なな⌒いろ
井守ひろみ
第1話:出会い
「緋乃、君が好きだ」
あたしは中学の卒業式後に、仲のいい男友達に告白された。
そのまま付き合うことになるかと思ったのに、事情があって未だ返事ができていないでいる。
そんなあたしは今日から高校生。新生活が始まる。
入学試験の時は散々だったな
あたし自身もよく受かったなと思ってる。
緊張しまくって解答欄をいくつか間違えてることに気づいて、必死に直してたから時間ギリギリまでテンパっちゃったし、その後の面接も舞い上がっちゃって受け答えが支離滅裂だったし、何を聞かれて答えたかもよく覚えてない。
「行ってきます」
家の玄関を出ると、少しだけ肌寒い空気に気と体が引き締める。
振り返ると、水無月の表札が目に飛び込む。
あたしは
肩下まで伸びるサラリとストレートなダークブラウンの髪。容姿は普通くらいだと思うけど、人見知りというか、臆病なところがあって、第一印象はたいてい「話しにくい」と言われる。
中学の時に仲のいい友達はいたけど、どうしても積極的に接することができず、遊びに誘うこともなかなかできない。
おまけに進路は別々になってしまったから、なおさら会う機会もなくなってしまった。
実は同じとこを通う中学時代の同学年生は面識のない人ばかり。
大丈夫かな…。
今のあたしの目標は、彼氏を作って素敵な恋をすること。
中学の卒業式の日、実は告白されていたけど…。
まさかあんな邪魔が入って、返事できないままになっちゃうなんて思いもしなかった。
全国的に遅咲きした桜の花びらが今もひらひらと空を舞う。
舞い落ちた桜の花びらが雪のように積もり、春の訪れを感じることができる。
あたしは比較的近くの高校に合格して、そこへ通うことになった。
初めて袖を通した学校の制服は新鮮な香りがする。
「よし、次こそ絶対いい恋するぞ~」
気合いを入れて、駅に向かう。徒歩で十分足らず。
周りを見ると、通勤や通学で駅に向かう人たちが足早に行き来している。
中学の時は駅と逆の方向だったから、景色もすれ違う人たちも全てが違って写った。
近くの駅から乗り換え無しで五駅。
この近さも助かった。
もし滑り止めに行ってたら、三回も乗り換えの上に二十駅という遠さになるところだった。
ピッ。
駅につき、ICカードで改札を通る。
休みの日に出かける時によく使った乗りなれてる駅から、学校へ向かう電車に乗った。
駅構内はちょっと混雑している。少なくともまっすぐ歩ける状態ではない。
階段を使ってホームに上がると、上り線側は結構列んでいた。
パシュー。
電車が到着し、開いた近くのドアから車両に乗り込む。
あたしは下り線だからそれほど混んではいないけど、それなりに乗客がいる。
少なくとも座席は空いてはいなかった。
進行方向左側の進行方向側にあるドア際が空いていたから、そこに寄り掛かる。いわゆる門番ポジション。
降りる駅までどころか、こっちのドアは当分開かない。
両開きのドア二枚を挟んだ進行方向反対側を見ると、同じ学校の制服だろう。男子生徒がいた。
ほっそりと引き締まった体に整ったイケメン顔。
彼は175cmくらいだろうか。151cmのあたしにはとても大きく見える。
引き締まった細い体、サラッとした茶色い髪、整った面立ち。
スマホの画面にタスタスと指を滑らせて、画面を確認したのか少し動きが止まり、そのままポケットにしまう。
いいな。あんな人と…。
あたしはまだ携帯を持たせてもらっていない。
親にお願いしてみたけど、中間と期末の試験結果次第で決めると言われている。
あっ!!目が合っちゃったっ!!
思わず慌てて目を逸らすあたし。
『急停車します。ご注意ください。Attention please.The emergency brake has been applied』
突如機械的なアナウンスが流れたと思ったら、ガクンと電車が止まろうとする。
乗客と座席を仕切る壁に背をつけていたあたしは、頭から肩下あたりまでの体が座席側へ仰け反り、足が滑りそうになる。
ドタドタドタドタ。
周囲から無数にバランスを崩した乗客の足音が響く。
「うわっ!!」
ドンッ!!
