いつか出逢ったあなた 31st

ヒカリ

第1話 「希世。おまえ、学校卒業すんの?」

 〇 朝霧あさぎり希世きよ


「希世。おまえ、学校卒業すんの?」


 プライベートルームで、同じ歳のしょうに聞かれた。


 俺は朝霧希世、18歳。

 桜花の高等部三年。


 所属してるバンドDEEBEEが、二年前にデビューを果たした。

 デビューをした時に三年だった詩生しおくんとえいちゃんは、ちゃんと卒業した。

 が、まだ一年だった俺としょうには…


 レコーディングもある。

 ライヴもある。

 単位を落とさないよう、登校とテストはしっかりやらなきゃいけない。

 …正直きつかった。



 彰の親はアバウトで。


「あ?学校?どうせおまえ勉強なんてしやしねえんだろ?辞めちまえ。」


 …F'sのドラマー、浅香京介…

 なんていい父親なんだ…

 俺は、二年の途中で学校を辞めた彰が、羨ましくてたまらなかった。



「学校?もちろん卒業しろ。」


 うちは…

 ミュージシャン一家だと言うのに。

 ギタリストの爺さんも、ドラマーの親父も。

 口をそろえて卒業しろ。と言った。

 意外と真面目だ。



「卒業しろってうるさく言われてる。」


 無愛想に答えると、彰は…


「卒業しといた方がいいかもな…俺、中退って言ったら高原さんから、いきなりテスト用紙渡された。」


 そう言って、うなだれた。


「…テスト用紙?」


「ああ。頭の悪い奴は嫌いだって言われて。」


「…マジ?」


「特に英語は喋れるようになれって言われて…結局俺、映ちゃんに習ってんだ。」


「……」


 英語…

 まあ、確かに…


 このビートランドはアメリカにも事務所があって。

 いつかはアメリカデビュー。が、ここに所属するアーティストの夢だったりもする。


 ボーカルの詩生くんは、いつの間にか英語喋ってたし…

 ベースの映ちゃんは、頭がいい事で有名。

 英語のみならず、ドイツ語とかイタリア語も喋れるらしい。



「でも、それなら俺だって英語だけをやりたいよ。もう、学校で現国の時間とか眠くてさ…」


「分かる…無駄に睡魔を呼んでくれるよな。」



 バンドの事だけを考えていられるなら、どんなに幸せだろう。

 俺はそんな事を考えながら、彰が手にしてる単語帳を眺めた。



 * * *



「何難しい顔してんの。」


 頬杖ついて外を眺めてると、背後から声がした。


「…テストが近いなーと思って。」


 振り向かないまま、答える。


「あー、憂鬱だよねー。」


 声の主は…沙也伽さやか

 同級生で、同じドラマーで。

 知らない奴はいないほど、この街の者なら一度は行った事がある店『ダリア』の娘。


 その昔、うちのじいさんはダリアでライヴをして、アメリカの事務所への足掛かりができたと言っていた。



「…紅美くみがいないから、余計辛いとこだな。」


 小さくつぶやくと。


「…んとにね…」


 沙也伽は俺の前の席に座って、同じような体勢になった。



 紅美は体調不良で休学中。

 …って事になってるけど。

 行方不明。

 家出らしい。


 紅美にベッタリだった、うちの弟の沙都は血眼んなって探してるけど…

 今も見つからない。



「テストの時は紅美におんぶに抱っこだったからなー…テスト範囲、丸写しするしかないなこりゃ…」


 沙也伽は気の抜けた声。


「…大丈夫か?」


「何が。」


「いや、おまえ…紅美以外に友達いないし。」


「だから希世んとこ来てるんじゃん。」


「紅美の代わりか。」


「あんたも一人でいるクセに。」


 彰が中退して、一人でいる事が増えた。

 あれから一年…

 俺、一年も…ぼっちだったのか。

 ま、浮いてるしな。



 正直、俺はモテる。

 一人で歩いてると、後ろについて来る女が数人いる。

 が、誰も声はかけて来ない。

 声をかけてくれりゃ、すぐに何かが始まるのにな。

 それほど、俺は今…

 寂しい。



「ねえ、帰りに音楽屋寄らない?」


 何だよ。

 一緒に帰る気かよ。

 沙也伽と一緒にいたら、他の子が声かけにくいじゃん。

 そんな事を考えながらも。

 沙也伽とは馬が合う。



「…おし。ついでにおまえんちでアイスな。」


「ちゃんと客として来てよ?」


「おまえスネア買ったっつってたじゃん。見せてくれよ。」


「あ、いいよ。」



 こんな感じで。

 気が付いたら、俺は毎日沙也伽といるようになった。

 周りからは、俺達は付き合ってるように見えたかもしれないけど…

 俺には、どうこうなろうとは考えてないけど…


 好きな女がいる。



 * * *


 〇宇野沙也伽


 あたしの名前は宇野沙也伽。

 桜花の高等部三年、18歳。

 親友は二階堂紅美っていう、長身のかっちょいい女。

 紅美とは家は離れてるけど、幼馴染みたいなもん。



 あたしの家は『ダリア』っていうカフェ。

 以前は、昼間はカフェで夜はライヴハウスって展開だったみたいだけど、今はカフェのみ。

