東雲 しののめ

雨世界

1 ……君、変わってるね。

 東雲 しののめ


 登場人物


 楠木樹くすのきいつき


 東雲しののめあざり


 本編


 ……君、変わってるね。


 五月雨の日


「……君、僕のことが見えるの?」

 六月の梅雨の雨の中で、樹が家の近所にある神社の社で雨宿りをしていると、そこにはお賽銭箱の隣のところに立って、ぼんやりと雨の降る空と、それから神社の境内に生えている緑色の大きな木々を眺めている、髪型をポニーテールにした制服姿の樹と同い年くらいに見える、中学生の女の子がいた。

 その女の子は突然降り出した雨の中を走って神社の中に避難してきたびしょ濡れの樹のことを見て、すごく不思議そうな顔をして、そう言った。

「うん。もちろん、見えるよ」

 神社の社の短い階段のところに立って、樹は言った。

 樹の言葉を聞いて、女の子は目を丸くして驚いた。

 それから女の子は軽い足取りで樹のすぐ近くまでやってくると、「本当だ。僕の姿が見えるだけじゃなくて、ちゃんと言葉が通じてる」

 と、そんなことを樹に言った。

 その女の子は見たところ、樹の通っている洛南の中学校の女子の制服を来ていた。でも、洛南の中学校の制服であれば、スカーフは『水色』のはずなのだけど、その女の子は樹が見たことがない『緑色』のスカーフを首のところに巻いていた。

 樹がそんなことを考えながら、じっとその女の子の姿を見ていると、女の子はにっこりと笑って、それから樹のいる階段の段に下りてきて、樹のすぐ目の前までやってくると、そっと、その小さな右手を樹に向かって差し出した。

「よろしく。僕は、あざり。東雲あざりって言うんだ」

 と言って、樹が自分の手を握るのをその体勢のままでじっと待った。

 樹はその手とあざりの顔を交互に一度見てから、「……よろしく」と小さな声でそう言って、あざりの手を遠慮がちに握った。

「うん。よろしく」

 とあざりはもう一度、よろしく、と樹に言った。

 それが樹とあざりの初めての出会いだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る