守りたかったアンドロイド

 奉仕型アンドロイド、ルビーモデル。その十一番目がルビー011―イレブンである。

 彼女の主はヴァイオレット・ロー。若くして〈大監獄〉の処刑人として、様々な悪人を裁いてきた。

 そして、レッドという人物を信奉している人物である。


 そんな彼女とイレブンの初対面は、

「おい、起きろゴミ」

 普通の感覚を持つものならば、可哀そうだ、と思うような言葉を投げかけられていた。

 精神回路マインド・サーキットに組み込まれている世界の常識とは違う言葉に、イレブンは少々戸惑ったものの彼女が主人マスターとして認識されている以上、何も言葉を返す事は出来なかった。


 イレブンの仕事は酷く簡単だった。

 彼女の身の回りの世話。全てにおいて投げっぱなしやりっぱなしの彼女の世話である。掃除洗濯料理は全てイレブンがこなす。どこに何がある、元の場所に戻すという事は、アンドロイドであるイレブンにとって、記憶するにはあまりにも簡単だ。

 部屋もそんなに広くないので、掃除もすぐに終わる。

 問題は仕事終わりの夜だった。


「あぁぁあああ、腹立つ!あのくそ男!」

 怒りに任せてあらゆるものを散らかし、イレブンを殴りつけ暴言を吐く。

 いくら痛覚機能をオフにしていても、言葉の棘は痛い。肌のスキンは赤紫色の痣だらけになってしまう。しかし逆らう事は出来ない。

 それが、奉仕型アンドロイドであるが故の宿命のようなものであった。

 メンテナンスも受けられない。オイルも質の悪いもので自己補給である。そうしなければ、死んでしまうのだ。


 暴力女。死んでしまえ。


 精神回路マインド・サーキットの中では好き勝手言えるというのに、それを言葉に出す事は出来ない。


 季節が廻り、イレブンとヴァイオレットしかいなかった部屋に、新たなアンドロイドがやって来た。護衛型アンドロイド、エメラルドモデル。

「はぁ。いくらあたしがレッド様の一番の側近だからって、こんなゴミクズいらないんだけどな」

 イレブンが最初に来た時と同じようなニュアンスの言葉を、エメラルドモデルにも吐き捨てていた。彼も同様、文句を言う事は出来ない。


 彼が家にやって来ても、イレブンの仕事は変わらなかった。掃除をし、料理を振る舞い、彼女の暴力を受け入れる。

 彼の仕事は、ヴァイオレットについて行って帰ってくる事、のようにイレブンには見えた。家から出た事のないイレブンには、彼の仕事はそのようにしか映らなかった。


 彼と言葉を交わしたのは、ヴァイオレットがレッドに遭いに行くという事で射なかった休日の時だ。

「あっと、その...、初めまして」

「......はじめまして」

 イレブンはある程度仕事を終わらせており、彼は護衛する事が仕事であり、今日は休みであるので膝を抱えて座っていた。

「君、名前はもらえたの?」

「いいえ。もらえてない」

 全く言葉を話していなかったせいか、どこかロボットにも似た話し方だった。

 一応、奉仕型アンドロイドという事で、会話機能にはある程度の基礎能力を持っているイレブンより、その機能がエメラルドモデルの彼は劣っているのだろう、とイレブンは勝手に推測した。

