Episode.10
突入
ゴードンの市議邸はアリステラ市中央アリステラ地区にある。各市議の為に建造されている建物であり、各地区の重要な商業地域辺りに建てられる事が多い。市長邸よりは小さな建物ではあるが、それでもどこの建物よりも美しい装飾に飾られている。そして当然、それを警備する人間もまた数多く配置されている。
「なんで、隠れんだよ」
茂みの横で、黒髪を青いリボンのヘアゴムで一つにくくっている青年は、隣に居る夜空色の瞳の青年へ不機嫌な顔をしてそう言った。
「隠れるでしょう!?このまま真っ直ぐ『こんにちは』って言って許されると思ってんッスか?」
「思ってねぇけど」
青いリボンのヘアゴムをしている男─エルリック・ハルバートに、夜空色の瞳の青年─ハカナ・フィラデルドは小声でそう言った。
「でも、結局殴んだろ?なら、行きゃあいいんじゃね?」
「いや、結果はそうかもしれないッスけどね?」
ハカナは小さく眉を寄せながら、どうして特攻してはいけないのかと疑問を呈しているエルリックに、もう一度カミラからの作戦を伝え直す。
まず最初にキナン、フラウ、シャルティエ、カミラの四人が屋上へ上がる。そこから発煙筒を使って煙を上げる。そちらへ気が向いている間に、ヴィヴィットがセレンとイレブンを制御室まで向かわせる。そこまでのルートの敵は二人で進む道を作る。そしてセレンとイレブンの乗っ取りが終わるまで、ヴィヴィットはそこに人を入れないようにする。
ハカナとエルリックは発煙筒を合図として、中に入らずに庭で暴れまわる。
「発煙筒上がるまで、俺達は動いたら駄目なんッスよ」
「でも、フラウの持ち上げには一人一人じゃねぇと無理なんだろ?トロトロしてるよりもさっさと済ませた方がよくね?」
不思議そうな顔をしているエルリックに、とりあえずハカナは動かない事を言っておいて、目だけを茂みから覗かせる。その視線の先は、壮大な二階建ての建物へ向けられていた。
市議邸建物裏。警備員の往来がそれなりに多い場所で、七人の男女が隠れている。
「フラウ」
「うん」
黒髪の一部を赤く染めている青年と、顔立ちの良い黒髪の青年が小声で声を掛け合い目を合わせた。彼らはお互いに頷き合い、それを合図としてたっと同時に茂みから姿を現した。
警備員は突然現れた侵入者に、僅かに身を強張らせたのを見抜くと、豊満な肉体を持った女と、黒い兎面を付けた青年が挟み撃ちにするように周りの二人ほどを倒す。
一番遠いところに居る警備員の左右二人を、灰色の髪色をした少女と金髪の毛先を桃色に染めている少女が、拳銃を使って足を撃つ。その二人を女―ヴィヴィット・カルトと、兎面の青年―セレン・アーディットが顔面を蹴って昏倒させる。
「よし、イレブン」
一番奥で隠れていた茶髪のアンドロイド―イレブンへ、セレンは声を掛ける。イレブンはひょこっと顔を見せると、近くに遭った裏口の扉に近付いて電子ロックを解除する。
三分程度でそれはカチリと音を鳴らして開いた。
「それじゃあ、カミラ嬢。気を付けてね」
「お嬢、ご武運を」
「二人も気を付けてね...」
「イレブン、頑張って!」
「へま、すんなよ」
「俺達も頑張るから、イレブンもよろしくね」
「ふん、当然でしょ」
ヴィヴィット、セレン、イレブンとそれぞれ分かれて三人は中へと入って行った。
金髪の少女―カミラ・レミリットは他に警備員がいないかどうかを確認してから、彼らが居ない事を再度確認し終える。
「フラウくん」
顔立ちの整った黒髪の青年―フラウ・シュレインは頷き、それから左腕を屋上の手すりに向けて上げる。右手を左手首の方へ持って行き、手首にあるボタンを強く押し込むと、カシュと音を立てて手首とそれに追随する形でワイヤーも飛んで行った。
手首は屋上の手すりに引っかかり、それを固定していく。
「よし、大丈夫。キナン」
