第33話
朝の6時過ぎからモモカは悲鳴に近い泣き声で、リツのスマホを轟かせた。それをリツが必死に宥めて10分。リツの表情はげっそりと疲れ切っていた。
状況説明はサクラに代わり、リツは朝の準備をしていた。
鳩頭とティアに会って、彼女曰く10日は大丈夫ではないかという。だから、その間にこちらも対策を練らないと、今度こそ危ない……かもしれない、と伝えた。
モモカはすすり泣きながら、何度も「2人は大丈夫なんだよね?」と聞いてきた。ひとまず、このままじゃモモカも落ち着かないと思い、この後、モモカに来てもらうことになった。
サクラは今日は休むことにした。幸い、以前頼まれて仕事を替わったパートさんが、快く交代を引き受けてくれた。「休めるんだ」と少し怪訝な顔して言うリツ。サクラは「こんな命が関わってるのにおちおち仕事なんてしてられない」と答えると、それに対してリツは短くため息をついた。
「あたしは、仕事いかなきゃ。夜勤なんだ」
「休むの難しいの?」
「そりゃ、よっぽど代われんね。雇用契約的にもなかなか融通効かないし。それに夜勤は代わりがなかなかおらんし、インフルとかでもないのに突然変わるなんてうちだと非常識」
「インフルよりよっぽど危険なのに」
「魔法少女だった頃の敵に殺されそうなので休みますなんて言ったら頭おかしいでしょ」
リツはしかめっ面のまま、口元だけでニヤリと笑うなんて複雑な表情を見せた。
「うーん……職場なら人もいるから良いのか。なら、寝んで大丈夫?」
「……寝たい」
モモカをリツの家に呼び、リツには寝ててもらうことになった。リツはやっぱり一人でいるのが不安みたいだった。
パンと牛乳で朝食を済ませ、モモカが来るまで一眠りすることにした。サクラはリツの睡眠を邪魔するわけにもいかなかったため、リビングの方に枕を持っていき、そのまま床で横になった。
目を覚ましたのは午前10時前。フローリングが日差しに反射して白く光っていて、眩しい。外からは車が行き交う音が忙しなく唸っていた。慌ててスマホを確認すると、モモカからは20分前にそろそろ出るねと連絡が来ていた。連絡通り出ていれば今頃電車に乗っているはずだ。サクラは駅に着いたら連絡するようにメッセージを送り、身支度をした。昨日洗濯した服はなんとか乾いていた。朝食の皿を片付けてる最中にスマホがなる。手を拭いて確認するとモモカは今から出るなんて言うから拍子抜けしてしまった。モモカが来る頃はきっとお昼だ。昼食を作るのは構わないが、リツのキッチンで好き勝手作るのはまずいだろう。そんなこと、ぼんやりと考えているうちにまた眠ってしまっていた。
モモカは予想通り昼前に来た。アパートの場所は教えてあったから、前まで来てくれて、サクラは爆睡のリツをそのままに迎えに行った。
相変わらず可愛い女の子らしいワンピース姿にどこかのお洒落なお店の小袋を提げていた。どうやら何か買っていて遅れたらしい。
サクラの姿を見るなり、モモカは泣きそうな顔をしてぶつかりそうな勢いで駆け寄った。
「良かった……サクラちゃん、本当に無事みたい……」
「その割に遅かったじゃーん」
冗談っぽく言ってみる。モモカは少し困ったように笑いながら目を逸らした。
「ごめんなさい……その、いろいろ準備してたらつい」
リツの部屋までの短い距離を2人で話しながら移動した。モモカは駅からの2分、誰にも会わなくて怖かったらしい。
部屋に戻ると水色のタオルケットに包まったリツが、まるで脚の生えたダルマのオバケみたいにリビングに佇んでおり、驚いたモモカは悲鳴をあげた。「そんな驚かんでも……」とリツはブツブツと呟き、2人を部屋に招き入れた。
仕事前のリツに代わって、サクラはインスタントコーヒーを淹れようとお湯を沸かした。タオルケットに未だ包まったままのリツはそのままパンクッションを枕にうずくまる。モモカはなんだか落ち着かない様子でもたもたと道中で買ってきたであろうドーナツを開けていた。