「そっか...。あたしももらえてないのよね。...クズとかゴミとか、そんな言い方ばっかり」

 イレブンは肩を竦める。そして、ハッと気づいた。

 ルビーモデルの次に作られた、エメラルドモデル。それはつまり、身体の大きさはともかく製造上はイレブンの方が大人にあたる。

「あたしが、貴方に名前を付けてあげる!」

 それは殆ど思い付きのようなものであった。彼は「へぇ?」と間抜けな音を口から漏らした。

「でもそれは、主人マスターが付けるのが正式で」

「いいじゃない。主人マスターがいない時に呼び合うぐらい。それとも、あたしが付けるのは、嫌かしら?」

「そういうわけじゃない、けど」

 彼は言葉を濁した。名前を欲しいと思う気持ちは、イレブンと同じくらい彼も持っているのだろう。だから強く言えない。

「そうね...、エメラルドだから...、エミィとかどうかしら?」

「単純だな」

 ばっさりと言った彼の口調に、イレブンはがんっと衝撃を受けた。なかなかいい案だと思っていたばかりに、その反応は悲しい。

「...っうう、なら何が...」

「......僕が、エミィなら。君はルディだね」

「へ?」

 俯いていたイレブンは顔を上げる。彼は優しい笑みを浮かべていた。

「単純だけど、嫌だなんて言ってないよ。ルディ、ありがとう」

「...あたしのルディ呼びは確定なのね...」

「嫌?」

「ううん、ちっとも」

 イレブンはにっと歯を見せるように笑う。エミィもそれに似せるように笑った。慣れていないようで、少し歪だった。


 それからは、ヴァイオレットの居ない時には二人は言葉をよく交わすようになった。外を出た事がないイレブンに、エミィは窓の外以外の世界を教えた。イレブンは日頃の鬱憤をエミィに溢していた。

 流石にエミィを使えると思ったのか、ヴァイオレットはエミィへ暴力を振るうことは無く、イレブンに限定されていたからだ。

 エミィは出来る事なら、強度がイレブンより高い自分が代わりになりたいといってくれていたが、イレブンはそうは思わなかった。

 自分が殴られている間は、エミィに危害が加わる事はない。

 怖くても痛くても辛くても、イレブンの心の支えになっている思いはそれだった。


 人に作られた精神回路マインド・サーキット内でしか考えられないアンドロイドであるはずなのに、感情が生み出される事があるのだろうか。

 殴られながら、イレブンは考えていた。


 更に季節は巡り、また黒髪のアンドロイドがやって来た。戦闘型アンドロイド、サファイアモデル。新型である為、不備がないかどうかを調べるべく、ヴァイオレットがレッドから譲り受けた一号機らしい。

