【第48話:襲撃の思惑】
完全に日が暮れた真っ暗な夜道を、月の明かりと馬具に付けられた魔道具の光を頼りに街道をひた走る。
そんな強行軍が始まってから、数刻の時が流れた頃。
リシルがその凛とした声で、警戒の言葉を告げる。
「前方300メートルほど! オーガを中心にした魔物の群れが
リシルが定期的に魔眼で警戒にあたってくれているが、世界の揺らぎの現象を完全に制御しているのか、オレ達がちょうど通りかかるタイミングを見計らって次々と現れ襲ってくる。
奴らがあらかじめこの辺りに魔物の死体を持ち込み、世界の揺らぎの現象を使って待ち伏せているだろう事はわかっていた。
ただ予想外だったのが、仕込んでいた魔物の発生タイミングまで制御していた事だ。
オレ達が近づいたタイミングで魔物を出現させてくるので、リシルの魔眼を掻い潜る事になり、非常に厄介なのだ。
「また先制でメルメに魔法を撃たせる!」
最初の襲撃から数えると、この襲撃で既に5度目だ。
奴らはかなり本腰を入れてこちらを害しにかかっている。
それはこの領地の領主が魔人である事を掴んだ『世界の揺らぎ』が、協力を求めて接触してきたのを断ったのが発端だったそうだ。
そのうち首を縦に振らない領主に、痺れを切らした奴らが襲って来るようになったらしいが、それも全て返り討ちにしてきたため、今度こそはと本腰を入れてきたのだろう。
しかし、その牙も、振り上げた武器もこちらには届かない。
黒き炎がオーガを蹂躙し、わずかに生き残った個体もリシルの放つ雷撃にその命を散らす。
「終わったか……。問題なく撃破できているのはいいが、ここまで何の工夫もなく襲ってくるのは腑に落ちない。もしかするとコイツらの目的は時間稼ぎなのかもしれないな」
まだ一度も馬車から降りてすらいないが、こちらにはオレ達より強い可能性のある吸血鬼が二人もいるのだ。
ダルド様はそこまで強くはないと思うが、それでもさっき襲ってきたオーガ程度なら歯牙にも掛けない強さがあると見ている。
これが普通の貴族が乗った馬車なのなら、今回のようなオーガの群れに襲われればひとたまりもないだろうが、明らかに蹴散らされるのがわかっていて襲ってきているように思える。
暗殺や拉致が目的なら、成功率が低いこんな手のかかる襲撃を仕掛けてくるだろうか?
いろいろ不審に思いつつも、先を急ぐべく出発の準備を進めていると、突然騎士のうちの一人が、怒鳴るように命令してきた。
「お、お前ら! ちょっと気になる事があるから、代わりにここで馬車の警護をしていろ!」
そして持ち場を離れて先ほど戦闘のあった辺りに一人で歩いていく。
よく見るともう一人の若い方の騎士が、その行動を不審がっているようなので、さっきの騎士の独断なのだろう。
「わかりやすいわね……自分を疑って下さいって言っているようなものじゃない」
もしかすると、予想よりも時間が稼げていないために、あからさまな時間稼ぎに走ったのかもしれない。
何せ襲撃してくる魔物をすべて鎧袖一触メルメの黒き炎で薙ぎ払っているからな。
非常に面倒だが、ダルド様に許可を貰って拘束するべきかと考えていると、
「これはどういう事だ! この役立たずめ!」
上空から声が投げかけられ、瞬く間にその騎士が炎の手に掴み取られてしまう。
「がゃぁぐがぁ!? ざ、ザグロブ様! 一体何を!?」
空を見上げれば、そこには以前トーマスの村を襲った者たちと同じ魔人、
「状況を確認しに来てみれば、まったく役目をはたしていないではないか!! こうなれば我自らが!」
炎の手で掴んでいた騎士を地面に叩きつけると、こちらに向かって炎の手を伸ばしてくる。
「自業自得とは言え、惨い事を……」
心の中で名も知らぬ騎士の冥福を祈ると、散開して慟魔を迎え撃つ。
≪黒を司る穢れの力よ、我が魔力を贄に荊棘となりて怨敵を貫け≫
≪
黒き荊棘が炎の手を突き破り、宙に浮かぶ慟魔に迫ると、慌てて火炎を放って何とかオレの魔法を打ち消した。
「馬鹿な!? 我が魔法と互角だと!?」
「ズルすんな。その前に炎の手を突き破ってるから、オレの優勢勝ちってところだろ?」
自身の魔法が相殺されて驚愕する慟魔に、一瞬で足元まで駆け抜けて真下から剣技を放つ。
「ライジングストライク!」
その剣技は飛びあがった敵に向けて放つためのもの。
天を穿つその一撃は、油断していた慟魔の肩を呆気なく貫いた。
「ぐがぁ!?」
短い叫び声をあげて地に落ちた慟魔が苦しんでいるうちに、もう一度『
前回トーマス村で戦った時は、数が多い上にサイクロプスの雷撃が邪魔で梃子摺ったが、慟魔一人程度なら今のオレでも余裕を持って対応できた。
「くそっ!? はなせ!!」
「はなせと言われてはなす訳ないだろ?」
援護出来るようにと近くで待機してくれていたリシルに、コイツをどうするのか聞きにいって貰う。
他に魔人が潜んでいないか気配を探るが、本当に一人で仕掛けてきたようだ。
とその時、立ちつくして微動だにしない騎士の姿が目に映る。
生き残った若い騎士は、同僚が死んだことがショックなのか、軽い放心状態に陥っているようだ。
セギオン領と言えば精強な騎士団で有名なのだが、腐敗が進んでいるのかもしれない。
内部から腐敗させて弱った所をつくなんて、いかにも慟魔が好みそうな作戦だなとうんざりしながら、リシルが戻るまで油断なく魔法の拘束を維持するのだった。
~
「さすがテッド様ですね。後はこちらで対応致しましょう」
リシルに連れられてギレイドさんがやってくると、慟魔を一瞥してから冷たい笑みを浮かべる。
「わかりました。それでどうやって拘束……は、必要なさそうですね……」
鉤爪を使って一瞬で手足の腱を断ち切り、鳩尾への当て身で意識を刈り取ると、肩に担いで馬車に連れて行ってしまった。
「……ぎ、ギレイドさんとは敵対しないようにしたいわね……」
さすがにリシルも声が上ずっている。
「夜に
躊躇いなく行われたその高度な技に、なるべく仲良くしたいものだと思わずにはいられなかった。
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