Episode.7 Footsteps breaking the love right there.
ユイがここへ来て、数日が経過した。
「ユイー」
「はっ、はい」
未だおどおどとした雰囲気はあるものの、シノやマキに対して大分普通に話せるようになってきていた。敬語口調は抜けなかったが。
「ほら、首のマフラー、ずれてる」
今日はシノとマキの二人共が仕事がない為、三人で出掛ける事になっていた。
ユイとシノは一応顔を隠せるようなものを身に着け、マキはいつもは結っている髪の毛を解いて、見る人への印象を変えている。
「二人共、顔隠しておいてよ?」
「うん」
「はい」
マキが先頭を切って歩き、ユイの手をシノが引いて、三人は市場へ歩いて行った。
「まずは何しますか?」
「そうだねぇ。...ユイ、何かしたい事ある?」
「う、えっと...、その...、本が欲しいなって...」
「本屋さんね。じゃあ、こっちだ」
マキはすいすいと人混みへ進んで行く。シノはユイの手を離さないようにしっかりと握り、マキの後ろを追っていく。
マキが向かった先は、古本屋であった。
本という代物は、一定の収入がある人間でないと買えない贅沢品である。新品であればなおさら、一般市民には手を出し辛い。そこで古本屋と呼ばれる古書を取り扱う場所が生まれた。
彼らは王族・貴族或いは一定の上流階級の人間が不必要となった古本を買い、それを安価で売り渡す役目を担っている。
彼らが居る事によって、一般市民にも比較的手に入れやすい環境が生み出されている。
「ここ、どこの古本屋よりも品揃えと品質がいいから、きっと気にいるよ」
「わぁ......!」
「ユイ、俺達貧乏だから、買えるの二冊ぐらいだからね」
「分かりました」
ユイはこくっと頷いて、逸る心を表すように一人ですぐに古本屋へ入って行った。
「...でもー、ユイは文字読めないですよね?」
「多分、知恵とか知識とか仕入れたいんじゃないかなぁ。ま、勉強するのはいい事だよ」
「...そうですね」
シノはにこにこと笑いながら、古本屋へと入って行く。マキは小さく息を吐いて、彼の後ろをついて行った。
ユイはマフラーが下がらないように手で押さえながら、きょろきょろと辺りを見回す。ユイより背の高い本棚が所狭しと並べられ、そこにはぎっしりと本が詰められている。
「凄い...」
その光景に圧倒されつつも、ユイの手近の本を取る。そこには一切分からない記号が並べられていた。これを読むのは骨が折れそうである。
ユイは文字が読めるようになりたいと思っていた。そうすれば二人の役に少しでも立てるのではないかと考えたからだ。いつまでも彼らに頼っていくのではなく、少しでも自立してシノやマキを助けられるようになりたい。
「おーい」
後ろから背中を指で突かれ、ユイはびくっと肩を震わせる。その反応に、マキは不服そうに唇を尖らせた。しかしすぐに表情が変わる。
「ユイ、いいの見つかった?」
「い、いえ...。どういうのがいいんだろ、って...」
「悩むよねぇ」
ひょこっと顔を出したマキは、にっと笑って手招きした。ユイはマキの後ろをついて行くと、絵本コーナーらしき場所へ着いた。
「ここ、ちょうどいいでしょ?隣の本棚はもう少し大きくなった子用の本みたいだから。ここら辺から選ぶのがいいんじゃないかと思って」
「ありがとうございます」
ユイは早速タイトルを見ていく。
先程まで見ていた場所は専門性の高い書物が多く読めなかったが、こちらは絵があるお陰か幾分か内容を推測する事が出来る。勉強していくには十分な難易度の物だろう。
「...しっかし、懐かしい物も置いてあるなぁ」
マキはひょいとユイの頭の上にあった一冊を取る。表紙は白と黒で構成されており、寂しそうな瞳をした無表情の少年が描かれた、薄い本であった。タイトルは二文字。
「...どういう本なんですか?」
「...『脱獄』っていうタイトルのね、短編だよ」
彼女の言う通り、他の本に比べると明らかに薄い。
「んー、舞台は周りを海に囲まれた孤島に建てられた精神病院。そこにはいろんな人が入ってて、主人公であるこの表紙の男の子もいるのね。彼は他の患者の子や担当者の人達と暮らしてる。毎日をそれなりにね。でもそんな日々も長くは続かなくて...、みたいな感じかな」
「はぇー」
「あはは、まぁ、面白い作品だよ。少しユイには難しいかもしれないけど」
好きなの選びな、とマキはユイの頭をポンと撫で、ふらりとどこかに行ってしまった。
