揺らいではいけない思い
「その後は、父さんが言ってるかな?父さんに助けてもらって、それからこのエレーノ劇場の再興をしながら、レッドを殺す為に必要な道具を買う資金を集める為にアルバイトしてたんです」
「そしてあたしを追いかけたわけね」
イレブンの咎めるような口調に、フラウは小さく苦笑いをした。
「ごめんね。俺達も必死だったんだ。今もね」
フラウは静かに目を伏せた。
あの十二人の中に生き残っている人間がいるとは思っていなかった。子どもながらに劣悪だと感じていた場所だ。きっとあそこに居れば命は長くないと直感していた。
しかしあの双子―レトゥ・タランディとレティ・タランディは生きていた。その姿をアンドロイドと変わらない、人でない者になり替わって。
裏切者だと、彼らは三人を罵った。あの時の憎悪に歪んでいたレトゥの顔が、フラウの脳裏からは離れなかった。
ぐっ、とフラウはない左腕を抱くように、自身の横腹に手を置く。
「...アイラさん。俺は...、レッドを殺す事、それが皆を殺して生き残った俺達の贖罪だと思ってたんです。でも、彼らはそれを望んでないかも知れない...」
「...そっか」
アイラは小さく相槌を打った。イレブンは何も言わない。口を固く結んだままだった。
「でも後にはもう引けないんです。貴方がここで舞台を降りる事になっても、俺達はきっとレッドを殺すまで動き続けるでしょうね...、例え地面に這いつくばったとしても」
この思いは、きっと揺らいではいけない。
フラウの決意は固い。生半可な思いで、キナンやシャルティエと行動を共にし、レッドという黒幕を殺す事を決めたわけではない。
彼に手を掛けるというのがどういう意味なのか。それを彼らなりに理解して、その罪を背負う事を誓ったのだ。
それがもう、彼らの生きる意味になっている。
「...アイラさん、貴方はどうしてゴードンさんの不義を公表したいんですか?」
フラウはにこりと微笑んで、アイラに訊ねた。
「私は、このアリステラを...。お父さんやお母さん、社長や先輩達、そして私の大好きなこの市を守りたい。だから、彼の暴走を止めたいの」
アイラの答えに、フラウは満足そうに頷いた。
「それは、何かの障害があったらもう、進むのを止めたくなる程、脆くて弱いんですか?」
その言葉にアイラは大きく青い瞳を見開く。
「そんな事ない!」
椅子から立ち上がり、アイラはフラウへそう言った。
イレブンは怒りの感情を露わにしたアイラに目を丸くし、フラウは笑顔のまま彼女を見ていた。
はっとしたアイラは少し息を整えて、気まずそうな顔をしてからまた、静かに椅子に座った。
「ごめん...、でも...、その、そんな事はないんだ。でも、でもね、死ぬのを見るのは、嫌なんだよ...」
アイラはグッと拳を握った。
「...ですね。俺も、父さんや、キナンやシャルティエが死んじゃうの、嫌です。でも、貴方のしたい事はそんな障害があったらもう、諦めていいものなんですか?」
「ちょっと、貴方何言って、」
「俺は...、俺は諦めないと思います。沢山の屍を踏んで行ったとしても、レッドを殺すまで止まらないと思います。それが揺らいだらもう、おしまいです。今までしてきた事全てを無駄にしてしまう方が、彼らに申し訳ないから」
「無駄に、してしまう」
イレブンの制止する声を無視して紡がれたフラウの言葉を、アイラは反芻した。
彼は静かに頷く。
「アイラさんのやりたい事、俺達もサポートします。貴方はここで、立ち止まったままでいいんですか?」
アイラは、頭をガツンと強く叩かれたような衝撃を受けた。
すっかり見失ってしまっていた。エルリックと初めて出会った時から、いやそれ以前から、アイラは闇の中にそれを忘れてしまっていたのかもしれない。
真実を伝える事。それがアイラを動かす一因であるが、その奥には確かにドロドロしたある思いが存在している事から目を背けていた。
しかし、目の前の彼は――、彼らはどうだろうか。
年下であるのも関わらず、きちんと自分達の欲に向き合い、目を背ける事はしていない。どこまでも真っ直ぐに、目的を見据えている。そこにかかる罪の重さも理解している。
情けない。アイラの方が大人で、人生経験があるはずなのに。
しかし、彼の言葉のお陰ですっかり目を覚ます事が出来た。
「ありがとう、フラウくん」
すっかりいつも通りの笑顔を取り戻したアイラに、フラウは満足そうに微笑み返した。
その時、とんとんとノック音が鳴る。アイラが返答を返すと、中にオリエットが入って来た。
「悪いな。...フラウ、左腕の件で話がある。さっき言い忘れていた」
「あ、はい。分かった」
フラウはすぐに立ちあがり、アイラに頭を下げてオリエットの方へ足早に向かう。
その彼のない左腕の裾を、イレブンがぐいっと引き止める。フラウは後ろへ倒れそうになるのを踏みとどまる。
イレブンは小さな声で呟くように、
「...ありがとう、助かったわ」
俯いたまま呟いた。
フラウは目を丸くして、それから優しくイレブンの茶髪を梳いた。
「...俺の方こそ、ありがとうだし、ごめんなさいだよ」
「...へ?」
彼の言葉の意味が分からず訊ねようとしたイレブンを放って、フラウはオリエットの方へ歩いて行き、バタンと扉が閉まった。
「はー...」
アイラは長く息を吐き出す。そして立ち上がって、窓の絞められたベランダの窓から、外を眺める。
「...待ってて、エル。助けに行く、必ず」
その背中を見ながら、イレブンは先程のフラウの言葉の意味を考えていた。
「左腕、確認するが重くなるぞ」
オリエットはフラウへそう訊ねた。フラウは「うん」と静かに頷いた。
「お前の言ってた通りの、アンドロイドと同じ硬質の素材だぞ。それとシャルに渡す弾丸だが」
「うん、俺が渡す。ありがとう、父さん。何もかも用意してくれて」
フラウはふにゃりと柔らかな笑みを浮かべた。オリエットは眉を寄せて、どかりと近くに置かれている椅子の上に勢いよく腰を下ろした。
「必死だな」
「うん、やっと切り札を見つけたんだもん」
彼は顔をオリエットから背け、アイラ達の部屋の方へ視線を向ける。
アイラがここでエルリックを取り戻す事を諦め、これ以上の事を止めるというのなら、それはフラウ達三人の動きも止まってしまう。
三年間、いやそれよりももっと前からレッドを殺せる機会を窺ってきていた。やっとチャンスが巡って来た。
これを逃してしまったら、またいつチャンスが巡ってくるか分からない。
亡くなったワールダット孤児院の全員の為にも、他の孤児院から来た子どもの為にも、そして己の為にも。
アイラに、ここで諦めてもらっては困るのだ。
「...ごめんなさい。アイラさん」
その気持ちを逆手に、フラウは自分の持つ話術を駆使して、彼女の気持ちを軌道に乗せた。
後はまた、お互いにお互いを利用しながら進むのみだ。
もう、後には引けないのだから。
「ね、父さん。俺って、最低だよ。復讐したいが為に、家族と友達を危険に晒すんだからさ」
オリエットは溜息を吐きながら立ち上がり、フラウの背中を強く叩いた。
「お前はもう、迷ってる暇、ねぇだろう。ガキはガキらしく悩みながら進め。どうしても死にたくなったら、全力で俺が殺してやらぁ」
オリエットの力強い言葉に、フラウは安心したように表情を和らげた。
「ありがとう」
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