第21話 虫の森
目指す森に到着したのは、出発してから2ヶ月が経った頃だった。
俺の後ろには、森を切り裂く黒い道が出来ている。
巨大な火の玉を転がし続ける魔力が持つのか少し不安はあったが杞憂であった。
一日転がしても楽勝だったのである。
そうえいえば巨乳淫魔から奪ったオレンジ色の光は【鑑定】の魔法だった。
試しに自分にかけてみると【アーサー】と頭に浮かぶ。情報が名前しか出てこない。
やり方が悪いのかと、アーサー・魔力とイメージして鑑定すると【すごくいっぱい】と出る。使えねえ。
少し試して分かったのは、知りたいことをイメージして使うと結果がでる、ということだけだった。
基本的には真贋の判定や、価値の判断にしか使えない。こいつはすごい価値があるぞ、というのはわかるのだ。まあ、おいおい使い途も判明するだろう。
そして目の前には不思議な森が広がっている。
一本の巨大な樹を中心に広がる森は、周りの森とは隔絶した空気をまとっている。
生えている木の種類が違うのだ。
その森の木は太い幹を斜めに傾斜しながら生え、大きな螺旋を描きながら上に向かっている。
太い枝は頭上で絡み合い、繋がっている。
幹を歩いて登ると絡みった枝を歩くことができ、頭上からは日の光が葉の隙間から落ちてきて、まだら模様が美しい。
何層にも重なる枝葉の上には、工夫すれば各層ごとに住居を作れそうである。
自然のツリーハウスのマンションをつくってやろう、と決意した。
確かにここでなら、見渡す限りの森の中とはいえ、居心地は良さげだった。
おいちゃんに、ここどうよ?と聞いてみる。
「わいは好きだ。特にあの鳥が好きだ」
おいちゃんが指差す先には、まるまると太った七面鳥のような派手な鳥が地面のあちこちに歩いている。
警戒心が薄く、人が近づくと寄ってくるのだが、食べると脂がのってめちゃくちゃ美味い。
おいちゃんのオススメがなくても飼育するのは俺の中でも確定していた。
「バルバー。バルバーどこー?」
森の中でテントを張っている集団に声をかける。
少し遅れて現れたバルバに、この森の地形を活かした村づくり案が欲しいと頼む。
おいちゃんは俺の横にいて、興味なさげに鳥肉の燻製をかじっている。
おいちゃんの魅力の一つに裸にローブ姿という点があったのに、旅の途中からローブの下に服を着だした。誰かが入れ知恵したのである。許せない。
いまや、服の下にはシャツにズボンである。そこはせめてスカートだろ!
その時、突風が吹いた。
ちらっとめくれたローブから白い太ももが見えた。
「あれ?おいちゃん、ズボンは?」
「だいぶ汚れたから洗ったんよ、わいはキレイ好きなんよ」と胸を張るおいちゃん。
千載一遇のチャンスである。
この旅の間、俺とおいちゃんは同じテントであった。
だが、おいちゃんは淫魔と人間のハーフのくせに、全然淫らじゃないのである。
あんなに素っ裸で歩き回ってたくせに!
なにやら誰でもウェルカムの開放的なママと周りの一族の姿を見て、ほとほと性的なことが嫌になったらしい。
身体を触ろうとすると、容赦なく指を折られるのである。
とにかく今はしゃがんでもらって太ももを堪能したい。
座れそうな倒木を探す。
離れたところにあった巨大な枯れ木を引きずりながら持ってきて、おいちゃんにどうぞ座って、という。
顔を上げた瞬間であった。おいちゃんの脚がガバッと上がったのである。おいおい、期待してたとはいえそこまではやりすぎだぜおいちゃん、と思ったところで右肩のあたりをおもっきり蹴られた。
ゴロゴロと吹き飛ぶ俺。
さっきまで立っていた位置に巨大な黒いものが刺さっていた。
クワガタである。
二メートルはあろう、黒光りする巨躯だった。
俺はものすごい既視感に見舞われる。
知っている。
この感覚、そう、海老人と同じである。
クワガタは頭をぶるるっと振って土を落とすと立ち上がる。
四本の足で立ち、二本の腕で土を払うような仕草をする。
見た目は巨大なクワガタのくせに、人っぽい知的な動きをしやがる。
背中の甲羅が跳ね上がると薄い羽が瞬時に広がる。
ビィイイイイっと音がした時には遙か後ろにまで後退していた。
そしてまたビィイイイと羽を震わせると、テントを設営中の村人の方に頭をぐるりと向けた。
俺は走り出しながら【加速】を自分とおいちゃんに当てる。
隣を見るとおいちゃんも走り出していたからだ。
手には座ってもらおうと俺が用意した倒木を片手で持っている。
あれ、かなり重かったんだけどなぁ。
とかく、走るがクワガタの速度は異常に早かった。
突撃してきたクワガタの頭部にあるハサミに、ゴブリンと淫魔のハーフの男子が挟まれている。
間に合えっ!走る脚に力を込める。
くんっと加速するが、クワガタはさらに早かった。
俺が到着したときには、クワガタの頭上でハーフ君が身体が真っ二つに切断され、両側に落ちるところだった。
ふぅ。
ひと呼吸入れて、改めてクワガタを見る。
頭の上には巨大なはさみ。
胴からは二本の腕と、四本の足が生えている。
目は頭の横からにょきっとはみ出している。
海老人と同じならと、下腹部に火魔法を発現させるが反応がない。
念の為、頭部に火魔法を発言させると、四肢を脱力させて地面に倒れたのだった。
その時、遅れて到着したおいちゃんが手にした倒木を全力でクワガタの頭部に叩きつけた。
砕け散ったのは木の方で、クワガタは無傷である。
激昂するおいちゃんを優しくなだめる。
ほらほら、おいちゃん。干し肉食べるか?そうかそうか。ほれほれ。
落ち着いたおいちゃんを背に、クワガタに向き合う。頭部の巨大なハサミを両手で持ってぐりっと回したら頭が取れた。
海老より頭部が小さいので火魔法の通りが良いのかもしれない。
そうだ、と思いだしてクワガタに種族をイメージして【鑑定】を当てる。
【鑑定結果:甲虫人】と出た。
うん、そうか。そうか・・・。そのまんまじゃねか。役に立たねえな。
やはり初めて出会ったモンスターは解剖するに限る。
2メートルほどある巨大な虫の解剖を俺は始める。
黒光りする外殻はとにかく硬いのと、つるつる滑るので刃が通らない。拳で殴って穴を開けてから、ノコギリのようにギコギコと少しずつ切って解体していく。
切っては手で外殻を剥がしていくが、白っぽい内臓のようなものは豆腐のように脆く、簡単に崩れてしまう。どろどろの白い体液をどけると、外殻同士を繋ぐ太い筋繊維が張り巡らされていた。
そして、羽の付け根の辺りに拳大のサイズの魔石が埋まっているのだった。
解体してわかったのは、虫ってよくわからないということだった。
解剖している俺を横目に、おいちゃんは殺されてしまったハーフ君の遺体を整えてあげ、埋める準備を初めている。
俺はこの森のどこかにダンジョンがあることを確信している。
こいつは虫系のダンジョンがどっかにある。
早めに潰さないと村の存亡にかかわるかもしれない。
バルバを呼んで、男連中でダンジョンの捜索にとりかかる。
銀の波打つ入り口はわかりやすいのですぐに見つかるだろう。
村作りも前途多難だなあ、と俺はため息をついた。
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