もう一人の生き残りである、キーラという男だ――が、フェンの肩を馴れ馴れしく叩いた。
「随分と腕のいいパイロットだったみたいだな。気まぐれな死神に目をつけられちまったらしい」
「分かるか? 実はな、こいつが敵機の最後の一個を潰した時によ、丁度よく俺の投げた電磁槍がぶち込まれちまったのよ。マジであれは不幸としか言い様がなかったね」
「マジかよお前……」
この腕の良いパイロットを天国に案内したのはキーラだったらしい。フェン自身も、今回の混戦では仲間の機体を壊したかもしれないが、それを嬉嬉として言う程じゃない。
しかしまあ、キーラの言い様も少しは分かる。この槍の当たり方は、正に芸術だ。もしこれをフェンがやったとしたら、少しは自慢したくなってもおかしくはない。
「まあ、一応生存確認しとくか?」
「無理無理、俺がやっておいたけどよ、通信機がぶっ壊れてやんの」
通信機はバトルスーツの胸部に固定されており、殆どそこから外れる事は無い。その通信機が繋がらないのなら、確かに生存は絶望的だろう。
「この機体のマークは……『RIOT-777』か。ラッキーナンバーだってのに、ついてないな」
「照合終わったぜ。パイロットはリン・ツミノギ。今回の傭兵軍で唯一のA級だとよ」
「A級って、あの少女か? クールっぽい黒髪の」
フェンの脳裏に、十四部隊が出発する前に格納庫で見た姿が甦る。スラリとした黒髪を腰まで伸ばした、傭兵には似つかわしくないほどに美しい少女だった。
他の傭兵達――とりわけ脳が下半身に直結しているような奴らがちょっかいを出していたが、ボコボコにやられていたのを思い出す。
「おう、そいつだな。惜しい事したよなあ」
「十六くらいだったろ? お前マジでやっちまったな」
「待て待て。冷静に考えてみると、こいつを殺っちまったのはルバートの奴らだ。A級を倒すなんて、あいつら強かったよなー」
「はあ、お前……」
フェンは適当すぎるキーラの言い訳を、呆れた心持ちで聞いていた。仲間殺しなんて不名誉は、傭兵業界で生きていくには、致命的とは言わないまでも、マイナスになる。
「結局生き残りは俺とお前だけか」
「おう、運のいいC級もあったもんだよな。この業界じゃ、運の良さが一番大事だぜ」
それにはフェンも同意した。いくら強くても、ちょっとの不幸で死ぬ可能性もある。目の前で沈黙する機体の、リン・ツミノギというA級のように。
「つーか、帰りどうするよ。俺の機体、システムが死んだんだが」
「どうせ電気系統だろ。修理用にこの辺の機体漁ろうぜ。
フェンはそこら中に散らばっている、かつては人型機だった鉄塊の一つに腰掛け、煙を吐き出した。
十四部隊の出発は日の出前だったが、今は既に昼を過ぎている。荒野のジリジリと照る灼熱の太陽が、フェンの灰色の髪を容赦なく熱した。
「ははっ、マジかよおい! フェン、来てみろよ!」
機体や金目のものを漁っていたキーラが、興奮したように叫んだ。フェンは何があったのかと問いかけながら、キーラの元へ歩いていく。
「おい見ろよ、生きてやがる」
「ほお、そりゃ運のいい……」
フェンの視界に入ってきたのは、焼けそうな程に熱い鉄の上に投げ出された、滑らかな黒髪。脇腹辺りに裂傷を負い、広範囲に火傷を負った、苦しげに失神している少女――死んだと思い込んでいた、リン・ツミノギだった。
「777は仕事したみたいだな」
しみじみとフェンが呟く横で、キーラがジロジロとリンの様子を見ている。
「おうおう、見ろこれ、スーツが焼けてやがる。火傷も酷いな、放電を至近距離で食らってる」
「お前が投げたやつだろ。それにしても、このままじゃ死ぬな。治療用キットは……」
「俺は持ってないぜ? キット用のスペースには上等のウィスキーが入ってる。尤も、今回の戦闘で割れちまったがな! Fuck!」
「ああ、お前はそういうやつだったよ」
フェンは自分の人型機から治療用キットを持ってくると、リンの治療を始めた。まず痛み止めを注射し、消毒水で火傷や裂傷を洗い、ガーゼを巻いていく。洗う時にリンは苦しげな呻き声を上げたが、一通りの治療が終わると、音もなく眠る様に呼吸を始めた。
「なあキーラ、後遺症残ると思うか?」
「火傷は残るだろうな。裂傷もまあ、この治療じゃダメだろ。早めに大病院に放り込んでりゃ、ちったあ変わったんだが。可哀想になあ」
「お前、治療費くらいこの娘にやったらどうだ?」
「おいおい、傭兵は自己責任だぜ?」
「よく言うぜ、自分の失態をルバートに押し付けようとしたくせによ」
「敗者は勝者のためにならないとな。さてと、終わりだ」
いつの間にか、キーラの修理用随伴機は機材を集め終わり、機体の修理に取り掛かっていた。フェンもひとまず機体の修理を優先させ、日が沈む頃には二つの人型機は一応動くくらいには回復していた。
「さて、この怪我人だが……フェン、頼むぜ。俺の機体に乗せると、ミンチになる可能性がある」
「お前のコックピットはどうなってんだ……」
「我が理想郷だよ。つまりは、空きスペースは無いって事だ」
そう言うと、キーラはサッと自身の機体に乗り込んだ。フェンもリンを背負うと、怪我人をあまり揺らさないように気をつけながら、コックピットに乗り込む。
「さーて、どこに寝かせるか」
ごちゃごちゃとしたコックピットの中から、必要ない機材を外へ捨てて、ある程度のスペースを作る。人一人が寝転がれる程のスペースに、簡易の寝袋に放り込んだリンを寝かせると、各部分をバンドで固定した。
「揺れで死なれちゃ困るからな。いやマジで……」
随分と広々としたピットに座ると、フェンは煙草を灰皿に放り込んで、機体の隅々までエネルギーを充填し、静かに発進させた。
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