第36話 入学試験
次の日の朝、シズカが宿舎の食堂で三人が降りてくるのを待っていた。
最初に現れたのはマリーで、ぼさぼさの髪をポニーテールにして誤魔化し、大きな襟付きの白い服に紺色の細かいプリーツが入ったスカートを履いている。シズカは変わったデザインの服だと凝視したせいか、マリーは裾を持って「どうですかこの服?」と尋ねてくる。
「可愛いですね、バラド・アジャナの流行りですか?」
実際、マリーが着ている服は奇抜だが可愛い、とシズカは思った。膝が見えるぐらいのスカート丈も可愛いし黒い革の靴も可愛かった。
「違うんです、母のお古なんですこれ。学校に行くっていったら、じゃあセーラー服ねと自分の使い古しを渡してきたんです」
「新品みたいにツヤツヤしてるけど、大事に着てらしたんですねお母様は」
そうなんです、元々は父の好みで作った服らしいんですけどね、とマリーは笑う。
シズカはちょっと触っていいですか、と言って服を触らせてもらう。
(見たことがないほど細い繊維で作られた服だ、それに魔力も感じる。なんだこの服は?ハリス博士に報告だな)
私もこの服欲しいですねえ、と言ってみるとじゃあ今度作って上げますねと軽くマリーは言う。
社交辞令の返事にシズカは落胆しながらも、朝食のバイキングの説明をしてあげる。
説明をしている間にマラコイが降りて来て、マリーを真似ながら朝食を食べ始めた。
「あれ?ハルさんはまだでしょうか?」
マラコイに尋ねると、あいつは夜どっか出ていったぞ、たぶん学院長だろ昨夜は。と投げやりな答えが返ってくる。
(いや、まさか。厳格で有名な学院長が子供に手を出すだなんてありえない)
シズカはそう思いながらも、昨日のハリス博士のだらしない表情を思い出す。ハルの胸を見て鼻の穴が膨らんでいた姿はシズカが尊敬する学院長ではなかった。
二人が食べ終わる頃に、ハルは外から帰ってきた。
「シズカさんもう試験の時間?まだ大丈夫?」
「あと15分ぐらいで出発ですよ」
「わかった、服だけ着替えさせて」
風呂上がりの匂いがするハルは階段を駆け登っていく。
その後姿を見ながらシズカは昨日の彼氏の痴態を思い出し、はらわたが煮えくり返る思いをしていた。
(どいつもこいつも、ほいほいと股を開きやがって!)
マリーとマラコイは濃厚なカフェオレを自分たちで淹れてそんな二人を見つめているのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「はい、じゃあ最初はハルさん、準備をしてください」
そういったのは実技試験を担当する教師のチルトンという40歳ぐらいの男だった。魔法の実技試験をするために三人が案内されたのは体育館のような天井がすごく高い建物で、床はごつごつした石だが壁と天井はつるつるの大理石で出来た高級感ある室内だった。建物の床はすり鉢状になっていて、三人とチルトンはその底に立っている。
宙には丸い拳サイズのボールがたくさんジグザグに浮かんでいる。
「では、始めましょう。時間は30秒です。自分が作れる一番大きなサイズの火の玉を作って浮かんでるボールを潰していってくださいね。ハルさんいいですか?」
「いや、程よいサイズの火の玉ってことでいいですか?」ハルは最大サイズの火の玉を作ることを渋る。
チルトンはハルが手を抜こうとしているのかと思い強い口調で言う。
「だめですよ、絶対に全力でしないと合格にしませんよ」
そういわれては仕方がないとハルは首を振る。
「じゃあ、いきますよ30秒です!はじめ!」
チルトンは手元の機械で時間を計りだす。
ハルは両手を上に挙げると一言叫ぶ。
「【ファイヤー!】」
途端に宙に浮いた珠はすべて炎に包まれて爆散する。
ハルはまったく全力を出していないが、チルトンには分からなかった。
(んな!何だ今の魔法は!?何も見えなかったぞ!)