 不備がなければ、軍事用として更に生産を上げるそうだ。

 そうだとしても、ヴァイオレットのアンドロイドに対する態度は変わらない。

「はぁ。ゴミが増えるの、困るわ」

 彼女は変わらず、ただ静かにそう言った。


 アンドロイドが一体増えたところで、また生活は変わらない。変わらずイレブンは殴られ蹴られ、暴言を浴びている。エミィも居ないもののように扱われている。

 そうである事が、当たり前であるように。

 ヴァイオレットがレッドとの会食で居なくなった時、今度はイレブンとエミィで黒髪のアンドロイドに声を掛けた。

「初めまして、黒髪くん」

「......何、ですか。ルビー011にエメラルド025」

「あ、僕らの製造番号まで覚えてくれてるんだ」

「これはいい子かもしれないわね」

 イレブンとエミィは軽口を叩く。黒髪のアンドロイドは不思議そうに首を傾げていた。

「あたし、ルディっていうのよ。で、こっちは弟のエミィ。貴方も今日からあたしの弟よ」

「......はい?」

 エミィが最初に返した返答に似た言葉を、彼もまた口から溢した。

「製造番号順にね。ルディは見た目は小さいけどお姉さんだろ。だからさ」

「......主人マスターの許可なく、名前を付けるなんて...。許されないぞ」

「バレなければいいのよ。そうすれば、名前なんてないも同然でしょ?」

 イレブンは悪戯っ子の子どもの笑みで、黒髪のアンドロイドに笑いかける。彼は眉を顰め、エミィに視線を送る。

 彼は苦笑いを浮かべるばかりだ。

「......サファイアモデル......、サフィね!」

 びしっと、イレブンは黒髪のアンドロイドを指差した。彼は顔を歪めて、それからまた助けを求めるようにエミィに目を向けた。

「いいじゃないか、サフィ。呼びやすいね」

 エミィはくすくすと楽しそうに笑っていた。

 何が楽しいのか彼にはさっぱりであったが、何故だろうか。名前がある、というのは口では悪態をつきながらも嬉しい事に変わりはなかったのだ。

 例えどんなものであったとしても。そこに思いがある、という事だけが精神回路マインド・サーキットに温かさを感じる。

「まぁ、それでいいや」

「なんだかんだ、受け入れてくれるのね」

 イレブンはくすくすと笑う。エミィもそうだね、と相槌を打った。

 サフィは何も言わずに、そっぽを向いた。


「......んで、このままでいいと思ってるのか」


 サフィは小さく呟くように言った。

 このまま、というのはこの状態での生活を指しているのだろう。イレブンもエミィも口を閉ざす。

「僕の頭の中に一番新しい精神回路マインド・サーキットが組み込まれてるからか、やっぱりそう思うんだよ、おかしいって」

「そう言ってもね、ここから抜け出したところで、サフィ。僕達は人の助けがないと生きていけない。オイルを取り寄せるにも、回収者の目を掻い潜りながら働いて金をためないといけない。しかも三人分だ。かなりの量になる。それに、あの人がそんな事を許すとは思えない」

 冷静な彼の分析に、イレブンも声には出さなかったが同意の意思を持った。

 とてもではないが、ここから抜け出して長く生き抜けるとは思えない。アリステラの市警は優秀である。すぐに捕まり、ヴァイオレットに殺されるであろう。

 文字通り。

「でもこのままだと、ルディ...、壊れるぞ?」

「分かってるわよ。でも、これでいいのよ。少なくとも、貴方達に危害は加わらないでしょ?」

「でも、」


「何楽しそうに、お話してるのかしら?」


「「「っ!!?」」」

 突然聞こえて来たヴァイオレットの声に、全員が身体を固まらせる。指先一つ、動きを許さない。

「あらあら、いいのよ。続けて?あたしの悪口、言っていいのよ?」

 口先ではそう言っているが心の中ではそうは思っていないのだろう。だからこそ、三人の口は一つも動かない。

 ヴァイオレットはゆっくりと近付き、一番近くに居たエミィを蹴り倒した。

「っう!」

 エミィは声を漏らして、そのまま倒れてしまう。

「エミィ?サフィ?...ルディ?ダサい名前を付けるものね。それに、名前なんて貴方達にはいないでしょ?」

 今度はサフィの手をピンヒールの先で蹴る。僅かに肌のスキンを削り、黒い液体が滲む。

「ハサミに名前を付ける?コップに名前を付ける?箸に、“アドルフちゃん”とでも付けるのかしら?あははっ、は付けないのよ?」

 ヴァイオレットがイレブンの目の前に立ち塞がる。


「あんた達は、単なる動く物でしかないんだから!」


 パンッ、と乾いた音と共に、鋭く鈍い痛みが頬に走った。痛覚機能をオフにする前に手を出されたのだ。久し振りに感じる痛みが、びりびりとスキンに伝わる。

「はぁ。全く、躾しないといけないわねぇ」


 精神回路マインド・サーキットが熱を持つのが分かる。何かが、ぷつりと切れる音が耳の奥でした気がした。


「止めなさいよ......」


「ん?」

 ヴァイオレットは眉を寄せて、イレブンの口から洩れた音に耳を貸した。イレブンはキッと睨み、口を大きく開いた。


「サフィとエミィに手を出すのを、止めなさいって言ってるのよ!」


 初めて出す大声に、エミィやサフィは勿論の事、イレブン自身も目を丸くして驚いていた。

「へぇ、貴方...、そう。どういうつもりかしら?」

「き、決まってるじゃないの。手を出させないわ。二人は、あたしの弟だもの!弟を守るのは、姉の責任だから!」

 堰を切ったように、イレブンは息を切らしながらヴァイオレットへそう言った。

 ヴァイオレットはにっこりと微笑み、イレブンの身体を持ち上げた。

「ルディ!」

「っルディ!!」

 エミィとサフィは手を伸ばし、近寄ろうとするが、上手く足が動かなかった。

 これが普通である。今の状況は、イレブンが異常である。

「不良品は、ゴミ箱...よね?」

「っ、まっ」

 イレブンは二人の居る光へ手を伸ばしたが、ヴァイオレットが勢いよくそのまま窓から彼女の身体を地面へ落とした。


 イレブンは地面に落ち、がちゃんがちゃんと身体のあちこちを鳴らしながら、ゴミ袋をクッション材として転がるのを止めた。

「っ...、はぁ......っ」

 イレブンは重く息を吐き、身体をゆっくりと起こす。


 イレブンは目の前に建つ建物を見上げ、ずるずると身体を引きずるようにしながら、路地へと進んで行った。

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