 あ、夜だけアルコールも出る。



 ライヴハウスは、二軒隣にお引越し。

 本腰入れて、ライヴハウスだけの『Dahlia』が始まってる。


『あの世界のDeep Redも、ガンガンに出演してくれてたんだぞ。』


 が、あたしの伯父さんの口グセ。

 その流れでなのか、うちの店にはバンドマンがよく出入りしてるらしい。



 いくつの時だったかなー。

 初めて紅美と会った時は衝撃だったなー。

 同じ歳とは思わなかった。


 だって、すごく背は高いし…シュッとしててカッコ良かったし…

 柔道の帰りだとかって、道着持ってたっけ。

 若くてカッコいいお父さんと一緒に来た。



 あたしはと言うと、父親が50歳の時に生まれたもんだから…

 溺愛された。

 二つ年上の兄貴も、かなりの可愛がられようだったらしいけど。

 あたしの比じゃないと思う。



 そんな溺愛されてたあたしは、白とピンクのフリフリな服に。

 頭にはでっかいリボンがついてた気がする。


 そんなあたしと。

 あんなカッコいい紅美が。

 同じ歳。


 あたしは、その場で服を脱ぎたくなったのを覚えてる。



 部屋に来ない?って誘ったのは、紅美が初めてスカートをはいて来た日だった。

 すらりと伸びた足。

 あたしは紅美を、同じ人間として見てなかったと思う。

 なんなら少し好きになってたとも思う。

 その気はないけど、とにかく紅美を独占したくなった。



 近所の幼稚園から小学校へ行ってたあたしとは違って、紅美はエスカレーター式の桜花。

 あたしはせめて中等部からでもそこに行きたくて、猛勉強をした。


 どうしても、紅美と同じ所に通いたかった。

 二つ上の兄貴も、中等部から桜花に行った。

 それを出せば、父親も反対は出来なかった。

 その頃には、ヒラヒラの服も着なかったし、リボンもつけてなかった。

 それまでは親の好みに任せてたけど、自分の好みを主張するようになると、父親はあからさまにガッカリしたけど。


 すでにモデルとして活躍してた兄貴が。


「沙也伽は飾りっ気ない方が可愛い。」


 って言ってくれたおかげで、父親も諦めてくれた。



 桜花の中等部に合格して、その喜びを伝えようと紅美の家に初めて行った。

 そこで…あたしはまたまた衝撃を受けた。

 外人みたいな可愛い顔した小僧が…紅美にベッタリしてる。


 わなわなと震えた。


 口には出さなかったけど、あんた誰!!って思ってた。



「こいつ、○○、あたしらよりいっこ下。」


 紅美に紹介されたけど、名前なんか耳に入らなかった。

 とにかく…美形の小僧が…紅美にまとわりついてるのが許せなかった。


 紅美の部屋は、12歳の女の子の部屋とは思えないほど、シンプルでカッコ良かった。

 少し…兄貴の部屋に似てると思った。

 唯一違うのは…



「紅美ちゃん、ギター弾いてるの?」


 店で見慣れてる、ギターがあった。


「うん。」


「カッコいいなあ…」


「ちなみに、○○はベース弾いてんの。」


 むっ。

 やるな?外人小僧。


「あたしは…ドラムを始めるつもりなんだ。」


 そんな気はなかったけど、紅美に近付きたい一心で、そう言った。

 すると…


「ほんと!?沙也伽ちゃん、女の子なのにドラムすんの!?じゃ、バンド組もうよ!!」


 今までこんなに興奮した紅美は見た事ない。ってぐらい…

 あたしの手を持って、紅美ははしゃいだ。

 そりゃあ…

 始めちゃうよね…



 かくして。

 あたしは店に来るバンドマン達にドラムの手解きをしてもらい。

 わりと…才能はあったのか。

 すぐに基本パターンはクリアした。


 …うん。

 ドラムっておもしろい。



 こうして…あたしのドラム人生が始まった。




 バンド名は、英和辞書をベッドの上に落として、開いたページの左側の一番上。って決めて紅美と二人でやった。


「DANGER…危険だって。」


「ふーん。いいんじゃない?」



 中等部に入ると、あたしは毎日紅美と一緒にいた。

 って言っても…学校にいる間は。

 あたしは、無理を言って桜花に入れてもらったから。

 学校が終わるとすぐに帰って、店の手伝いをしなきゃならない。

 部活は一応、美術部に籍を置いた。

 幻みたいな部だって聞いて、それにした。



 紅美はあちこちのクラブから誘われてたけど。


「練習に出れないから無理でーす。」


 って、どれも断ってた。

 まあ、そうだよね。

 紅美は今、結構マジでギターの練習してるし。

 そんなわけで、紅美も籍だけは美術部だった。



 バンド名も決まった。

 メンバーもいる。

 曲作って、練習したいよね。

 コピーとか、頭になかった。

 いきなり、オリジナル志向。


 ドラムが本格的に楽しくなってきたあたしは、紅美を独占したい気持ちも薄らいで来て。

 休みの日に、紅美が沙都(名前覚えた)と二人きりだったって聞いても妬かなくなった。



「沙也伽ー。あたし今日早退するわー。」


