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 いつからだろう、などと自問するような前置きは必要ないだろう。仕事に不快感が伴うようになったのも、引き金を引いた回数を記憶するようになったのも、全て同居人との関係が変化した事を切欠として起こっている。


 「愛する者を得て人命の重さを悟った」であるとか「人道に悖る行いに手を染めながら愛を紡ぐことに罪悪感を覚える」などといった感覚とはまた違う実態の知れぬ何かは、しかし確かに私の心の枷となって仕事をこなす度に暴飲を強いていた。



 「組合の主任会計士の席が空いているのは知っているね」

 暫くの間続いた沈黙を破った老紳士の放った一言はおよそ脈絡のない、予想外の物だった。


 「ええ、はい、確かもう一月になるのでは」

 主任会計士、と言えば聞こえは良いが要するに金銭や物資の出入りを管理する役目を負う組合の金庫番は、横領を行って用水路に浮かぶことになった前任者以降空席が続いているのは有名な話だった。


 「君は組合の子飼いの中でも既に中堅に位置している、実績が有り信頼も高い」

 老紳士は先程までとは異なり視線を私から外しどこか遠くを見据えるような目で言葉を続ける。


 「もし君さえ良ければ、次の主任会計士に推したいと私は考えているんだ」

 胸の閊えを吐き下すように一息で言い切ると老紳士は改めてカップを手にし口元へ運んだ。意識して表情を抑えているのだろうか、その相貌からは一切の感情を読み取ることが出来ない。例えるなら、死刑宣告を下した裁判官はこのような恐らくこのような表情をするのだろう。


 尤もそれも無理からぬ事だ。郷里を飛び出し下働きから体一つで銃把を握り身を立てた結果漸く今の生活を手にした私に対し、今の言葉は隠遁を迫る引導に他ならない。金庫番と言う立場にあってはその行動は著しく制限される事になる。前任者の件を考えれば身辺に監視者の類もつくことになるだろう。或いはその重圧を埋めるために前任者は背信に走ったのではないのかとも考えた。


 私の意思を尊重するような先程の提言も恐らくは建前だ。このような話を持ってくる段階で既に内々に「上」の方で結論が出ているのだろう。つまり、最近の不審な行動から私は掃除屋として「不適格」の印を押されたのだと言う事を暗に示しているのと同義であった。

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