39-4
~39-4~
「断りも無く、何を前向きに検討していらっしゃるのか理解に苦しむのですが」
翌朝、朝食の支度もそこそこに済ませた所で寝室から降りてきた彼に声を掛けられた。やはりチワワではなく狸だったか…。
「まさか『来歴』とやらに釣られたのですか?あんな女の話を真に受けて危険を侵そうなんて」
『もうぞろ愛想を尽かされても文句は言えまい』と、恐らく彼が飲み込んだのであろう言葉を脳裏で反復させる。どれだけ期待を裏切っても、それだけは口にしないと知っていて甘えているのはいつも私の方だった。ここまでは大方の予想通りに事が運んでいる。問題は、予想を立てただけで善後策の用意がからっきしと言う点だ。
いっそのこと計画を洗いざらいぶちまけてしまうべきか。正直気乗りはしない。私の星巡りの悪さから言って先に待つ凶事の前触れになりかねない。よく有る話だろう、『この戦争が終わったら結婚するんだ』なんて。
「先に申し述べておきますが、レシピ本の隙間に隠したケイマン諸島のパンフレットは既に僕の手中に有ります」
思わず頭を抱えた。格好がつかないにも程がある。
「…大頭目の知り合い伝てに良い物件を紹介して貰っていてな」
観念した私は今後の人生設計について全て打ち明けた。これまでの仕事で得た報酬、諸々の資産を売却して得られる資金の試算を済ませていること。試算額に基づいて現地の優良物件の候補をリストアップしていること。ついでに投資ファンドを経由して伸び代のありそうな軍需産業に纏まった金額を投じていることも。これも義父から提供された情報に基づいて先々ホットスポットになりうる国とパイプの強い企業を選んでいる。移住後も当面は配当金で生活費を賄える算段だ。
「鉄砲よりも算盤を弾いてる方がいくらか健全だろう?」
「…なら算盤にだけ集中していれば良いではないですか」
本音を言えば全く同意見、資金繰りが順調に行けば明日にも新居の契約をしたって良い。だが先に述べた投資の一口が存外に高くつき、保険として手元にプールしておく予定の資金が今一つ心許なかったのだ。
「石橋を叩く玄能で足を打っては元も子も無いではないですか」
「…言わんとすることはわかるよ」
ここまで十全に整えておいて『保険の為に危険を侵す』と言われて納得できようもあるまい。では何故?…やはり、彼の指摘が的を射てしまっているのだろう。
再会は全くの偶然だった。命に代えるべき者を一度に二つ喪ったあの日から、君と再び相見えることだけを目的に生きてきた。それが叶った今、欲が出たのだろう。『俺の知らない君の全て』を求めてしまう。
知ることが『君と共に生きること』に並ぶ自身に課せられた使命のように感じている。彼女の代わりどころか、己の負う分ですら君を愛してあげられない。気の毒な君の父親の慰めの為に。
結局俺はいつも、我欲の為に君を苦しめている。
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