「痛っ!!」
踏ん張りきれなかった乗客の大きな体が飛んできて、目の前を覆ったかと思ったら、壁に寄りかかっていたあたしに思いっきりぶつかる。
寄りかかっていたから倒れはしなかったけど、壁へ押し付けられた背中とぶつかってきたお腹のあたりがジンジンと痛み、尾を引く。
それでもまだ容赦なく停車に向かってブレーキがかかりつづけている。あたしは押しつぶされそうなまま早く止まるのを待つしかなかった。
ぶつかってきた人を押し返す余裕なんて全然ない。
ガックンッ!!!
一瞬だけ進行方向と逆側へ体が揺さぶられ、バランスを崩す。
電車が停まりきり、窓の外で目まぐるしく流れて変わる景色も止まる。
ガバッ!!
「ごめん!!大丈夫!?」
急停車であたしにぶつかってきた男が体勢を整えて声をかけてくる。
「いたた…しかた…」
言いかけて、言葉を失った。
ぶつかってきたのは、さっき向かい側にいたイケメン男子生徒だった。
近くで見ると、体に電撃が走ったような感覚に襲われる。
「あっ、あの…その…」
「どこか打った?痛いところはない?」
心配して声をかけてくるけど、こっちはそれどころじゃない。
受験の時以上にテンパってしまっている。
どうしていいかわからず、顔を耳まで赤くして俯くしかなかった。
数分が経ち
「急停車してご迷惑をおかけしました。ただいまの急停車を知らせる信号は他の路線であることがわかりましたので運転を再開します」
ぷあーん。
ゴットン。
電車が動き出す。
ドキンッドキンッ…。
心臓の鼓動が目の前の男の子に伝わりそう!
「ほんと、大丈夫!?」
「…線の運転見合わせに伴い、振替輸送を実施しています。お客様には…」
電車のアナウンスが響き渡る。
「げっ、嫌な予感」
目の前の男子がげっそり気味に呟く。
ほどなく電車は次の駅に停車した。
「やっぱりか」
進行方向右側を眺めて、半ば諦めた様子で男子が呟いた。
そうか。さっきの運転見合わせって、この駅から乗り換える路線だったんだ。
他路線運転見合わせの影響で、駅のホームはすでにごった返している。
パシュー。
ドアが開き、ホームで待っていた乗客が一斉に乗り込んでくる。
ドカドカドカドカ…ギュムッ!!
ほんの数秒で電車は不快指数満点を超える混雑になっていた。
「くっ…」
目をつぶり、ギュッと押しくらまんじゅうになることを覚悟したけど、あたしのところまでは圧が来なかった。
えっ?
ぶつかってきた男子生徒が、あたしと向かい合わせの状態で壁に手をついてグッと堪えていたから、わずかな隙間を残していた。
ボンッ!!
顔を上げたら、苦しそうに微笑む男子の顔が、吐息がかかるほどすぐ近くに!!
やだ近い近い近い近い近い近いっ!!!
すぐに俯いて目線をそらすけど、心臓の鼓動はますます早くなっている。
「少しの間…我慢してね」
緊張しすぎて、こんなの絶対我慢できないっ!!!
次の駅に着いて、更に乗客が乗り込んでくる。
支える腕が疲れてきたのか、圧がそれを上回っているのか、かばってくれている男子との密着度が更に増す。
無理無理無理無理無理無理無理~っ!!!
早鐘のように鳴ってるこの心臓の音が聞こえちゃうよーっ!!!
「多分、次でかなり空くと思う」
「っ~~~!!」
耳元で囁かれて腰が抜けそう~!!
男子の腕がもうガクガクしている。声も苦しそう。
たった一駅なのに、数時間も乗ってるような錯覚に襲われる。
ドカドカドカドカ…。
次の乗り換えの駅に着き、乗客が一斉に降りだす。
座席は空いてないが、ガランとした。
見渡すと同じ学校の制服姿が多い。
「ふーっ!!」
男子がぐったりと座り込んだ。
あたしはというとヘナヘナ腰が抜けた。
「急停車の時はぶつかって悪かった。ほんとに痛いところない?」
ぽへ~っ。
もう放心状態。何も考えられない。
あっという間に次の駅へ着くが、まだポーッとしている。
「ほら、降りるんだろ?」
立ち上がった男子生徒が中腰の姿勢で手を差し伸べる。
ほとんど無意識にその手を掴む。
がっしりした力強い手に、ぐいっと引っ張られてフラフラと立ち上がる。
「すごい混雑だったから疲れちゃったよな」
手を引っ張られながら電車を降りてホームに佇む。
男子が手を離したところでハッとなった。
「ほんと、ぶつかって悪かった。痛いところや具合が悪かったらしっかり診てもらったほうがいいよ。じゃね」
男子は笑顔を振りまき、手をひらひらさせて歩いていく。
「あっ…」
魔法が解けたかのように現実へ引き戻された。
まだ少しふらつくけど、なんとか学校へ足を運ぶ。
あ~~~~~~っ、せっかくのチャンスだったのに一言も会話しないままで終わらせちゃったよ~~~!!
