32-1
~32-1~
嘘つき。思わず口を突いた言葉ではあったのだけれど、思うより正鵠を射ていた言葉だったと思う。
帰宅の時期が遅れる事に対しては、然程責める気分も湧いていない。何れだけ遅れても貴方は帰って来るのだし、帰って来なくても同じ末路に至る事にも抵抗は無い。
そんな事より何より許せないのは、行動原理の約束を違えていて、その事に自覚が無いらしい事だった。…二人で生きようと言ったのに、屹度未だ彼女の面影はこの人の脳裏に、視界に、心に染み付いたままだ。
自分は疾うに示した心算だった。他には何も要らない、貴方だけで良いと。抑他に身の置き場も無い、無くて良い。
此処まで己の存在を欠け替え無くさせておいて、他の女を心の片隅に良いが儘住まわせておくなんて。許しても、認めても、心乱さずに居れる筈は無い。
あの老人は恐らく彼女と縁深い、多分父親なのだろうと察した。この人を恨むような口振り、この人が菫色をなぞった時の表情、その辺りを纏めればまぁ妥当な線だと思う。
そんな相手の行く先を慮って出来る限りの何かをしたい。人として大層に御立派で在らせられるけれど、僕の伴侶として其れは落第点に過ぎるでしょう。
其れでも屹度貴方は上手に僕を宥めて行ってしまう。構わない、解っている、騙されてあげる。貴方が大好きだから。
だから今だけは、もう暫くは、貴方を困らせておいてあげなければ。
貴方にとっても、帰る場所は此処に確かに在るのだと、忘れずに居られます様に。
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