第2話 建国記念日

 芝生が綺麗に刈り揃えられた広大な地にそびえ立つ、白い塗装が施された城がある。所々に独特な彫刻が施され、正面には人の背よりも遥かに大きい青い旗が風ではためいている。


 ここはストラ王国と呼ばれる国の王城である。そこでは色々な格好をした人で賑わっていた。豪華な飾り付けが拵えられたドレスを着た女性、黒い背広に身を包んだ男性。誰もが気品ある者ばかりだった。


 今日はストラ王国の建国記念日であり、一年に一度、城の大広間では王族や国内外から来賓を招待した盛大なパーティが開かれる。長テーブルの上は料理で埋め尽くされ、特別な日であることが目に見えて分かる。


 パーティは何時間も続くため、護衛する兵士たちにも交替の時間が設けられる。



「――じゃあアルバ、あとはよろしくね」


「ああ、姉ちゃんは休んでて」


 金色の髪の二人はそんなやり取りを交わす。姉よりも目線一つ高い身長の整った顔立ちをしている弟は銃を携えて場所を継ぐ。


 剣を腰に差した姉は見るものを魅了させる華やかな笑顔で弟に手を降り大広間を去っていく。さながら蝶の羽ばたきのようだった。






「疲れたあ」


 先程の女性は溜め息とともに一言だけ呟いた。彼女は今城の廊下を歩きそう遠くない軍の宿舎に向かっていた。

 護衛の仕事が終わったため友人を誘って露店などを回ろうかなどと考えたが、護衛という名目上のただ突っ立ってただけの仕事はひたすらに退屈で、精神的な疲労が蓄積していた。


(今年くらいはゆっくり休んでもいいかな)


 気を休め大きく背伸びをして廊下を進んでいたその時――。



 背筋が凍るような不気味な気配を感じた。



(えっ…)


 不意に何か奇妙な気配がして背後を振り返る。そこは城の階段前。そこで立ち止まってしまう。


 視線を階段の上へ動かすが誰かがいるわけでも何かあるわけでもない。進行方向と違う上の階に行く用などもちろん無い。


 だがその向こう、上の階から目には見えない薄気味悪い何かを感じた。煙のような不安が上から下へと漂っていき、彼女はそれを吸い込んだため不快感が身の内からこびり付いていく。


 一度感じた不安は思考を巡らせ続ける内に徐々に肥大化していく。


 不安、ただそれだけで彼女の頭がいっぱいになる。仮に何も無くとも、無いという事実を確認しなければ済まない、それほどに気が気でならなかった。


 そして同時に何かあるという自身の勘が働いていた。


(……嫌な予感がする)


 ほぼ無意識的で本能的に階段を上っていく。警鐘が自分の中で煩く響くがそれが杞憂であると願って。






 二階を藪から棒に調べ始める。途中自分の姿を見た同勤や使用人から不思議そうに声を掛けられるが、何も問題無いと言いその場をやり過ごす。一刻も早くこの不安を拭い去りたかった。



 二階には何もなく三階へ上った時、微かな揺れを感じた気がした。それは一番奥にある美術品などが保管されている場所からだ。


 普段は鍵が掛かっているはずなのに何故?ましてや記念日のパーティが行われている最中に人が居るはずがない。彼女はそう確信し慌てることなく冷静にその部屋まで足を運ぶ。


 足音を立てずにゆっくりと。その間の時間はとても凝縮されたように神経を使った。体感にして実際の数倍近い時間が掛かったように思えた。

 時間にして数十秒に満たない時間を掛け扉の前に差し掛かる。



 内部の様子を探ろうと、耳を澄まして―――、



「――ここまで離れた距離を行けるとは、恐ろしいな…」



 誰かの声を聞いた。聞いたことのない声を。


 瞬間、彼女の恐れていたことへの覚悟を決める。


 音を立てずに腰の剣を鞘から抜き、両手で構えた剣で扉を力任せに振るい破壊する。派手に扉を吹き飛ばしたのが原因で破片や物置と化していた部屋の埃が舞う。


 姿が十分に確認出来ない先客、もとい侵入者に向け金髪の彼女は大声で誰何する。


「誰だ!」


 その侵入者は声と衝撃に驚く素振りを見せず、既に剣を構えていた。



 数秒後、視界が開けた時、意外な人物の登場でお互いに面食らった。


 漆黒とも呼べる黒色で塗り潰されたような剣を左手に構えているが、それよりも逆の手にあるものに目を奪われる。

 その右手には黒いもやのようなものが薄く漂っている。その靄は右手を強く握る動作をすると、靄がより濃くなりきりのようなものが右腕の回りをを渦巻いていく。


 その銀色の髪を後ろでまとめたポニーテールに近い髪形の男は、目の前に現れた女性を特徴からその正体に辿り着き、焦りを顔に現しながら呟いた。


「こんなの聞いてねえぞ。どうして、国最強の剣士がここにいるんだよ……」


 国最強と呼ばれた彼女はその言葉にに答えることなく、自分の疑問を相手にぶつけた。


「どうしてここにメルディルの者が……。まさかさっきあなたが言ってたのは……!」


 メルディル。それはストラ王国と長年に渡って戦争している敵国の名である。

 北に位置するストラ王国と南側のメルディルまでの距離にして700キロメートルはある。その距離を先程部屋の中で相手が口にした言葉から推測すると、自ずと答えが導き出せた。


「この距離を瞬間移動できる異能スキルを発現した人が……?」


「勝手に言ってろよ」


 右腕の黒い霧の回転が加速していくに連れて、霧の大きさも次第に増していく。そして態度を一変し相手を挑発するように笑みを浮かべ口を開く。


「このクソみたいな国に住むクズ共全員殺してやるよ。たとえ相手が最強だろうとなあ?」


 言い終わると同時に男は纏う霧を何本もの太い線のように変形させ、腕を大きく振るい彼女の身体へ目掛けて放出する。


 彼女は横に素早く跳ぶことで回避する。その霧は床に接触すると同時に爆発した。正確には絨毯の下の床まで粉々に破壊された。それは先程彼女が破壊した扉と比べると遥かに威力が桁違いだった。


 右腕に黒い霧を纏う男は静か剣先を向ける。


「さあ来いよ、セルシア・アリア」


 金髪の彼女、アリアは忌々しげに相手を睨み剣を力強く握りしめた。


「受けてたつわ、シーマ・エイゼル」


 銀髪の男、エイゼルは黒い霧は右腕を中心に渦巻きより大きくしていく。



 掛け合いを終えた二人は意識を全て戦闘へと切り替える。


 アリアはとてつもない早さで駆け出し低い姿勢で敵の懐へ潜り込み、下から上に剣を振る。エイゼルはその速さに驚きつつも冷静に剣と剣を合わせて対処する。



 剣と剣が重なる音は試合開始の合図に相応しい大きな音を響かせた。

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