そんな動揺を隠してチルトンは冷静な顔をしている。
「すごいですね、ハルさんは。最初にこんな凄い結果が出てしまうと後のお二人がやりにくくなってしまいますね。あははは」
そう言いながらチルトンは足元のかごからボールを取り出して宙に浮かせていく。
その様子をこっそりと見ていたシズカも驚愕していた。
(なんという威力!なんというコントロール!しかも今、離れたところに同時に火球を出してなかった?あんなの見たことがないわ!すごい!)
ハルはさぞ全力を出しましたという雰囲気でマリーのところへ戻る。次にマラコイが準備に入っている。ハルはぼさぼさのマリーの髪をほどき、手ぐしで整えてからもう一度くくり直してやった。
その間にマラコイの試験は終わっている。
最近のマラコイは剣術と槍術は極めたと言ってアーサーに挑み、ハンドガンを使ったアーサーにボロ負けし、その武器は卑怯だ俺にもくれ、とゴネて拳銃を使った戦闘を訓練していた。
そのハンドガンは魔法を打ち出すタイプで、この試験でもハンドガンで火球をガンガン打つだけで終わってしまったのだった。
「止まったものを撃つだけだなんて俺の戦闘力が全く発揮できないじゃないか、試験方法を変えないか?」
とチルトンに迫っているが、見た目は12歳の子供である。チルトンに軽くあしらわれている。
「最後、マリー殿、準備をお願いします」
「はーい!」
マリーは場に合わないセーラー服の裾をひるがえしてくるりと無駄に回る。ハルは慌てて「マリー!マリー!」と声をかけてバシバシとまばたきをしている。マリーは片手で丸サインを送ると、チルトンにいつでも大丈夫です、と声をかけた。
「よし、ではマリー殿、開始!」
チルトンが合図をした瞬間に周りが真っ暗になった。
「じゃあ、皆さんごゆっくり見ていてくださいねぇ」
マリーはそう言うと、全力の魔力を込め始める。
「だめだめだめだめ!!!壊れちゃうよ!壊れちゃう!」ハルの怯えた声が響く。
「大丈夫だよハル姉ちゃん、じゃあいきまーす!」
チルトンは周囲が暗くなったことに驚いたが、その瞬間に何かの魔法が走ったことに気付いていた。
(なんだろう今の魔法は?闇魔法?それにしては闇の粒子がないようだが…)
マリーが使ったのは空間の遮絶魔法だった。これは世界になかった魔法で、マリーが今創り出した新しい魔法だったがそれには誰も気が付かなかった。
驚くチルトンの頭上に紫色の火の珠が出現する。現れたのは試験会場のちょうど中央あたりだろうか。大きさは人の頭部ほど、それほど大きなサイズではなかったがチルトンは強烈な熱を感じて咄嗟に水の膜で自分と横にいたハルとマラコイを包み込むが瞬間的に蒸発してしまう。
すぐに更に数倍分厚くした水で包むとどうにか水の膜を維持できたが、水温があがりボコボコと沸騰し始める。
(何だ、何が起こっている?こんな火の玉は前代未聞だぞ!?)
