7-2

~7-2~


 「まぁ立ち話も何ですから、気にせず上がってください」

 顔から火が出そうな思いも度を過ぎれば却って諦観が勝る物らしい。既に平静を取り戻した私は空いている右手を後方にかざして来客を邸内に招いた。老紳士を先頭に続々と入室する護衛の一人一人に会釈を送りながらそれとなく人数を数える、どうやら数名は庭に残るらしい。


 「不躾とは思うが用心の為だ、納得して欲しい」

 私の視線の在り処を察した老紳士が謝辞を述べる。


 「構いませんよ、寧ろご配慮に感謝します」

 笑顔で応じた私はと言えば既に入室した彼らを食堂と客間のどちらに通すべきかを思案する段に入っていた。御付の面々の佇まいを一瞥し、数瞬迷い、結局食堂へと歩を進めた。彼らに着席を勧めた所で固辞するだろうことが分かっていたし、起き抜けの今は茶の用意に台所と客間の往復をするのも少々億劫だったのだ。


 「適当に掛けていて下さい、珈琲で良いですか?」

 再度入室した人数を確かめながら問いかけた私の前に護衛の一人が歩み出る。他の護衛達よりもやや年嵩の、体格の良い美丈夫。私の記憶が正しければそこそこ古参の組員で、老紳士にとっては所謂右腕といった所なのだろうか。男が口を開く。


 「俺がやりますよ、物の場所が分からないので多少時間は頂きますがね」

 思いがけぬ申し出に目を丸くする私に微笑みながら男が二の句を告げる。


 「尤も、坊や抱えて片手塞いだ状態でどうやって珈琲を淹れるのかは見物ですがね」

 どうやら気遣いは出来るが相応の諧謔味も備えているらしい。しかし、その笑みに私たちを揶揄するような嫌味は感じない。基本的には好感の持てる良い男、と言うのが私の抱いた印象だった。


 「じゃあお任せします、必要な物は戸棚に一纏めにしてありますから」

 はいよ、と軽い調子で答えた男がカウンターの奥に入っていくのを何の気は無しに目で追っていると背後から老紳士が声を掛ける。


 「すまないね、奴はいつも一言多い」

 振り向くとやれやれと言った様子、どうやら常の事らしい。


 「構いませんよ、少なくとも私にとっては嫌いな人種じゃない」

 背に負う彼にとってはその限りではないらしいが。微笑み掛けられてから此方私の肩口に噛み付いて離れない所を見ると今朝からの不機嫌さには拍車が掛かってしまったらしい。

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