【第8話:世界の揺らぎ】
「はじめて笑顔を見せたわね。
リシルの言うその言葉にオレは動けなかった。
一瞬、失った過去が蘇るような錯覚に発する言葉を見失ってしまう。
「ふふふ。驚いて言葉も出ないようね。いたずら大成功と言ったところかしら? 勇者テッドさん」
リシルの言う通り、どう返して良いかわからず言葉が出てこない。
「私ね。色々調べたのよ? 王都の王立図書館の閲覧許可まで貰ったんだから。どうしてあなたの存在が無かった事になっているのかまではわからなかったけれど……魔王を倒した勇者パーティーは『導きの五聖人』と呼ばれている。それなのに4人しか知られていない。さらに言えば、そんな
なぜオレの事を知っているのか疑問だったが、その答えはオレの期待したものではなかった。
数少ない魔王との戦いについて書かれた文献などから辿り着いたのだろう。
オレは一瞬世界の記憶が戻ったのかと期待してしまった。
眩しかったオレの過去が戻ってきたのかと期待してしまった。
記憶の中のあの人の顔がオレに語りかける。
『あなた……誰なの?』
いや……とうの昔にそんな生き方は諦めたはずだったのにな……。
ただ、一瞬でも蘇った感情がオレの心を深く深く沈めて行く。
「いったい何のことだ? こんな
気付けば、自分でも驚くほど冷淡な声で答えていた。
「え?
そう言ってまだ食い下がろうとするリシルだったが、そこに魔物の気配が忍び寄る。
「惚けてなどいない。それよりまだゆっくり話し込んで良いような状態じゃない。話は村に戻って事態が収束してからで良いか?」
幾分冷静さを取り戻したオレは魔物の気配がする方に目を向け、リシルに話の終わりを告げる。
リシルはまだ話を続けたかったようだが、自身でも魔物の気配を感じとったのだろう。肩を少し上げる仕草をして、仕方ないという様子で一応の納得をしてくれた。
「わかったわ。この異常事態が収束したら話を聞かせてよね。あ。それが今回のお礼って事にするね♪」
ウインクしながら楽しそうに「約束だからね♪」と続ける姿を見て、この子は転んでもタダで起きないなとちょっと気持ちが軽くなったのだった。
~
それからしばらくの後。
オレたちは村への帰りも幾度となく戦闘を余儀なくされながらも、オレの攻撃魔法とリシルの剣術によって何とか村まで後わずかの所まで来ていた。
「それにしてもこの魔物の異常発生はいったい何なんだ?」
オレの半分愚痴のように口をついて出た疑問は、予想外にリシルからその答えを聞くことになった。
「これは『世界の揺らぎ』のせいよ」
思わず歩みを止めたオレは、見知らぬ言葉に質問を重ねる。
「その『世界の揺らぎ』って言うのはいったい何なんだ? 聞いた事ない言葉なんだが?」
「それはそうでしょうね。冒険者だとAランク以上、貴族でも領地を持っている人たちにしか知らされていない事だからね」
「ん? それだと何でBランクのリシルが知っているんだ?」
「え? それは……私の家は領地は持っていないんだけど、ちょっと特殊な貴族なのよ」
まさかの貴族様だった……。
「っ!? 申し訳ありません……貴族様とは知らずに失礼な態度を取っておりました」
正直オレはもう貴族とはあまり関わりあいたくない。
それもあってオレは反射的に頭を下げて今までの態度を謝ると、リシルはその言葉と行動に怒り出す。
「やめてよ! 家が貴族と言っても親が名誉貴族なだけで私は貴族ではないし、ちょっと理由があって知っているだけで領地持ちでもないわ。だいたい私が貴族だったとしてもそんな態度、ぜ~ったい! 禁止だから!」
名誉貴族ならその娘も準貴族扱いなのだが、本気でオレの取った態度に怒っているようなので素直に従う事にする。
決して面倒だからではない。
「そ、そうか? まぁリシルがそう言うならオレは全然かまわないんだけど?」
「じゃぁそうして! 今度そんな態度取ったら無礼討ちにするんだから!」
冗談で言っただけだろうが、無礼討ちと言うのは、その昔貴族に対して度を越した礼を失する対応をとった場合に斬り捨てても罪に問われないと言ったものだったはずだが、丁寧な対応をとって斬り捨てられるのは何だか納得がいかないな……。
まぁそもそもその制度自体大昔に廃止されているのだが。
「とりあえず無礼討ちはゴメンなので、
オレはそう言って苦笑しながら、村に向かって歩みを再開するのだった。
~
村の門が見えた時、一人の女性がこちらに向かって駆け寄ってくるのが見えた。
「セナ!! セナー!!」
叫びながら近づいてきたその女性に、オレは背負っていたセナをおろしてやる。
「母さん……心配かけてごめん……」
セナが少し申し訳なさそうに発するその言葉は、母親の抱擁によって受け止められた。
「まったく! 冒険者になってすぐにこんな事危険な目にあうなんて、あんたどんだけついていないのよ! 母さん昨日から一睡もできなかったんだから!」
「ごめんよ……またテッドさんに助けられちゃった」
そう言ってオレに視線を向ける親子。
「まぁその……なんだ。たまたま救える状況だったから手を差し伸べただけだ。気にしなくていいから」
少し苦笑いしながらそう言うと、リシルが後ろでくすくすと笑っていた。何か恥ずかしい……。
しかし、本当に助けられて良かった。
そう思いほっとしたその時だった。
森の奥で何かが破壊されたような轟音が響き渡った。
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