第141話:七年の時を経て輝きだした一枚の賞状
そうしてしばらく歩き進めていくと誰もいない公園が見えてきたのでそちらに入り何となくブランコに座った後、他の人からすれば誰もいないはずの空間に向かって
「それで、何しにきたんだマイカ?」
そう言うと恐らくティアがかけたであろう透明人間になれる魔法が解け、『やっぱりバレてた?』みたいな顔をしたマイカが目の前に現れた。
「だって丁度私が起きた時にティアが『ちとソウジに頼まれたお寿司を受けとってくる』って言うから、詳しく話を聞いてみたら『もしかしたらこれってソウジ君のお母さんに会えるかも?』って考え始めちゃって……来ちゃった♡」
『来ちゃった♡』じゃねえよ。しかも俺が帰ってきた時には既にいたし。
「はぁー、それでご感想は? 想像と違って意外と俺らの仲がよくて驚いたとかか?」
「うーん、それについては予想の範囲内だったかな。だってちょっとやり方があれなだけで根本的にはソウジ君の為でもあったんだろうっていうのは話を聞いた時から分かってたし。まあ驚いたっていえばあのリビングにあった立派なピアノとその上に飾ってあったトロフィーの数、あとは同じ部屋に飾ってあった賞状の方かな。少し前に妹ちゃんは自分と違って優秀だって言ってたけど本当に凄いんだね」
ああ、あれか。ピアノの大会で貰ったトロフィーが五個に賞状が三つ。それに加えて小学三年生から今も続けている吹奏楽の大会で貰った賞状が自分の部屋に何枚か飾られているのに対し、中学から高校まで六年間ソフトテニス部だった俺が大会で貰った賞の数はゼロ。
それどころかちゃんとした賞状やトロフィーは勿論メダルすら貰ったことがない。
「まあ俺がピアノを辞めた後にその立派なアップライトピアノを妹の為に用意したり、俺が出る大会には一回もきたことがないくせに妹が出る大会には父親・母親・伯父・伯父の奥さん・母方の爺ちゃん・婆ちゃんの計六人が毎回演奏を聴きに行くほどだから凄いんじゃないか? 別に誰か一人でもいいから見に来てほしかったってわけでもないけど」
だって来たらきたで絶対に家に帰ったら文句を言われるし。それなら誰も来ないでくれた方がお互い精神衛生上よろしいってもんだ。
「でも私ソウジ君の部屋で一枚だけ賞状を見つけたよ。ほら♪」
そう言いながら右手に丸めて持っていた紙を広げたかと思えば俺が小学六年生の最後に貰った『在学中に一番図書館で本を借りたのは貴方です。おめでとう』みたいな内容の賞状を見せてきた。
しかしその賞状は当時の自分が見ても『これ、絶対学校のPCでテンプレを使って作ったやつだ』と分かるレベルのものであり、とてもリビングなどに飾ってあったものとは比べ物にならない程ちゃっちい物だ。ついでに内容もちゃっちいけど。
「運動も勉強もできずこれといって特技もない俺が唯一貰えた賞状が毎日二冊ずつ本を借り、それを次の日のお昼休みまでに全部読んでは返してまた借りるを六年間繰り返せば誰でも貰える簡単なやつっていうね。結局それを貰ったところで誰も褒めてくれなかった挙句、自分で自分のデスクマットに挟んで飾ったのをそのまま放置し続けたゴミを誇らしげに見せられても困るんだが」
「でもソウジ君が持ってる知識って今も尚ずっと本を読み続けてるからであり、他の人が中々思いつかないようなアイディアをパッと出せるのはそれで得た知識の量が尋常じゃないくらい多いからでしょ? それに妹ちゃんには悪いけどピアノが凄く上手かろうが何だろうがプロになれるほどのレベルじゃないみたいだし、それって結局一時的には自分のステータスとして使えるかもしれないけど一生使えるかって言われれば微妙じゃない?」
「まあ確かにピアノ教室・音楽の先生か保育士・幼稚園の先生とかになるっていうなら使い道もあるだろうけど、そうじゃないなら趣味で続けたりしない限りはもう一生使わないっていう可能性の方が高いかもな」
アイツがそんな職業に向いてるとはとても思えんし、本人もそっちの道に進む気は一切ないみたいだけど。