 お昼休みに入ったと思うとすぐ、紅美があたしの教室に来て言った。


「え?何かあったの?」


「夕べ遅くまでギター弾いてて寝不足な上に、始まっちゃってさ。」


 紅美が小声で言った。


「…始まっちゃった?何?」


「生理だよ。」


「…あ、なるほど…」


「なのに五限目の体育、マラソンらしいから…帰って寝る。」


 一年になって、まだ二ヶ月。

 なのに、紅美にはサボる勇気も決断力もあるらしい。

 あたしなら、我慢するか、せめて保健室…って思うけど。

 て言うか…

 生理…

 あたし、まだなんだよなー…



 手を振って帰って行く紅美を見送って。

 あたしは教室に入ろうとして…


「おまえが宇野?」


 いきなり、呼び止められた。


「…そうだけど。」


「ふうん…ドラムしてるんだって?」


 あたしの事、上から下までジロジロ。


 何、こいつ。


「だったら何。」


「いや、俺もドラムしてるんだ。」


「へー。」


「……」


「……」


「話膨らませろよ。」


「知らないよ。」



 これが…

 希世との初めての会話。



 まさか。

 目の前のこいつが。


 将来、あたしの旦那になるなんて。


 思いもよらなかった。




「え、沙都の兄貴?」


 いきなり話しかけてきた『朝霧希世』は。

 思いがけず…


「五限目サボってドラムの話しないか?」


 なんて言って来た。



「そ。」


「似てないね。」


「ま、あいつは外人みたいだからなー。」


 沙都のお母さんは、アメリカ人と日本人の間に生まれたハーフで。

 兄弟の中で、沙都だけがその血を濃く持って生まれたらしい。


「でも、あんたも髪の毛茶色いよ。」


「まぎれもなく地毛だけど、最初は染めてんのかって疑われる。」



 ドラムの話はどうなったんだ。

 って、少しは思ったけど。

 朝霧くん、なかなか男前だし。

 テンポよく会話が進むし。

 まあ、いいかな。



「宇野、どんな音楽聴いてんの。」


「んー…店で流れてるやつとか、ライヴで出るバンドのとか。」


「何だそれ。好きなバンドとかないのかよ。」


「特にないね。」


「それでよくバンド始める気になんかなったな…」


「なんで?」


「だいたいみんな、誰かに憧れて始めたりすんじゃん?」


「朝霧くん、誰かに憧れて始めたの?」


「うん。親父。」


「親父…?」


 あたしはこの時気付いた。

 あたしって…

 あまり、他人の事に興味がないのかな。

 朝霧くんの親父って事は、沙都の親父だよね。


「親父、何してる人なの?」


 あたしがそう問いかけると、朝霧くんは『えっ?』って、少し驚いた顔をした。


「おまえ、沙都とバンド組んでるんだよな?」


「…うん…」


「聞いてねーの?」


「…うん…」


「てか…紅美の親父の事は?」


「…えっと…何のこと?」


「……」


 朝霧くんは、呆れた顔になってる。


 そうか…

 やっぱりあたし…

 他人に興味がないのかも…!?

 紅美のお父さんの事も、さほど知らない!!

 て言うか、あんなに独占したがってた紅美の事も…そんなに知らないかも!!



「…お…教えてもらっていいかな…」


 少しうなだれながらそう言うと。

 朝霧くんは目を細めて。


「ダリアの娘とは思えねー…」


 小さくつぶやいた。


「世界のDeep Redぐらいは知ってるか?」


「あ、うちの伯父さんがよく口にするバンド。」


「そこのギタリストが、うちのじいさん。」


「……」


 口を開けて朝霧くんを見た。


「…世界のって言うけど…本当に世界の…なの?」


「世界の、だよ。」


「……」


 続けて…


「親父は、SHE'S-HE'Sってバンドのドラマー。」


「…音楽一家じゃん。」


「しかも、成功してるしな。」


「……」


 もしかして…

 沙都って、超サラブレッドじゃん…


「で、そのSHE'S-HE'Sでギター弾いてるのが、紅美の親父さん。」


「え!!」


 つい、大きな声を出してしまった。

 あ…あのおじさんが、ギタリスト!?

 うちの店で、紅美に甘い物食べさせてる間に、週刊誌の袋とじを覗いたりして。


「これ、開けていい?」


 って、バイトの三上くんに聞いて笑われてた…

 あたしの中では、ちょっとエッチなおじさん!?



「…ごめん…あたし、反省する。帰ったら、Deep RedとSHE'S-HE'S全部聴く。」


 あたしが唸るような声で言うと。


「CD持ってんのかよ。」


「どうかな…ハコの方にあるかな…」


「うち全部あるぜ?」


「えっ、ほんと!?って…当たり前か。」


「うち来るか?」


「え?」


「てか、もうこのまま帰ろうぜ。」


「え?え?」



 結構強引な朝霧くんは。

 カバンを教室に残したまま…

 意気揚々とあたしを連れて家に帰った。

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