フラウは黒髪の一部を染めている青年―キナン・トーリヤに手を伸ばす。キナンはそれに捕まり、下で待つ事になってしまうカミラと灰色の髪の少女―シャルティエ・クゴットへ目を向ける。
「不安だろうが、待っててくれ」
「大丈夫。いざとなったらボコボコにするから」
「私も平気だから、問題ないわ」
キナンはこくりと頷いて、フラウはそれを合図に上へとワイヤーを巻き上げて行く。二分程度で上へと辿り着き、キナンは屋上へと降りる。ちょうど換気扇の裏手に当たり、眠そうに欠伸をしているやる気の無さそうな警備員二人の姿を目視する。
「フラウ、次から気を付けろよ」
「うん、分かってる」
フラウはまたワイヤーを伸ばしておりていき、今度はカミラを連れて上へと上がる。そして最後にシャルティエを上に上げて、フラウも着地する。
「よし、俺らで仕留めるか」
「うん」
「音を出して引き付けましょう」
今にも飛び出しそうになっているキナンとフラウに、カミラは腰のポーチから発煙筒を取り出して二人に見せる。そして悪戯っ子のような笑みを見せた。そしてシャルティエへカミラは目を向けた。
「手伝って」
「へ、......あ、うんっ」
カミラの意図がよく分からぬまま、シャルティエは頷いておいた。
カミラは発煙筒を握り締め、シャルティエの目を見る。作戦内容を告げられたシャルティエはわくわくした目でミニガンを握って笑っている。キナンとフラウも頷いて、静かに待つ。
カミラはひょいっと発煙筒を空中へ放り投げて、ころころと屋上の床の上に転がした。警備員の二人はカンカンという跳ねて転がる音に気付いたようで、そちらの方へ歩いて確認しに行く。
その瞬間を見計らったかのように、シャルティエは引き金に指を掛けてそのまま引く。銃口から音もなく弾丸は発出され、発煙筒に穴を開けた。そこから着火し、白と赤の光とバチチバチとけたたましい音を勢いよく立て始める。
驚いて仰け反ったのを確認して、キナンとフラウは換気扇の裏から飛び出して二人を同時に昏倒させる。
「さて、行くわよ」
カミラは煙を上げ始めたそれを見て、小さく呟いた。
発煙筒の煙が上がったのを、ハカナは確認する。
「エルリックさん、上がりまし」
ハカナは後ろを振り返って、行動開始を告げようとしたが、そこにエルリックはいなかった。
「え?」
ハカナは視線を彷徨わせてから、ひょいと目を上へ上げるとエルリックが近場に居た警備員を絞め上げていた。
「ちょ、エルリックさ」
「あ?いや、なんか呼ぼうとしてたからよ...。締めといた」
ぱっと、エルリックは胸倉を離して、ナイフを振り抜いた。そしてそれをひゅっとハカナへと投げつける。彼は慌てて背を屈めるとその後ろに居た人間の首に当たる。ごぽっと口から血液を溢し、その場に倒れた。
「......何で、」
「気付かなかったのかよ。後ろ振り向いて殴るのかと思ってたけど、全然しないから、変だと思ってたんだけど」
エルリックはすたすたと歩いて行き、ナイフを引き抜いて、血を振るい落とす。
「ったく、これくらい気付けよ。これからそんな奴等とやり合うんだろ?」
彼は眉を寄せて笑い、それからハカナは気を引き締めるように小さく頷いて髪に指を通す。
「各自で動きましょう。死なないでくださいね」
「はっ、お前こそな」
ハカナは小さく微笑んで、それからくるりと後ろを振り向いて走って行ってしまった。エルリックはその後ろを眺めながら、迫って来ていた男の首を斬りつける。
警備員の他に、恐らくローレンス・ファミリーの構成員も混じっているのだろう、普通の服装をしている人間もいる。
エルリックはどこか小馬鹿にするように眉を寄せ、口角だけをにっと上げた。
「今回、殺すなとは言われてないからな。全員殺す」
黄色い瞳が爛々と水を得た魚のように輝きを見せ始める。それからだんだんと迫り来る警備員と構成員の混合した群れへ、小さく笑う。
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