7 迷子の黒猫

 迷子の黒猫


「ねえ、あざり」

「だめだよ」

 樹の言葉にあざりは言う。

「僕のことなら、なにも教えてあげないよ。君と僕の間には、目には見えないけどね、ちゃんとした『境界線』があるんだよ」

 あざりはいう。

「境界線?」

「そう。境界線。『生と死の境界線』だよ。樹。君は生きている人間だよね。そして僕はもう死んでしまっている幽霊なんだ。僕と君の間には、そんな生と死の境界線がある。いいかい樹」

 そう言ってあざりは珍しくすごく真剣な表情で樹を見た。


「なに? あざり」

 樹は言う。

「いつかは樹も、僕の側の世界にくることにはなるとは思うけど、まだ早いよ。早すぎる。樹。君はね、たとえば、『すごく魅力的な僕のことを、君がどんなに好きになったとしても、絶対にこっちの世界にきてはいけないよ』。それを今、僕と約束してほしい」

 あざりは言う。


「あざり」樹は言う。

「なに?」

「僕とあざりは、……もう友達だよね」樹は言う。

 そんなことを聞かなくても、間違いなく樹とあざりは世界で一番仲の良い友達同士だった。(二人には、人間と幽霊という違いはあったけれど)


「もちろんだよ」あざりはいう。

「僕はあざりのことが大好きだし、あざりも僕のことが大好きだよね?」少し泣きそうな顔で樹は言う。

「そうだよ。僕は君のことが大好きだし、君も僕のことが大好き、だよね?」

「うん」

 樹は言う。(樹は思わずちょっとだけ泣いてしまった)


「でもね、樹。この際だから今、はっきり言ってしまうけどね、僕と君はずっと一緒にいることはできない。『いつかはさよなら』をしなくちゃいけないんだ。僕と君はそういう運命の間柄(関係)なんだよ」あざりは言う。


 その言葉に樹はなにも答えない。

 そんな樹のことをあざりは深い優しさに溢れる顔をして、じっとしばらくの間、見つめてた。


 そんな二人のところに一匹の猫がやってきた。(それは迷子の黒猫だった)

 その猫はあざりのところまで来ると、あざりの手に甘えるようにしてその頬を寄せた。

「よしよし」

 あざりが言った。

 どうやらその黒猫には、樹と同様に、なぜか幽霊の東雲あざりの姿が、ちゃんと見えているようだった。

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