結局名前すら聞けなかった。
あんな態度で、きっと幻滅してるよね。あの素敵イケメン。
入学式は体育館で行われるので、会場の受付へ向かう。
座席は受付で渡された番号札のとおり、指定されたところを探して座る。
「は~~~っ…」
そして、自己嫌悪。
あの人って新入生なのかな…?
そうだったらここにいると思うけど…見える範囲にはいない。
入学式はつつがなく終わり、教室で名前を呼ばれるだけの紹介も兼ねた短いホームルームが開かれることになっていた。
あたしの席は…あった。
教壇のボードに書かれていた名前入り座席表のとおりに座る。
「はぁ…」
「どぉしたのぉ?すごい深い溜息じゃない」
前の席にいる女子が笑顔で声をかけてきた。
「っ!!」
人見知り癖がここでも出てしまう。言葉が出てこない。
「えっと、あの…」
「あたし
にっこり笑顔を向ける詩依ちゃん。
キレイなアッシュブラウンの腰まで伸びるロングヘア。
薄化粧ながらも健康的な明るい肌の色をしている。
笑顔にどことなく影を落としてるように見えるけど、気のせいかな。
「あたしは…水無月 緋乃」
「緋乃ちゃんかぁ。初めての人だらけで緊張しちゃうよねぇ」
「よっ、詩依。三年ぶりだな」
突如後ろからかかる男子の声。
この声は…まさか!!
背中にビリっとした何かが走った気がするっ。
恐る恐る振り向いたら、まさかの顔がそこにあった。
「あっ!!!」
ボンッ!!
再び顔が真っ赤になる。
嘘でしょっ!?今朝のイケメンっ!!
「ん?その顔…もしかして朝の?」
「緋乃ちゃんと何かあったのぉ?」
「朝の電車で急停車されて、こらえきれずにぶつかっちゃったんだ。怪我が無さそうで安心したよ。えっと…水無月っていうのか」
えええっ!?なんであたしの名前を……もしかして、昔どこかで会ってたっけ?
こんなイケメン、会ってたら忘れるはずないよねっ!?
思い出せ緋乃っ!絶対どこかで名前を知る接点が………全然思い当たらないよ~っ!!
名札を付けてるわけでもないし、制服に名前が書いてるわけでも…あるっ!!
たしかブレザーの内側に名前の刺繍があったはずっ!!
慌てて襟を伸ばして内側を確認しようとするけど、位置がかなり奥だから見えない。
すぐにボタンを外して内側を確認すると、名前があった。
これっ!?もしかしてこれを見て…。
いや違うっ、こんなボタンを全部外さなきゃならない位置なら、見えるはずもない。
それにあたしはこのイケメンの名前を知らないし、どういうこと~っ!?
「緋乃ちゃん、どうしたのぉ?」
「いや…あたしの名前が…その…」
詩依ちゃんが何かに気づいたようで、眉が一瞬すっと上がる。
「ぷっ、あははははっ」
上がった眉はそのまま笑いの形に変わり、声を出して笑っている。
「何がおかしいのっ!?」
「そっか、わかったぁ。あれだよぉ」
指差す先は教壇のボード。
って、ボードに書かれた名前入り座席表っ!?
思わず目が点になってしまう。
ポクポクポク…チーン。
そーだったっ!!さっきあたしあれを見て席に着いたんだった!!
知ってるんじゃなくて、あれ見ただけだったの~っ!?
あんなに慌てちゃって恥ずかしいっ!
人見知りする自覚があるけど、詩依ちゃんは親しみやすくて…大丈夫みたいね。
男子はあたしの隣に腰を下ろす。
「朝は自己紹介もできなかったな。俺は
…うっ…うそ~~~~~!!?
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