前とは違う?2

 私の部屋に初めて来た立花主任と他の三人、態度が違いすぎて笑えた。


「ヤス兄、ソワソワしすぎ」

「女の子の部屋見回すとか最低」

「変態」

「つーかお前らが落ち着きすぎなんだろ!」


 弟と妹に責められた主任は大きな声を出しながら腰を上げて、でもすぐに私を見て大人しく座った。何なんだろう。普通にすればいいのに。


「部下の部屋でそんなに緊張しなくても」

「いやいや、女の子の部屋は緊張するよ……」

「モテないのバレるからあんま喋らないほうがいいよ」


 主任は日向の言葉に敏感に反応して肩を思いっきり殴っていたけれど、私は『女の子』という言葉に敏感に反応していた。主任の中で私は一応『女の子』なのか。


「三十路にして童貞疑惑」

「いや、それはない!」

「唯香ちゃんのほうが経験あるんじゃない?」

「へっ?」


 突然美晴ちゃんに振られて変な声が出る。主任がバッとすごい勢いでこっちを見た。


「唯香、あ、ごめん、柴崎さん、経験あるの?」

「えっ」

「俺唯香の元カレ全員知ってるよ」

「私も」

「ちょ、余計なこと言わなくていいから!」


 主任は驚いたように目を見開いて、そして「そっか……」と呟いた。何でこんな話になるんだ。主任には関係ないけど。何となく知られたくなかった。


「そりゃそうでしょ。唯香ももう23だしね」


 日向の言葉が何となく静まり返った部屋に響いて。主任がいる左半身が熱くて仕方なかった。


 それから気まずい雰囲気を取り払うようにみんな明るく笑っていた。やっぱり気の知れたこの人たちといるのは楽しくて、慣れない社会人生活に疲れていた心が癒されていくみたいだった。ただ、ずっと主任とは気まずかったけど。

 夜も更けて、美晴ちゃんが寝てしまった後もテレビを見ながらみんなでダラダラと飲んでいた。一人既婚者いるんだけどいいのか。ベロベロになった響はさっきからトイレとリビングを行ったり来たりしているし、主任の目も据わっている。既婚者は私のお気に入りのソファーとクッションを占領していて腹が立つ。帰ればと言ったら「ヨリいないから嫌だ」と寂しそうにしたので本気で気持ち悪かった。


「俺限界」


 突然そう言った主任が私の肩に倒れ込んできた。うわ、と情けない声が出て、急いで肩に乗っている主任の顔を覗き込むと、目を瞑って完全に爆睡していた。


「あ、あの、主任……」

「兄貴酒弱いのにこの時間までよく頑張ったね」


 私にもたれかかって眠る主任を一瞥して、日向が能天気に呟く。重いから助けてほしいのに。響もいつの間にか床で眠ってしまっているし、できることなら私もベッドに行って寝たい。直に感じる温もりは心臓に悪いし。


「なー、何、主任って」

「……。上司なんだから名前で呼ぶわけにいかないでしょ」

「一番寂しいの自分なくせに」


 本当に日向は腹が立つ。いつもズバズバと私の本音を暴いて。


「でも、あの頃とは違うし」

「違うからこそ、何か変わるかもよ」

「簡単に言わないでよ……。主任にとっては私はただの妹なの、幼馴染なの」

「唯香は可愛いよ」

「……は?」


 会話になっていない気がする。日向、お酒弱くないと思うけど酔ってるのかな?そう思って日向を見ると、綺麗な瞳が私をまっすぐに見つめていた。


「え、私無理だから。日向とか本気で無理だから」

「……酷くない?しかもそういう意味じゃないしね!俺浮気とか絶対しねーから!ヨリだけ!」

「で、何?」

「ほんとお前って俺にだけ冷たいよね。……唯香は可愛いよ、兄貴の今までの彼女とは比べ物にならないくらい」

「それ喜んでいいの?」

「兄貴ブス専なのかなって疑ったくらいだから」

「じゃあ可愛いは褒め言葉じゃないでしょ」

「というのは冗談で」


 いちいち面倒だな、早く本題に入ればいいのに。私の表情からそれを汲み取ったらしい日向は、苦笑いして口を開いた。


「昔はさ、完全に兄貴の中でお前は妹?どっちかっつーと弟だっただろ」


 自覚があるから何も言えない。ムッと口を尖らせたら、日向はふっと笑った。


「でも今は女の子として認識してる。今がやっとスタート地点なのに諦めていいの」

「諦めるとかじゃなくて、もう八年前に……」

「兄貴のことで頭いっぱいなくせに」


 一番言われたくないことを言われてしまった。……そうなんだ。諦めたなんて、もう好きじゃないなんて、我に返ればそんなこと言ってること自体バカバカしい。結局私の頭の中は主任でいっぱいで、八年前から何も変わっていないのだ。理想の人が主任?当たり前だよ、本当は忘れたことなんてないんだから。ずっと好きなんだから。


「一生、片想いだったらどうしよう……っ」


 涙が溢れる。あの日から泣いたことなんてなかったのに。いつだって私は感情をコントロールして、全部自分の思い通りにしてきたのに。狂う。全部。こんな状況で、好きじゃないなんて言い聞かせてたなんて、ほんと馬鹿。


「そうならないように頑張れ」


 優しく頭を撫でられて、八年分の涙を全て出し切るほど泣いた。そしたら何だかスッキリして、少しだけ気分が晴れた気がした。

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