「でもソウジ君は違う。だって現在進行形でその積み重ねが仕事に活かされているから。……つまり私から言わせてもらえば実家に飾ってあった物は全てそのうち過去の栄光へと変わっていくけど、この賞状は貴方が今の仕事を頑張り続ける限りは価値のあるものとして輝き続ける物であり、何か新しい成果を出せば出すほど輝きが増していくという凄い物なんだから軽々しくゴミとか言っちゃ駄目」
「その理論でいくと逆にリビングとかに飾ってあった物は一つを除いて全てゴミだって言ってるようなもんだぞ。何となく言いたいことは分かるけど」
恐らくマイカは一番最初に貰ったものはその後の活躍の第一歩という意味があるのに対し、それ以降に貰ったものは全てゴールに向かう為の過程で得たものに過ぎない。つまりこの子に言わせればそれ以外は全て価値のない紙切れだと言いたいのだろう。
そしてこれからの人生でその評価された技術を使わなくなってしまった時、唯一価値のあったそれも一瞬にして過去の栄光という名のゴミに代わると。
「ということで、この賞状は額縁に入れて居間にあるテレビ台の上、つまりテレビの横側に飾っておくね」
「ちょっと待て。千歩譲ってマイカの部屋に飾るのはいいけどそれを居間に飾るのだけは止めろ。絶対に止めろ」
「うーん、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど…誰かに見つかったら絶対に騒ぎになると思うよ」
そもそもマイカが勝手に持ってきただけであげたつもりは一切ないのだが、取り敢えずそれはいい。しかしこれを誰かが独り占めしていることによって騒ぎにでもなれば面倒くさいことになるのは確実。だからといって居間に飾られるのも嫌だ。となれば俺がすべき行動はただ一つ
「やっぱり自分の部屋に飾りたくなってきたから今すぐ返せ」
「もうテレビの左端前に置いてある集合写真の反対側にこれを飾るって決めてるんだから何を言われようと絶対に返さないし、さっきまで散々ゴミゴミ言ってたんだからこれはもう私の物だもん♪」
「そんな貴重な物がゴミなわけねえだろうが! あ、おい逃げるな‼」
そう言いながら一応道路に飛び出さないよう公園の出入り口に結界を張り、それから追いかけ始めたのだが……予想以上にマイカの足が速かったのと栄養ドリンクを飲んでなんとか五限の授業を乗り切った今の俺では追いつくのにかなりの時間を要してしまい、本当は後ろから抱きしめようとしていたのに体が言うことを聞かずそのまま軽くだが体重を預けるような形になってしまった。
まあ魔法を使って自分の体重をかなり軽くしているのであまり負担は掛かっていないハズである。
「ソウジ君って私達に抱き着くのが好きみたいだけど、安心する以外に何か理由ってあるの?」
「……女の子特有の謎の柔らかさとか細さとかによる独特の感触を一回知ったら癖になっちゃったというか、これはやったことのある男にしか分からない心地よさがあるんだよ。マジで」
あー、でも自分より極端に大きい人相手にそれをやってもなんか微妙なんだよな。逆に安心感は増すような気がするけど。
「なるほど、なるほど……。でももう時間切れ~♪」
何故か若干嬉しそうにそう言いながらも下からスルッと抜け出されてしまったのだが、その代わりに俺の右手を握ってきて
「そんなあからさまに不機嫌そうな顔をしてくれるのは嬉しいんだけど、そろそろ買い物に行かないと夜ご飯の時間を過ぎちゃうよ」
「ヤバッ! おい急いで帰る…じゃなくて、買い物! 買い物しに行くぞ‼」
疲れているせいか判断力が鈍っていた俺はそのままマイカと手を繋いで近くにあるコンビニに行ったのだが、運悪くよっちと鉢合わせてしまい話し掛けられはしなかったもののこっちの状況がバレたのは確実である。
ま、まあマイカ以外の子といるところを見られなければセーフでしょ。それに母親に合わせる可能性があることも考えて一応この子の話しかしてないし。
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