第5話 食事
ヌシを美少女のリコが討伐してから二時間。あれから何事もなかったかのように誰もが普通に過ごしていた。
あれからリコはウツボを騎士団の団員達と食べることにしたらしく、馬車を一つ貸切レンタルして帰宅した。もっとも聞いた話だと、普段は深瀬に生息していて臆病で人を襲うことなんて滅多にないウツボがなんで急に獰猛になったのか調査もするために後日ここに訪れるとのこと。
「いやぁ騎士団の人って強いね。揺れる船の中で的確に小さな脳にモリを投げて突き刺す。簡単に出来ることじゃないよ」
「そうなんですか?」
「うん。さすがに騎士団の第三部隊隊長だけあるよ」
「私にはよくわかりません」
そんなことを呟きながら、竿を投げる。私にわかるのは無情のリコと呼ばれる少女がとんでもなく可愛いことくらい。一体、前世でどんな善行を積めば、あそこまでの美少女になれるのだろうか。
「ルナさんってそういえばなにをしてる人なんですか?」
「んー内緒。とりあえず人に言えないようなことよ」
「人に言えないようなこと?」
「人に言えないんだから、言えるわけないでしょ」
一体この人はなにを……
まぁなんでもいいか。少し気になるが、どうやっても分からないだろう。ここは大人しく諦めよう。もしかしたら、そのうち知る機会もあるだろう。
「あ、釣れた」
「ルナさんはいいですね。さっきから三匹も釣れて」
「まぁ日頃の行いってやつ?」
サンマが二匹、アジが一匹。それが今の戦果といったところだろう。ホントにここは全然釣れないのだ。もっとも場所の問題ではなくて、私に問題があるのかもしれないが。
「しかし魚三匹。夕飯にするには少し足りないかな?」
「三匹もいれば充分じゃないですか?」
釣りなんてなにが楽しいのか。死ぬほど退屈だし、魚は来ないし最悪だ。よくもこんなものに熱狂的になれるものだと。私ならホームズ先生に言われない限り、絶対にやらないだろう。
「ねぇララちゃん」
「なんですか?」
「この三匹の魚どうやって食べようか?」
「普通に焼けば良いんじやないですか?」
「いやぁ刺身も良いなって思って」
「捌くの面倒なので、私は焼きますけど」
そんな会話をしてる時だった。ビクッと竿が揺れた。私は大慌てで竿を掴んで、引っ張る。竿は生き物のように暴れまわる。なので私は離すものかと竿を強く握って必死に抵抗する。
「おぉ、かかったじゃん」
「手伝ってください!」
「一人でやるからいいんだよ。頑張れ~」
戦いは長く、一進一退の交戦だった。引っ張って、引っ張られる。どちらに転んでもおかしくはない。私は諦めることなく、竿を引き、遂に水面から銀色に光るなにかが姿を現した。
「やった!」
「釣れたのはキスだね~天ぷらにすると美味しいんだよ」
「まぁ塩焼きにしますけどね」
「もったいない!」
しかし魚も無事に釣れた。もう疲れたし帰ろう。私はこれで満足だ。モールを手に取って、船を漕いでいく。
「そういえばルナさんははこれからどうするんですか?」
「うーん。実を言うと、私ってこの町に呼び出されてるんだよね」
「仕事で来たんじゃ……」
「そう。仕事で呼び出されたの。だから本来なら明日にでも訪ねようと思ったんだけど……」
「なんかあったんですか?」
「その必要がなくなっちゃたのよ。なんと言っても私を呼びつけたのは、ララちゃんの家庭教師をしてるホームズ君なんだからね」
「えええええええええええええええええ!!」
「そんな驚かないでよ~まぁだからこれからもララちゃんと行動を共にするかな」
「そうですか……」
しかしホームズ先生が人を雇うなんて……
なにをするつもりなのだろう? しかもルナさんは人に言えないような仕事をしているとも言っていた。だからこそ余計に気になる。
「どう? ホームズ君の教え方は?」
「個人的には好きですよ。そういえばルナさんとホームズ先生の関係ってなんなんでうか?」
「お客様だね。ホームズ君は私の常連さん。けっこう昔からの付き合いで今では友人みたいなもんなんだけどね」
ホームズ先生に友人がいたんだ。なんか意外だ。
絶対にあの人に友達は出来ないと思っていたのに……
「まぁでもそんなホームズ君の友人からの忠告。気を付けても意味ないから」
「え?」
「気を付けるなんて体力の無駄。目を付けられちゃったなら大人しく諦めなさい。あいつはそういう男だから。ホームズ君のヤバさはララちゃんも理解してるでしょ?」
「まぁ……」
「ララちゃんが思ってる倍はヤバいよ」
そうして会話が終わる頃には船が岸に着いた。私達は炭と七輪を借りて、夕飯の準備を整える。帰るのは食べ終わってからでいいだろう。
私は串を持って魚の口に突き刺す。それをルナさんはニヤニヤしながら見てた。
「どうしたんですか?」
「いや、随分と魚を殺すのに躊躇いがないなって思ってね。それこそ呼吸するかのように眉一つ動かす串刺しじゃん」
「なんでそんなこと疑問に思うんですか?」
串に刺さないと食べれないだろう。命を奪うということに躊躇いを覚えていたらキリがない。生きるというのは命を理不尽に奪うということ……
「あ……」
「どうした?」
「いえ……」
私は魚を殺した。しかも喉に串を突き刺して、尻尾まで貫通させるという極めて残虐な方法。それなのに罪悪感の一つも覚えなかった。
また魚を釣る時にエサにしたイソメ。それに関して言うのなら殺したという自覚すらなかった。
猫を殺した時は食事が喉も通らなかったというのに。それは何故か。
命とは平等で等しいというのに。それなのに猫を殺した時だけは罪悪感を覚える。それは差別であり、恥ずべきことではないか?
「ルナさん。塩焼きでいいですよね?」
「うん」
ようやく答えが分かった。殺すというのは悪ではない。そして恥ずべきことでもないのだ。殺すのは日常的な動作の一つなのだ。それに考えてみたら、あの騎士団のリコですら大ウツボを殺していた。正義の象徴である騎士団ですら殺しを行う。
そんな殺しが悪のわけがないじゃないか。殺しが悪かどうかなんて問いかけ。そんなのは考えるだけ無駄だ。
世の中にはこんな言葉がある。『可愛いは正義』と。
あの可愛らしい美少女のリコですら殺しをしている。つまり可愛いが正義であるなら、殺しも正義ということだ。
「いい感じに焼けましたよ。それじゃあいただきます」
私は豪快に魚を齧る。ホクホクの柔らかい身はとても美味。内臓の苦みは白身を引き立てる最高の存在。そんな全てが最高の美味さを誇る世界の宝。
さらに、そこに塩が加わってコクと旨味を倍増させる。これを食べるのはとても幸せなことだと私は心の底から思った。
そして、この美味さを味わうためには殺しをする必要がある。
果たして美味いものを食べるのは悪なのだろうか? 断じて否だ。
「殺しって素晴らしいことなんですね!」
私は答えを見つけた。そんな私はこの上なく満たされていた。
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