異世界に旧石器時代あらわる

 この世界でも石に名前がついている。

 人の生活になくてはならない鉄鉱石、世界の価値基準を形作っている金銀銅の鉱石などがそれだ。

 もっとも前世世界のように細かく分類されているわけじゃない。

 前世で言うところの黒曜石、まずはこいつを見つけなきゃならない。

 この世界の歴史がどんなものかはわからないけど、有史以前の道具としてほとんど加工せずに利用できる骨や木、石などの鉱物は利用しているはずだ。


 …………。


 地球的進化をしてればの話だけど。


「リリム、黒曜石って知ってるか?」


「何それ」


 やっぱそう言う反応するよね。

 僕が前世知識で説明すると、リリムはうろんな目で僕を見ながらこう言った。


「叩き割ると鋭く割れる黒い石……ねぇ」


「ああ、火山から出た溶岩が冷えて固まったものってことなんだけど……」


「それならこの辺にはないかもね」


 マジか!?

 いや、待て。

 確か長老が後生大事にしていた赤ちゃんくらいの大石が真っ黒だった。

 村じゃ長老がなんであんな石っころを大切にしているのかって不思議がっていたけど、長老が言うには「火吹き山からの贈り物」だって言ってた。

 僕は急いで村に戻って長老の家の焼け跡へ向かう。

 あった!

 見つけた石は誰かに叩き壊されていたけれど、断面を確認しやすくて助かる。

 うん、確かに黒曜石だ。


「こんな石が槍の穂先にに有効なの?」


「ああ。前世世界では人類が手にしたもっとも鋭利な刃物と言われてた」


「これがねぇ……」


 と、レレムがその角を触ろうとする。


「やめといたほうがいいぞ」


 と、注意しただけじゃその危険度はわからないだろうと思ったので、近くにあった燃え残りの柱をその石で削いで見せる。

 カッターナイフで鉛筆削るより鮮やかに削げるもんだからリリムはビビるし僕も想像以上でびっくりした。

 ヤベー。

 石器時代やべー。

 拾えるだけ拾ってピサーメの葉で編んだ袋に詰め込むと、自分の家に戻る。

 さて、まずは砕けた黒曜石を大雑把に大中小と分けて使い物にならないのは用水路に流す。

 むーん。

 これから先色々なものを作っていくわけで、収納棚が欲しいな。

 手に余るサイズが三個、握りこぶし級が七個、他に切片になってるようなのとかやじりなんかには使えんじゃないかってのがそれなりにありまして、小さなのを三個と中くらいの一個を残して水車小屋にしまう。

 黒曜石ってのは゛ガラスの一種だって言う事だから家の中で作業するのは危険だと思い、用水路のそばにある積み石のところで作業することにした。

 作り方は打製石器と磨製石器の二種類。

 やりづくりは喫緊の課題だし、道具も満足にない状況で磨製石器はないだろう……ってなわけで打製石器を作ることにした。

 小さなの二個と中くらいの一個をダメにして完成したのが一スンブくらいの鏃みたいなのと二スンブの穂先。

 これを小屋の横に積んである枝の中からできるだけまっすぐなものを選んで用意した棒の先に取り付ける。

 枝にナイフで切り込みを入れてそこに小さい方を差し込み……完成?

 いやいや、これじゃすぐ抜けちゃう。

 道具がないって不便だなぁ。

 寝床を作るのに使った草の茎を紐がわりにくくりつける。

 多少はマシになったでしょ。

 とりあえずこれと手斧を持って雑木林の中へ入ることにする。

 次の日、僕は雑木林の中へと入っていく。

 罠を仕掛けるのはいいけど、罠を作る道具がない。

 落とし穴に引っかかってくれるのなんか人間くらいだ。

 せめて紐だけでもあればくくり罠ができるのになぁ……。

 なんて思いながら歩いていたら、ばったり出くわしたのがラバト。

 でもラバトは臆病な生き物でささっと茂みの中に逃げていく。

 くそっ! ラバトうまいのに。

 午前中いっぱい歩き回ってラバトやファレクスは何度も発見したけど収穫ゼロ。

 小さいのは臆病だからなぁ。

 そろそろ一休みしようかと思った矢先に出くわしたのが僕の背丈ほどもあるオスのデヤールだ。

 草食のくせして角生やしてるんだ。

 あ・いや、肉食動物はツノなんかないんだっけ?

 あれ? これは前世の知識か?

 などと考えてたら、デヤールは逃げるんじゃなくて僕の方に突進してきた。

 やばいやばいやばい。

 とっさに槍を構えたけど、こんな大きなデヤールの突進を受け止められる自信ないぞ。

 でも、ここで逃すわけにもいかない。

 僕は、黒曜石の槍の威力を信じて槍を構える。

 これでも僕は前世で剣道有段者だ。

 デヤールの突進力をやりの攻撃力にそのまま利用するために槍の尻を地面に落として、頸動脈があるあたりに狙いを定めて突き刺す。

 微妙に角度をつけた槍は突き刺さるんじゃなく首の皮を切り裂いた。

 狙い通りに頸動脈が断ち切れたらしく、盛大に血がしぶく。

 この成功の代償に槍の柄がポッキリ折れたのはまぁ仕方ない。

 穂先を手に取りデヤールの血抜きを始める。

 これは現世で経験がある。

 父ちゃんたちと狩をした時に教えてもらった。

 一人でやるのは初めてだけど、何度かさせてもらった経験がある。

 あの時は父ちゃんたちが弓矢で仕留めてたっけ。


 …………。


 感傷に浸っている暇はない。

 血の匂いにひきつけられて肉食のファレクスやナルフ、冬ごもり前のバヤルがきたら大変だ。

 僕は、村の作法に則って前足一本切り落とし、森の捧げ物としてその場に残してデヤール担いで雑木林を後にする。

 用水路からこちらに渡ってくれば一安心。

 今の所用水路からこちらは人のテリトリーという暗黙の了解があって動物たちは滅多にこちらには来ないからだ。

 もっとも、僕以外に人がいなくなった今、この暗黙の了解がいつまで有効に作用するかは未知数だ。

 陽の高いうちに戻ってきた僕は、用水路で血を洗い落として玄関フードへ。

 槍に使わなかった方の黒曜石をナイフとして利用する。

 デヤールの解体作業の開始だ。

 前世の自分なら「グロ」とか騒いでいるんだろうけど、現世では日常の一コマだ。

 一人で解体するのはもちろん初めてだし記憶をたどりながらの作業なのですげぇ苦労したけど、何とか皮を剥ぐことができた。

 次は肉の解体だ。

 これも黒曜石のナイフで部位ごとに切り分けていく。


「なぁ、リリム」


「何?」


「現世知識は上手に呼び出せないんだけど、なぜだ?」


「そんなの当たり前じゃない。前にも話したけど、情報はすべて記録されるけど呼び出すためのインデックスが追いつかなくて情報が散逸ロストするの。前世記憶は神様がダウンロードでコピーしてくれたからインデックスが完璧なだけよ」


 なるほど、天与の才ギフトってやつか。

 デヤール解体は道具と経験不足のせいか日暮れまでかかった。

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