お昼ごはんはドーナツと即席スープ。寝ていただけのくせにお腹はぺこぺこで3人で食べ切れるか怪しい量のドーナツは空を切るかの如くそれぞれのお腹へと収まった。
「というわけで、作戦会議」
片付けもそこそこに済ませ、小さなテーブルに手帳を広げた。
「作戦会議って、前みたいに方針も決めずだらだら喋るだけならあたし寝るからね」
きちんと正座して座るモモカの隣でリツは座椅子に体育座りしてクッションを抱えていた。どうやら何か抱えるのは癖のようだった。
「今回は、チェリーやティアの正体についてちょっと詰めたいのと、今後の方針と美術館へ行く日程を決めたいの」
そうサクラが切り出すと、リツも納得し、先に日程を決めることにした。3人で手帳やスケジュールのアプリと睨めっこしながら、5分と少し交渉し合い、妥協の果てに明日の午後となった。リツはもともと予約していた美容院をキャンセルして、モモカは眉をハの字に垂らし、大学の友達にメッセージを送っていた。サクラももともと午後休でスマホの修理に行こうかと思っていた所だったが、割れた画面との付き合いはもうしばらく長くなりそうだ。
もしユキトが来れるならとユキトにも連絡しておいた。仕事中であるからか、既読にもならなかった。
「ね、サクラちゃん。ティアは聞いてたけど、チェリーにも会ったの?」
スマホを切って、テーブルに置いたと同時にモモカがそっと聞いた。いつのまにか足を崩して座っている。サクラは「どうして知らないんだろう」と一瞬キョトンとして考えたがそういえば言ってないことを思い出す。
「ああ、言ってなかった……っけ」
モモカにもリツにも会いたくなかった時だ。結局あれから、話す機会がなかったのだとサクラは思い出して、事細かにチェリーのことを話した。時間と場所と、話した内容と彼女の印象を。
初夏へ移り変わる休日の雑居ビル。その小汚いトイレの鏡の中にチェリーは確かに、いた。鮮やかすぎるピンクの衣装が透けて青くなっていく。わけのわからない話をして、ちょっとだけ意地悪な顔して「マルルは生きてる。悪い子だ」って。
「チェリーってことは、過去のサクラちゃん? もし、サクラちゃんなら、モモカたちの味方になるよね?」
モモカは不安ながらも期待するように、そうであってほしいと言うように語気を強めた。肯定したいのは山々なのだが、サクラは残念だが首を振って否定した。
「チェリーはわたしじゃないし、ティアもリツじゃない。根拠はないけど、確信は持てる……深く話したわけじゃないからわからんけど……でも、わたしのことを知っている……」
サクラの言葉は尻すぼみに消えかかる。リツとモモカから目線を逸らして、喉からは自分が望む仮説が出たがっている。
「ならやっぱりあの子たちはマルルって説があっても良いんじゃないかな。こんな状況を招いたから自分は悪い子だなんて言って……」
リツはサクラの言葉は戯言だとでも言いたげに冷たく視線を突き刺して制する。
「マルルが正体かはあたしにはわかんねえわ。ただ、ティアが助けてくれた事実だけはあるから味方であることは信じたい」
「わたしも、それは大前提だよ。10日の猶予を信じて動いてるから。それが崩れたら全部おしまいだよね」
サクラは半ば自棄になって冗談まじりに鼻で笑い飛ばす。それに対しモモカは不安げに唇を噛んで動かないし、リツは不機嫌そうな仏頂面を浮かべた。作り上げた場違いの顔からは瞬く間に力が抜ける。肩も落ちて、身体中の関節がバラバラと外れて床に散らかっていく感覚だった。
そんな滑稽な空想に、サクラはへらりと笑う。
「怖いけどさ、疑ってばかりじゃ何もできないから」
結局は、美術館へ行く予定くらいしか決まらなかった。魔法少女は味方で、アプラスが敵だと言う前提は依然として変わらない。サクラはこっそりと矛盾点だらけのマルルも味方だと信じることにした。
話しているうちにリツがそろそろ仕事の準備すると切り出したため話はお開きになる。
サクラは2人を職場と家まで送り届け、そのまま帰路についた。
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