『公安暗殺特殊部隊』 ~犯罪異能力者には死刑の罰を~

海藻

ジオ・シュバン



 

 四方がコンクリートの壁に覆われ、一切外の光を通さない小さく暗い部屋。

 その中に、一人の男がコンクリートの壁に凭れ掛かり座っている。


 手足は鎖で繋がれ、首にも大きな鉄の輪が付けられ、そこから伸びる鎖は壁にと繋がる。

 ここから逃げる事は許さないと、そう言わんばかりのもの。


 男が身動きする度に鎖がジャラリと音を立て、静かな部屋にそれが響く。



 この狭き牢獄に住まうのは『ジオ・シュバン』

 多くの命を奪った、凶悪で狂人な殺人鬼。



 ジオはこの日もいつものように目を瞑り、冷たい壁に凭れ時間が過ぎるのを待つ。

 ここでは何もすることはない。

 寧ろ何かを出来る状態ではない。


 真っ暗闇な上に、手足や首が鎖で繋がれていては自由に動く事すら不可能。

 常人ならば直ぐに発狂してしまいそうな状態ではあるが、ジオはこの状況を恨むでもなく、悲しむでもなく、ただ楽しんでいた。



 カツ、カツ、カツ──



「……?」



 不意に通路へと響き渡る靴音。


 その音は、ジオが居る牢獄の扉の前で止まった。



 ──こんな時間に何だ?



 ジオの居る部屋に時計など無い。

 だが何もする事の無いジオは、時折秒を数え時刻を計算していた。

 それもズレる事無く正確に。もはや得意技と言えよう。


 この部屋から出られる時刻は決まっている。

 食事、風呂、排泄。

 全て時間が決まっており、それ以外にこの狭き暗い部屋を出る事は許されない。

 そして看守がやって来る時刻も、普段は決して狂う事は無く──ジオが部屋から出られる時と、見回りの時にだけ看守は必ず来る。

 しかしこの日違った。


 ギギィと鈍い音を立て、扉が開かれると同時に、通路側の微かな光が部屋に差し込んだ。

 通路に設置された照明も、明るいとは言えない些細な光でしかないが、それでも闇に包まれる部屋にとっては十分な明るさと眩しさくれる。


 ジオはゆっくりと目を開き、長い前髪の隙間から、血の色を連想させる赤い瞳を看守へと向けた。


 肩に機関銃を掛けた看守は、感情の無い瞳と視線をジオに向け一言。



「面会だ」




 看守に無理矢理引き摺られる形で、ジオは牢部屋を出される。

 初めは看守一人だけが居り、その一人がジオの背に銃口を突き付けながら歩かされた。

 だが気付けばもう一人、看守が傍に着く。追加で現れたその看守の手にも、同じく機関銃がある。


 何かあれば、いつでもジオを撃ち殺せる準備はされているようだ。



 部屋の外に出されても首には鉄の輪から鎖が伸び、手は後ろに組まれ施錠され、そこからもまた伸びた鎖を看守の一人が握る。



 黒い囚人服に、鴉色の漆黒な髪。

 白い肌と犬歯を見せて笑い、血の色を思わす赤い瞳を持つジオ・シュバンを見た他の囚人達は彼をこう呼ぶ『悪魔のようだ』と。




「止まれ、ここだ」


「……」



 看守に連れられ暫く歩いている間は、ジオの頭には黒いフードを被せられていた。

 万が一にも建物内の構造、位置を記憶されない為だ。


 だが不意に、そのフードが外される。

 暗闇から一気に光が入り、思わず目を細めた。

 悪魔と称されたジオが連れて来られた場所は、所長室と扉に書かれた部屋の前。


 ひとりの看守が扉をノックする。


 すると少しして室内から返事が来たので、扉をノックした看守がドアノブを回してジオを連れ入った。



「ジオ・シュバン、連れて参りました」


「ご苦労」



 入ると直ぐにジオは、室内の観察を始めた。

 部屋の広さ、物の置き位置、武器があるかどうか。そしてその次に、目の前に居る女に視線が向かう。


 椅子に座り机に広げたファイルを閉じながら、女は妖艶な笑みを溢す。



「そなたが囚人の間で悪魔と呼ばれる男か」



 くはは、と笑う女は椅子から立ち上がり、ジオの前まで移動する。

 動くと揺れる長く綺麗な銀髪に、服の上からでもわかる魅力溢れる身体。



「我はアディル・ハンズ。所長をしておる。よろしくじゃ」



 アディルがジオに近付くと、看守の手によって鎖が引っ張られる。

 ジオが勝手に動かないように、鎖を持つ手に力を入れたようだ。


 目の前に立った頭ひとつ分は下のアディルを睨んでいれば、ジオの顔にファイルの先が向かう。

 何をされるのかと一瞬身体に力が入ったジオだったが、特別痛みを加えられる訳でもなく、ファイルの先端で長い前髪を退けられた。


 その下に見えた素顔に、アディルは僅かに頬を紅潮させて笑う。



「ほほお! なかなかに男前じゃないか! そなた、さぞモテるだろう」


「……俺に何の用だ」



 眉をひそめて一瞬不快気な表情を浮かべたジオは、アディルの言葉を無視して問う。

 すると髪を押さえたファイルが退けられ、さらりと前髪が落ち、ジオの顔は再び隠れる。だが隙間から覗く目が、アディルを真っ直ぐに捕らえた。



「そなたと少し話がしたくての。と、その前に……」


「──ッ!?」



 突如、首にチクリと小さな痛みが走る。

 何かがジオに首に刺さった。


 咄嗟に振り返ると、手に注射針を握る看守の姿。



「悪く思わないでくれ。そなたは凶悪な重罪人だからな、念のために爆弾を首に仕込ませてもらったのじゃよ」


「爆弾……」



 ジオの視線がアディルに戻ると、そこには手に爆弾のスイッチと思われる、小型の装置を持っていた。



「これを押せば、ドカーン! じゃよ。小さいが威力はある。そなたの首は簡単に吹っ飛ぶから、何も悪さはするなよ?」



 妖艶な笑みを浮かべながらも、アディルはさらりと平然に常識外の言葉を告げる。

 もしもこの場で抵抗、暴れようものなら、ジオの首は爆弾によって吹き飛ばされるのだろう。


 しかしそれを知ったところで、ジオは何一つ焦っている様子を見せるでもなく──それどころか、自身の首に埋め込まれた爆弾に一切の興味を示さずに、淡々と尋ねる。

 ここに己が連れて来られた理由を。



「……で、俺に何の話があるんだ?」


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