九九 お召し物
馬車に揺られて登ってきた坂道を下り、再びルビビニアの門を潜り、街道沿いの家の前に馬車を止めると、ウェレアは率先して戸を叩いた。
「リーナ! リーナ!」
「はい、はーい」
ウェレアが呼び出すと、まるで待ち構えていたかのようにすぐさま家の中から返事が聞こえた。
「あ、こんにちは、ウェレア様。今日は何をご入用で?」
リーナは挨拶も少なめに、手慣れたように商談に入った。
「今日は私じゃなくて、こちらの面々にお召し物をお贈りしたいと思って、来たのですわ」
「ほう、ウェレア様がお客様をお連れするのは珍しいですね。どういったお召し物をご所望で?」
「彼女達を高貴な人物に見せたいのですわ。今は一般町民と変わらないでしょう?」
「なるほど、高貴に……一応ありますけど、上下揃えられますか?」
「うーん……だけどきっとこの方達、遠出したりして家に帰ったりしないのですわ。それに、彼女達は何というか、戦闘にもお出になるので……」
「ふうん、ミュレス人で戦闘……? ……ああ、もしかして、昨日町役場の辺りでワイワイとしていたあの関係の方ですか?」
リーナははっと気がついたようで、ティナに聞いた。
「ええ、私達はミュレス国軍の者です」
ティナはいつものように答えた。
「ああ、そうだったんですね、それはそれは……それでしたら、こういった外套などいかがでしょう?」
リーナはティナ達の様子を見て、別の部屋から、黒く、しっとりと光る、袖のない外套を3着ほど持ってきた。
「こちらなんていかがでしょう?」
「へえ、なかなかいいですわね」
「天政府人のお偉方もこういう服を身に着けていますからね。これは地も厚いですから、防寒着にもなりますよ。それに、前の紐を締めれば、下に何を着ていてもあまり目立ちませんし……」
「私もこういう服はいくつか持っていてますし、確かにお勧めできますわ。これに致しましょう」
ウェレアも、まるで打ち合わせをしていたかのように、リーナの売り込みに同調した。
「なるほど、じゃあこれにしましょうか……いいわね? エレーシー、エルルーア」
「うーん、そうだね。よく分からないし、お任せのものに乗っかろうかな」
「いいと思うわ」
エレーシーとエルルーアの返答を聞くと、ティナが答えをまとめるよりも先にリーナはにこっと微笑んだ。
「どうやら決まったようですね。こちらの丈はどれも一緒ですから、後で自ら切ったりしていただければと思います。お支払いは?」
「今回は私からの贈り物ですから、私が支払いますわ。幹部は貴女方お三方?」
ウェレアの問いかけに、ティナは誰の分を頂こうかと考えていた。
「うーん……私達と、アビアン、ワーヴァと、西軍のフェルフとフェブラで……今の所は7人分?」
「7人分……まあ、いいですわ、いいですわ。今回は」
ティナの回答が予想よりも多かったからか、一瞬苦笑いを見せたが、自分が言い出した事もあって、今回は気前よく出す決意を固めたようだった。
「ありがとうございます。多分、在庫はあると思いますから、ウェレア様のお屋敷にお持ちすればよろしいですか?」
「いえ、町役場の町長室にお届けになって下さる? その後で、私の所に来て下されば、お金はお支払いしますわ」
「分かりました。後でお持ちしますね」
「ありがとうございました。宝飾品だけでなく、服まで頂いて……」
ティナはウェレアに厚く感謝の意を表した。
「いえ、良いですのよ。私は貴女達の、ミュレシアをミュレス民族の手に取り戻す活動を応援したくて、出来る限りの援助をしたいと思ったまでですわ」
ウェレアはそう言うと、今度はエレーシーの方を向いた。
「特に貴女、タトー家の名を継ぐ者として、義勇軍首領が果たせなかった野望を、貴女が必ず達成させるのですわよ」
ウェレアは一層真面目な顔をしてエレーシーに改めて覚悟を決めさせた。
「はい、必ずや……」
エレーシーもそれに応えるように、神妙な面持ちで言葉を返した。
「頼みましたわ。あ、そうそう、戦いには必ず武器が必要ですわね。ミティリア、貴女、金物の商人互助会長でしたわよね? 貴女が総司令官の軍と武具の売買を仲介して下さる?」
「あ、はい、分かりました」
「流石にそこまでの援助は出来ませんけど、元々ルビビニアの職人達は天政府軍を相手にしてましたから、モノの品質は保障できますわ。何卒、ご贔屓に」
ウェレアはティナに、職人の互助会の関係者として、売り込みをかけた。
「ええ、そうですね……分かりました。ありがとうございます」
ティナの返事を聞くと、ウェレアは満足した顔で馬車に乗り込み、街を後にした。
リーナの家の前に残されたティナ達は、一台持て余した馬車に別れを告げ、歩いて町役場へと向かった。
「それにしても、ウェレア様にはなかなかたくさん、ねだっちゃったね」
エレーシーが道中でポツリとつぶやいた。
「そうね……そうはいっても、私達には手が届かないような物ばかりだったじゃない?」
「そうだけど……服はともかく、武具も今後揃えていかないといけないような気がする。今後、これ以上に天政府軍との戦いが厳しくなってくると……」
「うーん、それは確かにそうね。今まではずっと治安管理隊や、討ち取った天政府軍から盗んできた装備ばかりだったけど、これ以上大所帯になると、明らかに足りなくなるわね……」
「ミティリアさん、ルビビニアでは武具も作っているの?」
エルルーアがふと疑問をぶつけた。
「ええ、確かに、これまで地上統括府の命令で剣や盾、防具などを作っていましたよ」
「なるほど……」
「まあ、ルビビニアを私達が支配することで、売買を停止することも出来ますが、それには国軍の皆さんの力が必要ですけどね」
「一つでも天政府軍の痛手になるなら、協力するわ。それで、その剣とか防具っていくらぐらいするものなの?」
ティナは不安そうに聞いた。
「相手が天政府人だから多少は安くせざるを得なかったのですけど、そうですね……剣は250フェルネ、盾は500フェルネ、防具は全部併せて2000フェルネくらいで取引していましたね」
「剣でも250フェルネか……」
エレーシーは計量官時代の稼ぎや、一食分の値段と比較して、それが一般庶民には到底手の出ない値段だと悟った。
「なかなか値が張るねえ……」
「仕方がないですよ、沢山工程が掛かりますし、原料だって豊富にあるわけじゃないそうですから……」
「どうしようね、ティナ」
エレーシーはティナの顔を恐る恐る覗き込んだ。
「うーん……これまでは個人任せだったけど、お金の管理が出来る人を幹部に置いて、どうにかして捻出
するしかないわね……」
「あの、まとまった数が確定するなら、多少ならお値引き出来ますから……」
「ありがとう、ミティリア。その事も含めて、資金繰りの話は後でゆっくりとしましょう」
ウェレアと別れ、ティナはレプネムと服が届くのを既に心待ちにしていたが、先程のミティリアの言葉を思い返し、自らの軍は、彼女以上の財力が無いと、大勢の兵を連れて戦うにしろ、養うにしろ難しくなっていくだろうことが頭をよぎった。
この街でやることはまだ、山程あるのでは……
ミュレス国軍幹部の3人は、それぞれ気を抜くことなく、新たに顕れた問題に早くも頭を悩ませていた。
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