ユイは少し視線をキョロキョロとしてから、マキの言っていた『脱獄』ともう一つ、絵の多い本を手に取った。その二冊に決め、シノを探す。
「シノっ」
少し大きめの声を出すと、彼にその声が届いたようで、シノが本棚の合間から顔を覗かせた。
ユイの手に持っている二冊にシノは目をやり、それからユイと視線を合わせた。
「それ、欲しいの?」
「は、はいっ」
シノはユイの手にある二冊を取り、会計の方へ歩いて行こうとして、その足を止めた。
「ユイ、マキと一緒に居て」
「分かりました」
シノはぽんとユイの頭を撫で、改めて会計の方へと向かった。
ユイはマキを探す為、忙しなく目と首を動かす。彼女はすぐに見つかった。おどろおどろしい表紙の絵柄の本のページをめくっていた。
その怖い絵にびくっ、とユイが反応する。
「......ん?あぁ、ユイ」
その刺すような視線に気づいたマキは、パタンと本を閉じて元の場所へ戻した。
「どうした?本は?」
「シノが買ってくれてて...。マキさんの所に居ろって...」
「あーそうなの。分かった。なら、本屋の外で待ってよっか」
マキはユイの手を取り、そのまま古本屋の外へと出る。古本屋の前の壁に二人でもたれかかる。
「んー、そうだユイ。そろそろ昼時だけど何食べる?」
「え、ええと...」
「何でもいいんだよ、ユイ」
マキはくすくすと笑いながら、ユイへそう言う。
「そ、その...、えっと...」
ユイは少し唸って、小さく呟いた。
「お、美味しい物...」
「......ほーん、美味しいものねぇ」
マキはユイからの言葉に顎を撫でて小さく唸った。そこへ会計を終えたシノが二人の所へ歩いて来た。
「あ、あのシノ、本は...?」
「俺の鞄に入れてる。家に帰ってから渡すね」
「...よし!次は美味しいオムライス食べに行きましょ!こっちです」
マキはユイの手を引き、シノを手招きする。
古本屋から少し歩き、市場の通りの人混みに戻ってからまた歩く。少しすると、路地を曲がった。そこには他の家とは違う煉瓦造りの家が建っていた。
「...知らなかったな、この店」
「でしょうね。私も最近知ったんですよ。この間初めて食べました」
マキは赤茶けた扉を開ける。ちりんちりんと綺麗な鈴の音が鳴った。そこにはやや強張った顔付きの店主と、綺麗な顔立ちのウェイトレスがいる。
「いらっしゃいませ、奥の席からお詰めください」
「......あー、そうですか」
マキは小さくそう言って、四人掛けのテーブルへ座った。ユイを窓側の方へ座らせ、シノがその隣へ。マキはユイの目の前に座った。
そこへウェイトレスがメニュー表を持って来た。それを机の上へ置き、一礼して席から離れて行った。
「じゃ、マキが美味しいって言ってたオムライス、食べよっか」
「僕...、全部食べ切れないかも」
「大丈夫!先輩が食べてくれるから」
マキは離れて行ったウェイトレスへ声を掛け、オムライスを三つ頼んだ。
「楽しみだねぇ、ユイ」
「はいっ」
「...もしかしてユイ、オムライス初めてなんじゃない?」
マキの問いにユイはこくりと頷いた。
「おむらいす、食べた事ないです」
「じゃあ、初めましてかぁ!どういう反応するのか、楽しみだなぁ」
「そうだね」
黒髪の青年の頬を風が撫でる。その横には眼帯をした女が座って、双眼鏡で一軒の店を見ていた。
そこに居るのは嬉しそうにはにかむ少年と、楽しげに笑う眼帯の女と同年代と見える女が座っている。少年の後ろには男の姿も見える。
「Kくん、この位置、良くないねぇ」
眼帯の彼女は少し笑って、双眼鏡から顔を離して隣の彼に声を掛ける。
Kは「そうだね」と小さく呟いた。彼が双眼鏡代わりに使っているのは、スコープ付きの狙撃銃。黒塗りの、スリムな形をしたスナイパー専用武器である。
「...ね、ユキに聞きたい事あるんだけど...」
「何?」
ユキは少し眉を寄せ、首を傾げる。
「あのシノっていう人と知り合い?顔写真見せられた時、少し顔がハッとしてたけど」
Kの言葉にユキは大きく目を見開き、小さく口元を上げた。
「どうだろうねぇ。知り合いかも知れないし、そうじゃないかも?」
のらりくらりとした返答に、Kは不満そうに頬を膨らませた。その反応にユキは押し殺したように笑う。
「冗談。知り合いだよ。昔の」
ユキは再び双眼鏡で顔を見る。口元を抑えて笑う女を見て、顔の見えない男の方にも目を向けた。
「久し振りだね、シノくん、マキちゃん」
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