第4話・王子さまにも愛妾にもなりたくありません
色々あり過ぎてあまり眠れなかったけれど、朝が来て、私は17歳になる。
成人になる誕生日、この日はお仕事は免除され、小間使いといえども成人の儀式を受けて個室を頂ける事になる。
白の木綿の一番いい服に着替えていたら、仕事に出ようとしていた母さんがこちらを振り向いた。
「成人おめでとう、リエラ」
「あ、ありがとう……」
何しろ普段ろくに会話もない親子なので、改まって祝いの言葉を貰えるとも思ってなくて、ちょっとびっくりしてしまう。
すると母さんは、そんな私の気持ちを察したらしく苦笑いして、
「あんたを育ててきて、わたしゃ色々苦労をしたよ。わたしがあんたの親に選ばれたのは、ただ単に、わたしが自分の産んだ子を亡くしたばかりでお乳が出る、という理由くらいだったんじゃないかと思う。愛しい自分の子が死んでしまったのに、何でこの子を育てないといけないんだろう……何でわたしの子じゃなく、この子が生きてるんだろう……あの頃はつい、そんな事ばかり考えちまってた。何しろ、実の子と思おうとしても、あんたの髪を見ると、どうしてもそうは思えなかったからねえ」
「……ごめん」
なんだ、結局怨み言? 生きててすみません、はい。
でも、続きは、私が想像してたような内容じゃなかった。
「だけど、今思えば、やっぱりあんたがいて良かったと思うよ。あんたは生意気で可愛げもなかったけど、でも真っ直ぐな心根を持って成人になってくれた。今日の日が来て、苦労も報われたってもんだよ」
「母さん……?」
「あまり優しくしてやれないままで悪かった……昨晩も、起きて待っていようかとも思ったけど、何だか泣けそうで、あんたに居心地悪い思いをさせると思ってね。でもあんた、夜中に出ていったろ? いつの間にかいいひとが出来たのかい? もう大人なんだから、自分で自分の幸せを掴むんだよ。今までも、あんたは自分で頑張って来たけど……」
「……母さんたら。別にこれで別れって訳じゃあるまいし、部屋が別になるだけじゃない。何しんみりしちゃってるの?」
私は母さんの意外な本音に胸が詰まりそうな思いだったけれど、敢えて明るくそう言ってみた。
「そうだね、おかしいね。でも、なんだか、おまえが遠くに行っちまうような気がしてさ……」
どきんとする。まさか母さんは私があの騎士さまに連れ去られる予感でもしているのだろうか?
「や、やあね、母さん、また夜には会えるわよ。新しい私の部屋で一緒に夕食食べようよ」
「あれ、あんたのいいひとを紹介してくれるのかい?」
「だからそんなひといないって! 昨晩は、その、お腹が痛くなっただけよ!」
「なんだい、来年あたりには孫が見られるのかも、なんて思ったのにさ」
……孫。母さんは、私の子どもを孫と思ってくれる。ちゃんと、私を娘と思ってくれてた……。
「行ってきます、母さん、ありがとう!」
私はやっぱり、小間使いの娘で良かった、と思う。
ゼクスの話では、王家の家族なんて、兄弟で見比べられ、王子らしくするよう言われるばかりで、ただただ窮屈なだけだというもの……。
―――
外に出ると、雲一つない青空が眩しくて、私の成人としてのこれからを祝福しているみたい。
昨日の色々な散々な出来事も忘れさせてくれるようだ。レイアークの騎士問題は何一つ解決していないけれど、私は嫌な事は全部、子ども時代にまとめて投げ捨てて終わりに出来るような気分になっていた。
私は、私と同じ誕生日の他の三人と一緒に、城内の一般用の教会で成人の儀式を受ける。司祭さまの祝福を受ける簡素な式だけど、これでもう子どもじゃないんだ、と思うと妙に力が入る。
ゼクスは、次に会う時にお祝いを用意するって言ってくれてたな。ゼクスも来月には成人だけれど、その時には大きな式典が催される。私からゼクスにお祝い、なんて、何も思いつかないけど……。
新しい部屋はどんな感じかな。一人で寝るってどんな感じかな。
そんな事を考えていると、宿舎へ戻る他の三人から私だけ引き離されて呼ばれた。
「そなたはこちらです」
「えっ」
綺麗な衣装を纏った宮廷勤めの侍女さまからそう言われて、私は驚いた。侍女さまが示した先には、馬車があったからだ。普通の乗用馬車。馬車なんて私は、貨物用のに臨時で乗った事くらいしかない。
何だろう。まさかあの騎士さまが捕まって、私の事を喋ったのだろうか。特別扱いされる理由なんてそれくらいしか思いつかない。でも、隣国の王族だとばれたにしては、待遇が低い気もするし?
頭の中に疑問符を飛び回らせながらも、逃げ出す訳にもいかないので、私は言われるままに馬車に乗るしかなかった。
―――
王城を出て城下町へ。
でも、それ程王城から遠くない区画で、馬車は停まった。
目の前にはお屋敷が。
馬車から降ろされ、お屋敷に連れ込まれ……そこで私は、私と変わらない位の年齢の小間使いの娘たちから、湯あみをさせられ、普段はろくに櫛も通さず一つに束ねている髪をごしごし洗われて、綺麗に結い上げられて……美しいドレスを着せられた。
ええっと……これは、やっぱり、あの騎士絡みで私の身分が知られてしまった、以外に考えられないよね。でも、だったらなんでわざわざ王城の外に?
「まあ……流石にお美しい」
「陛下がお見初めになるだけの事はあるわね」
「小間使いの姿の時とは別人みたいね」
ざわざわと小間使いたちは私を羨まし気に見ている。えぇ……私は母さんの所へ帰りたいのだけど……それに何か今、意味の解らない言葉が聞こえた気もしたけど……お見初め??
「鏡を御覧なさいまし」
と侍女さま。壁に掛けられた立派な姿見を見ると……、
「ええ……」
もう何か変な声が出てしまった。
清潔はなるべく保っていたつもりだけど、お洒落なんかに縁のない生活。中にはそれでも頑張って、少ないお手当を溜めて街でアクセサリーを買って、好きな人の気を引こうとする子もいたけれど、私はそんな事に興味はなかったので、お手当は全て貯金してた。
で、今、磨き上げられ、せっせと飾り付けられた私は……確かに、お姫さまと言われても違和感がない位、美人さん……になっていた。
触れた事もなかったような上質な絹の純白のドレスに、煌めく宝石の連珠のネックレス、銀の髪と瞳に合わせたように、角度によって色彩の変わる美しい宝石を散りばめた銀の髪飾り……。地味顔だと思ってよくよく見てもいなかった自分の顔が、こんなにお化粧映えするなんて驚きで。
「リエラさま。こちらにお座り下さい」
と、侍女さまは私に立派な椅子を勧める。言われるがままに座ると、
「わたくしはこれからあなたさまのお世話をさせて頂く侍女長、セリーヌと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「あの……私には何がなんだかさっぱり判らないのですが……私は小間使いの宿舎に新しい部屋を頂けるのではなかったのですか?」
取りあえず、出生云々の話は知らない事にしてそう言ってみると、侍女長はそうでしょうねという感じで頷いて、
「今からご説明致します。もう、あなたさまは小間使いではありません。あなたさまは、栄誉あることに、我がトゥルースの栄えある国王陛下のお目に留まったのです。陛下は、あなたさまが成人になるのを待っておられたのですよ? その広いお心にどうぞ感謝の念をお持ちくださいませ」
「お目に留まった……とは??」
国王陛下といえば勿論ゼクスのお父さん。ゼクスに言わせれば、欲深で怒りっぽい太ったオヤジ。模範的でないゼクスとの仲は勿論悪い。そんな話を聞いてきたので、当然私の陛下に対する心象も極めて悪い。
その、陛下のお目に留まった、とは? この事態はレイアークの騎士とは無関係? もしかして、ゼクスと親しくしてるのがばれたとか?
物わかりの悪い私に侍女長はイラッとした様子。
「解らないのですか? あなたさまは、陛下の愛妾になれるのですよ! この館が、あなたさまの新しい住まいで、あなたさまがここのあるじなのです。そして、今宵、陛下はお渡りになられます。あなたさまは、元小間使いの割には、態度も言葉遣いも弁えていらっしゃるようですが、陛下に対し、粗相のないよう、今からわたくしがお教えします」
「あ、愛妾?!」
私は仰天して椅子から立ち上がった。
「だって、陛下は……あの、私とは親子程も歳も離れているのに? え、どうして? 私は元の宿舎に帰りたいのですが!」
私の反応に、侍女長もまた仰天したようだった。
「喜ばないのですか! 陛下が望まれているのですから、歳の差など関係ないでしょう! もし立派な男子を産めば、側妃に連なる事も叶うかも知れません。それに、あなたさまの望みがどうあれ、これは前々から決められていた事。元小間使いの分際で、逆らう事など出来る訳がないでしょう!」
「でも!」
「口答えは許されませんよ、リエラさま。さあ、まずは陛下をお迎えする作法から……閨に入れば、あとは何もかも陛下にお任せして言われる通りにすれば良いのです」
偉い人に対する作法は、ゼクスに色々教えて貰ったので身についている筈だけど……って、そんな事考えてる場合じゃない! ゼクスのお父さんの妾にされるなんてとんでもない!
でも、窓から外を見ると、門にも館の周囲にも何人かこの国の騎士さまがいて、とても逃げられそうにはない。
(何とかしてゼクスに連絡をとれたら……)
でも無理に決まってる。
こうなったら、陛下に、私の本当の身分を打ち明けるしかないのかも……。友好国の王女と判れば、流石に無理やり愛妾に、とは出来ないでしょう。でも……証明できるものは何もない。
(あの馬鹿騎士。彼が正式な書状を持って訪ねて来ていれば、こんな事にはならなかったのに!)
あくまで秘密裡に私を連れ帰るのが彼の任務であるし、冷たい態度で今度会ったら通報する、とまで言っておきながら、私はあんまりな運命に、思わずジークなんとかに心の中で不当な八つ当たりをするしかなかった。
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