必死で水の膜を維持するチルトンは更に4つの紫に光る火球が出現して絶望する。だめだ、これじゃあ持たない!そう思った時、隣のハルとマラコイも同時にものすごい分厚い水の膜を何重にも重ねて出現させた。水の層と空気の層を交互に持たせ、熱を緩和するつもりであった。
5つの火の玉はさらに増え、20以上の火の珠が出現している。
チルトンやハル達は、水の膜を維持することに必死でもはや上を見る余裕などなかった。
「チルトン先生!合格を出せ!早く!マリーに合格を!」
「マリー殿!合格だ!十分わかった!合格だ!」
しかし二人の声は厚い水の膜に遮られてマリーには届かない。火の玉同士は紫色のビームのようなもので繋がりだす。お互いを紫の線で繋がり合い、流れるように動きながら光の尾を引き動き回る。火の玉は正六角形を組み合わせた丸い大きな玉になった瞬間、ピタッと止まり中心に向かって収縮する。
縮んだ玉はチリチリと数秒震えるとぼんっと膨らもうとするが、マリーの魔力に包み込まれ試験場の天井近くに押し止められた。丸いマリーの魔力の玉の中を超高温の紫の炎が舐めるようにごうごうと渦巻き続ける。試験用のボールなど、ひとつめの火の玉の時点で蒸発してしまっている。
「チルトン先生!こんな感じでいかがですかー?」
マリーが声をかけるが返事が来ない。これじゃあ駄目か、とさらに火球を膨らます。
試験場の床や壁は熱風によって溶け、どろどろになっている。水の膜で必死に熱を防ぐ三人だが、もはや限界が近い。
「だから本気でやらすなと言っただろう!!!」
「こんな無茶苦茶なことをする方がおかしいだろうが!!!」
「黙ってもっと魔力を注げ!破れるぞ!!!」
死に物狂いで魔力を注ぎ込みギリギリで耐える三人だったが、マリーが更に魔力を注いだせいであっけなく水の玉は蒸発し生身を曝け出してしまった。途端に髪と服が燃え、皮膚がちりちりとめくれ始める。
「先生ー?まだですかー?せんせー?うぇっ!!!???」
三人が燃えているのを見たマリーは慌てて火の玉を消そうとしたが、魔力を注ぎすぎたせいでなかなか消えない。仕方がない今は一刻を争うはずだと、髪の毛が燃えている三人を横目に急いで魔力を練ると、巨大な紫の火球の隣にダンジョンを創り出して火の玉を放り込んだ。マリーの魔力から開放された火の玉はダンジョン内を蹂躙しすべてを溶かし尽くすが、マリーは何気ない風で自分が創ったダンジョンのエネルギーを回収すると、燃えている三人に全力の【治癒】をかけた。
だが、まだ部屋中に熱気が残り、床もドロドロであり治癒した端からまた怪我をしていくのである。仕方がないので、新しく別のダンジョンを空間に創り出して三人を放り込むと、最初に展開した空間断絶の魔法をキャンセルした。中に閉じ込められていた熱風が強烈な風となって学院中を駆け巡る。たまたま近場にいた何人の生徒は直撃した熱風のせいで全身に火傷を負った。
試験を覗いていたシズカは途中から部屋の中に暗幕が張られたように何も見えなくなり、突如襲ってきた熱風を全身に浴び、最も酷い被害を受けたのだった。
マリーは三人を放り込んだダンジョンを引っ張って試験場から出ると、ダンジョンから三人を出して再び【治癒】をかける。ハルとマラコイは元がミクリの創り出した強靭な肉体なためすぐに回復したが、チルトンは気絶したまま目を覚まさなかった。三人とも服は燃えて無くなり全裸である。
「マリーーー!!やりすぎだバカ!!」
マリーは裸で走ってきたマラコイに頭を殴られて怒っている。
「なんでよう!先生の言う通りやっただけじゃん!」
「このアホ!見ろ!めちゃくちゃじゃねえか!!!」
マリーがあたりを見渡すと、試験会場となった建物は石が溶けぐにゃりと傾いている。
外に放出した熱風は木々を燃やし、人も何人か燃やしている。
だがマリー自身は生身で炎のそばにいたくせに全くの無傷で、さらに父お手製のセーラー服も汚れ一つないのだった。
「くそ!おいマリー、学校中に【治癒】だ!死人が出てるかもしれんぞ!」
「ええっ?!ちっ【治癒】!!!」
白い光が学院中に降り注ぐ。
空をヒュンヒュンと飛ぶ光を見つめながらシズカは死からの生還を果たしたのだった。
院長室でも一人の男がマリーのおかげで無事に生還していた。
ハリス博士である。
昨夜はハルに導かれるまま、性の新たな扉を何枚も開くことになり、ハルの若い肢体に絞られ続けた身体は腰が抜け高熱を持ち意識が朦朧としていたのだった。
そこに飛んできたマリーの治癒は彼の身体を全快させた。
漲ってくる男の力を感じ、ハリス博士は今夜もいける、と大いなる喜びを噛みしめるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます